第六話:素寒貧
「起きろ。腹が減ったぞ」
朝、身体を揺さぶられて強制的に目が覚める。
腹を空かせたミルが、寝ている俺の肩を掴んでいる光景が目に入る。
「んー……くっそ眠てぇ……」
ゆっくりと身体を起こす俺の隣で
「早う早う!」
とぴょんぴょん飛び跳ねる姿は、魔王の風格なんてものはとても感ぜられない。
見た目、声、身振り、我儘な性格からは極普通の少女という印象を受けるが、喋り方だけどうにかならんもんなのか。
キャラ個性としては良いのかもしれないが。
「飯の前に風呂入らせてくれ。というかお前らも入ってないだろ、入ってこい」
よく泊まっているこの宿は安い宿なので風呂場はなく、いつも近くの公共浴場に入りに行っている。
だが我々に稼ぎ口はなく、節約の為毎日は入れない。
風呂に入っても着替えは皆持っていないし(俺は女神から貰った初期装備があるが)、常に小汚いままである。
俺一人ならまだ耐えられるが、いつまでも女の子二人をこんな生活に付き合わせる訳にもいかない。
健康で文化的な最低限度の生活を営むのが目下の目標である。
……目標であるが、恐らく今まで野外で過ごしてきたであろう魔王を自称する目の前の少女と、とても女性とは思えない寝相で腹を出しながらまだ寝たままのクソガキを見ていると、暫くはこのままでも良いのではとも思えてくる。
まあでも丁度所持金が底を突く。
この所持金も借金ではあるし、フォレナの持ち金もそんなに多くはない。
急いで稼ぐ方法を……いやまずは風呂と飯だ。
フォレナを叩き起こし、三人で宿を出る。
「じゃ、風呂出たら入り口のベンチんとこ集まろう」
「うぃー」
フォレナは眠たい目を擦りながら女湯へ、俺とミルは男湯へ向かう。
……待て待て待て。
「ミルさんミルさん、なんでこっち来るんすか。貴方はあっちでしょ」
脱衣所の入り口手前ギリギリの所で違和感に気づき、ミルをフォレナの向かった方へと促す。
「おおそうか。吾輩女であった」
このパーティ不安要素だらけである。
その後一人になった俺は、服を脱ぎ、しっかりと身体を洗い、湯船に浸かってリラックスした……かったが、一人になると考え事をしてしまうせいであまり気が休まらない。
二人を待たせるのも悪いし、腹も減ったので早々に風呂から上がることにした。
にしても、荷物をしまう場所はロッカーキーのシステムが導入されており、中にも掛け湯やサウナといった馴染み深い光景。
設計に同郷の転生者が携わっているとしか思えない。
ベンチで待っている間そんなことを考えていると、二人が話しながら来る。
「……だぞ。前の身体では討伐隊を組まれ十年と経たず冥界に送り飛ばされてだな……」
気まずい雰囲気になっていないか心配だったが、すっかり打ち解けたようで仲良く話している。
「お、もう出てた。待たせちゃったー?」
「いや、大して待ってない。んじゃ飯食いに行くか」
「よし飯だ。早う行くぞ」
合流した我々は、少し離れた所にある比較的安価な飯屋……俺の所持金残り硬貨一枚でも食事ができる店に向かって歩き出す。
定食屋ヴァラン。定食を頼めばご飯のおかわりをいくらでもさせてくれる。
この世界に来てから一週間のうち、五日はここに来ている。
「いらっしゃ……お、可愛らしい女の子が一人増えたね」
「どうもおばちゃん。定食1を三つで」
ここの店主はとても親しみやすい。
だがネーミングセンスがさっぱり無く、メニュー名は定食1、2、3……といった具合で簡素を極めている。
他にもツッコミどころは多く、カウンターに並んでいる七脚の椅子は全てが違う種類であり高さもバラバラ。
テーブル席に置いてある卓上調味料も席によって違うため、何回も来てどの席に何が置いてあるか覚えるしかない。
「さて、これからどうするかだが……」
「んな……お金だよな……今いくら残ってんだ?」
「この飯代でぴったゼロだ」
「え」
え。知らなかったのか。
「僕もあとちょっとしか無いけど」
「店主! 追加で大皿1、大皿2、飲み物1を頼む」
「……僕もぴったゼロなった」
おいおいおいミルさん。
人の金だからって好き勝手に頼みやがって。
「おいミル」
「どうした。ああお主らの分か忘れておった。店主! 更に追……」
「ちげーよ! 今まさに金が無えって話をしてただろ!」
「稼ぐ手立ての話であろう。消費については知らん。そもそも吾輩を養うと契ったでないか」
女じゃなければ二発は殴っている。
しかし、フォレナの所持金も底をついたとは想定外。
数時間後にはまた必要になる晩飯代と今夜の宿代、寝て起きたら更に次の日の昼食代と……と挙げ出したらキリがない。
悠長にはして居られない。すぐに、できたら安定して三人分の生活費を稼ぎ出さなくては。
「はい、お待たせ」
店主が完成した料理を運んできた。
……やはり風呂といい飯といい、日本の文化がかなり混ざっているような雰囲気を感じる。
街並みや魔法技術などはザ・異世界って感じだが、家具や施設のシステム、風俗などからは異世界感が薄いように感じる。
昔から日本出身の転生者が多いからなのだろうかと想像していると、頂きますも言わずに二人が料理にがっつくので思わず止めた。
「飯食う時は頂きます、食い終わったらご馳走様をしっかりと言うんだぞ」
「そういう文化圏があるというのは聞いたことがある。お主はそこの生まれか」
「いや、こいつ転生してきたやつだぞ」
「転生者だったか。道理で頑丈な訳だ」
「はい、皆手を合わせろ。頂きます」
「「い、いただきます」」
ミルにはまだ俺が転生者ということも、二人揃って変なステータス持ちというのも説明していない。
丁度話題に上がったし、これからの行動にあたって知っておいて貰わないといけないのも事実なので、食事を摂りながら話すことにしよう。
「そもそも俺らはレベルもとい実力不足でまともな依頼も受けられない。昨日レベル上げに行ったらお前に出会って殺されかける始末。結局レベルも上げられなかった」
定食を食べ進めながら二人に説明を始める。
「まぁレベル上げに失敗したのは昨日だけでないが……俺とフォレナはステータスが偏りすぎてまともな戦闘ができないんだ」
「僕は攻撃力だけ、こいつは体力だけなら凄く強いぞ」
「……そうか。吾輩も似たようなものだ。しかしあの時、お主の方を先に攻撃していたら契約を結ばなかった世界線もあったということか」
ミルは隣に座っているフォレナをスプーンで指しながら言う。
「まあ仕方ない。どちらにせよ力不足ではある。人の飯も摂れる現状に今更後悔は無い」
「お前は食い過ぎだ。取り敢えずお前にも協力して貰ってまたレベル上げに行かないといけないが……」
「が?」
「金が今すぐ必要だ。バイト、それか俺らでも受けられるクエストをすぐに受けに行くぞ」
この世界のバイト、及びクエストは即日で金を受け取れるものかは知らんが。
「あ、でもクエスト受けんならまだミルのパーティ加入申請出してないよな?」
「そうだったな。てか冒険者の登録とかは済んで……」
ミルを一瞥するが、もぐもぐしながら首を横に振るだけだった。
「だよな。飯食い終わったらちゃっちゃとギルド行くぞ」
「もぁ」
頬張ったまま返事をするミル。視線の先はメニュー表にある。まだ頼むつもりなのか。
その後、食事を終えた俺らはギルドに向かう。
「すいません。冒険者登録とパーティ加入をお願いしたくて」
「え? ああ、貴方ですか、久しぶりです。登録……は、そこの女の子ですか?」
俺が転生したきた時に対応してくれたお姉さんだった。
お姉さんはミルを見ながら困惑したような顔を見せる。
「えっと……若く見えるようだけどお嬢さん、年齢は?」
「お嬢さんとは吾輩か、確かに。しかし難しいな年齢か……。この肉体齢で言えば数日、精神齢で言えば吾輩の存在は三、四百年程前から有った」
「えっと……」
お姉さんの表情が更に強張る。
「じゃあ身分証ありますか? 学校のとかでも……」
「無い!」
身分証とか求められるのか。俺は転生者だからそういうのが無かったのかもしれないが。
「フォレナ、そういうの必要なの?」
フォレナに耳打ちする。
「そうか、お前は知らないのか。そもそも冒険者は十六歳からだからな、身分証が無いと申請できないんだ」
それならミルは明らかに引っかかる見た目をしている。
会話をしているとそんな印象は無いが、ぱっと見だけで言えば小学生高学年くらいのただの少女である。
詳しくは分からないが、本人の言うことを信じるならば身体を転々と乗り換えている。
そして乗り換えたばかりの新しい身体で、見た目はただのロリときた。
これは詰みか。
「吾輩は魔王だ。移った身体が偶々こんな形だっただけだ」
「と言われましても……」
「こいつらのパーティに加わると契ってしまったからな、登録させて貰えんと困る。……なら契約、お主と契約してやろう」
「お嬢さんの言うことが本当だとして……その見た目である以上、登録の手続きをすると私が怒られるんですよ……口ではいくらでも言えてしまうんで、証明できるものが何も無いとなると流石に……」
これ以上お姉さんを困らせる訳にもいかず、引き下がることにした。
さてどうしたものか。
「……なぁてか、ミルが加入できたとて結局パーティの更新には金掛かるぞ?」
「え」
急に面倒くさくなった。
バイトくらいしか手が無いが、こんなガキ三人組雇ってくれる場所見つからないだろう。探すのすらやる気が起きない。
俺とフォレナはまだ雇ってくれそうだが……フォレナもどうか怪しいくらいだが……先ずミルは無理だろう。
そしてこの穀潰しは働かないのに俺だけ働く、その状況を想像してしまった以上、俺の選択肢にはもう入ってこない。
再度受付に向かう俺。
「あのー……」
「はい、次は何の用です?」
「お金を、貸していただけませんか」
俺が取った選択肢は、追加で借金をするだった。




