第五話:元魔王です。
少女は殺意を持っていた。
握った手から電撃のようなものを流された。
身体の自由が奪われ、そのまま顔から地面に倒れ込む。
少女は次に、フォレナの方に手を翳し攻撃しようとしている。
フォレナの涙目で腰が抜けている姿が見える。
身体が動かない。全身痛い。
少女が魔法弾を放とうとしている。
「や……め…………」
突っ伏したまま口を動かすと、俺が喋ったことに少女は余程驚いたのか、びくっと跳ね上がる。
その拍子に、フォレナに打とうとした魔法弾は上に逸れ、林冠に穴を開ける。
「死なん……だと? よもやここまで衰えていたとは……レベル1ですら倒せんというのか……」
少女には似つかわしくない古風な口調で、その場に膝を落とし落胆した様子でぶつぶつと独り言を言っている。
フォレナは腰が抜けたままだが、なんとか短剣を拾い上げて攻撃の構えを取ろうとする。
俺も徐々に痺れが治まり、なんとか身体を起こそうと腕を動かす。
攻撃をした相手がまさか動けるとは思っていなかった少女は、先程迄の殺意もすっかり引込めて肩を竦めて怯えている。
「い、いや、悪かった。契約! 契約をしよう! 内容はお主の都合で如何様にも合わせる!」
フォレナに目配せし、ひとまず話を聞くことにする。
「……さっきみたいに、握手した相手のレベルを調べられるんだな?」
「……そうだ」
「で、低レベルを選んで殺していたのか」
「ま、まだこの身体になってからは、殺しておらん。力を増すつもりであったが、先ず殺せる程の力が無かったようだ」
会話しながら身体を起こし、呼吸を整え、頭の中を整理する。
こいつは冒険者狩りをしようとしていたのだろう。
握手した相手のレベルは分かるが、ステータスまでは分からないらしい。
レベル1に不相応な体力を持つ俺が相手だったせいで、実力を見誤っているのだと思う。
……そして察するに、経験値は人を倒しても手に入るのだろう。
レベルを上げるにあたって、考えなかった訳ではないが、勿論選択肢に入れる筈がない。
あとなんだ? 『この身体になってから』? 俺と同じ転生者なのか…………いや待て。だとしたら前世が殺人鬼のヤバいやつじゃないか。まだ殺していないとか言っていたぞ。
更に考え込む。
でもこの状況、こちら側が有利であろう。暫く沈黙が続いた後に、俺は少女に向かって強気に言う。
「……あー、じゃあ……俺らとパーティを組む、俺らに敵対しない、てか人殺さない、って内容で契約しよう」
「…………相分かった」
小さい声で返事をした。
声色からは渋々折れたようにも、腹を括ったようにも受け取れた。
少女は俺に歩み寄りながら、右腕を前に突き出して親指を立てて唱え始める。
「宣誓する。吾輩はお主らと友好を結び、人を殺す事を制限する。……ほら早う指を出せ」
「えぇ、また触るの……? さっき殺されかけたばっかなんですけど」
「そこまで卑劣な真似はせん! 魔王の名に誓ってだ!」
魔王。
ちょっとフォレナさん。こっちこっち。
フォレナを手招きしてひそひそと話し始める。
「あの子魔王って言いましたよフォレナさん」
「一人称が吾輩っしたよ。オヌシ! とか言ってましたよ」
「多分ヤバいヤツっすよー」
「ねー」
「聞こえておるわ! 小馬鹿にしたような言葉付きをやめい!」
サムズアップしながらキレている少女の姿からは、もう先程までのような恐怖心は湧き起こらなくなっていた。
「今はこんな形だが、吾輩が魔王だったのは嘘でない。二百年程前の事だが……」
元魔王らしい。
信じ難いが、この世界に来て日も浅い為、この世界の常識が分からない。
案外こういうことはよく起きるのかもしれない。俺も転生しているし。
サムズアップしたままの元魔王さんを放置して、ひそひそ話を再開する。
「……んで、魔王って言ってるけどどう思う? 信じる?」
「とても本当には思えないが……案外有り得なくはないのかも。それに……魔族とやる契約ってただの口約束じゃなくて、ちゃんとした行動制限をお互いに強制するから……パーティになるとかについては賛成だ」
「多分このまま野放しにしてた方が危ないだろうしな……」
少女のポーズを真似るように、俺も親指を立てて手をくっ付けにに行く。
先程のこともあり、この少女に触れるのは少し緊張するが、これ以上このポーズを取らせたまま待たせる訳にもいかないだろうと思い、恐る恐る親指を合わせる。
「遅い。早う宣誓せい」
「えっと? お前みたいに言えば良いのか? 何を宣誓すれば?」
「ミルと呼べ。内容はそうだな、今から吾輩が言うことを復唱せよ。『宣誓する』」
「せ、宣誓する」
「『我はミルを養い、不自由無い生活を補償する』」
「我はミルを……ってなんで養わなきゃいけないんだ!」
「当然であろう!? でなければ吾輩は飢え死にする他残されておらん!」
「そもそもなんでこちら側が制限されなきゃならないんだ! ただでさえ金が無いってのに!」
「知るか! 契約とは双方が縛り合う為のものだ! 呪いの類でなけだけ感謝せい!」
「分かったよ! 俺はミルを養う! これでいいか!?」
「良し、成立だ」
合わせた親指の腹が熱を帯びるような感覚。
直感で契約が結ばれたことが分かった。
「僕も契約した方が良い?」
「いや、『お主ら』と宣誓した故必要は無い。……ともあれこれから協力する仲だ。二人とも宜しく頼む」
「「よろしく」」
こうしてパーティメンバーが三人に増えた。
ゴミステータス持ち二人と自称魔王のやばい奴という不安しかないパーティだが、一人よりはずっとマシな筈。
日が暮れてきた頃合いだったので、本来の目的であるレベル上げは結局やり損ねたが、俺たち三人は帰路に就く。
「早速で悪いが……」
歩き出した矢先、ミルが口を開く。
「負ぶってくれないか」
え?
「魔力を使い過ぎた。契約もそれなりに消耗するのでな、吾輩はもう立つのが精一杯である。歩けん」
俺も疲れているが、フォレナは
「か弱い女の子に持たせるつもりー?」
と持つ気もないので、仕方なく俺が背負うことになった。
「すまんな」
思ったよりも軽い。これくらいなら行ける。
と思ったが、実際人を負ぶって歩いてみるとかなりきつく、街に着く頃には俺は疲労困憊で魂が抜けたようによたよたとしていた。
ミルは途中から寝息を立てていた。
街に着いた時に起こそうと身体を揺すったが起きる気配がなかった。
結局負ぶったまま軽く飯を済ませ、宿屋で早めに寝ることにした。
人数が増えれば宿屋の値段も当然上がる。
食費も言わずもがなである。
急いで金策を練らなければ。
宿に入るや否や、疲れがどっと押し寄せてきた。
フォレナはそのまま流れるように寝床に倒れ込む。
俺もミルを横たえて、さっさと自分の寝床に飛び込んだ。
お金の事を考えなければと思いつつも、眠くてそれどころでない。
俺は残り四枚になった銀の硬貨片を握り締めながら眠りに落ちる。




