第四話:レベル上げ準備
この世界に来てから一週間が経った。
俺は今、朝早くから図書館に来て図鑑を読み漁っている。
フォレナと一緒に来ていたが、あいつは一時間もしないうちに飽きてどっかに言ってしまった。
図書館に来た理由だが、勿論情報収集の為である。
体力だけの雑魚と攻撃力だけの雑魚が集まっただけの雑魚パーティ。そんな俺たちでも通用するような手段を何とかして見つける為、先ずはモンスターについて調べる必要があった。
というか、モンスターはおろかこの世界について何も知らないままレベル上げに出掛けるのは、流石に怖くてできない。
俺たちの最大の課題は、レベル上げの困難さにあった。
俺はモンスターを倒し切るまでに時間が掛かり過ぎること、フォレナは攻撃を喰らうと死んでしまうので慎重に行動しないといけないこと。
フォレナは冒険者を一年以上続けているらしいが、レベルが十五までしか上がっていないことを鑑みると、余程の苦労が窺える。
因みに先日、お互いの短所を補い合う作戦を試してみた。俺が肉壁となり、フォレナが攻撃をする作戦。
だが上手くいかなかった。現実はターン制のバトルゲームではない。
攻撃するにはモンスターに近づかなければならないせいで、結局リスクはそこまで変わらないこと。
盾として俺を使う為に二人で密着するせいで、動きが制限されること(あと恥ずかしい)。
更には、与えた攻撃量によって貰える経験値が決まるらしく、そのせいで俺のレベルは上がらないこと。
結局はまともに戦闘もせず、命優先でおめおめと逃げ帰ってきた。
そういったこともあり、俺たちでもモンスターを倒せるような手段、経験値の細かい性質や条件などを把握しておこうと図書館に赴いた。
何か、この世界の法則の穴を突いたような狡をしなくては、余りにもハードモード過ぎて何もできないままである。
「フォレナ、ここに居たのか」
図書館を出てフォレナを探しにギルドに見に来たら、やはりここに居た。
パーティを組んでくれそうな訳あり物件を物色しているのだろう。
「で、良い方法思いついたのか?」
「取り敢えず買い物に行く。檻とか毒とか着火剤とか……それらが買える場所教えてくれ」
「物騒だな」
武器とか防具も充分物騒だと思うが。
「毒は売ってくれるとこないと思うけど。あと火付けるだけだったら僕にもできるよ」
「そっか、魔法が使えない訳じゃないのか」
「うん。てか、火付けたり毒使って何すんだ? 魔法ならまだしも、直接攻撃じゃないからレベル上がらないんじゃないか?」
やはり駄目らしい。でも神経毒だとか一酸化炭素中毒で動けなくしてから攻撃すればどうだろうか。
図鑑を読む限り、いくらファンタジーの世界のモンスターといっても生物の範疇を越えない。
生命活動を止める手段なら幾らでもあるだろうし、その内経験値が取得できる手段を把握しなければ、このままレベルが上がらないままである。
「毒が無ければ薬を買いに行こう」
「薬屋ならすぐそこだ」
店の中に入ってみると……やはりザ・ファンタジーといった雰囲気。調合用の薬草だとか、ポーションだとかが置いてある。
ただ、予想はしていたが……効能はかなりアバウトな事しか記載が無く、用法用量や成分の細かい事は一切分からない。
「この薬の成分は分かりますか」
と店長に聞くと、
「そんなの知らないです。調合師に聞いてください」
と返された。
まぁこの世界は、街並み等から分かるが現代よりも明らかに前時代。
建造物の素材だったり、電子機器が見られないことからも、科学技術の発展度合いが見て取れる。
「なー、成分知ってるとモンスター倒せるのかー?」
「やたら化学に明るくはないが……。基本、毒と薬は同じだ。用法用量の違いしかない」
「そうか? 別もんだろ? 使えば使う程回復するぞ」
そこもファンタジーなのか。
主作用、副作用だとか、オーバードーズだとか。そういう概念も無さそうであった。
というか病気とかも無いのだろうか。
まぁ魔法がある世界だし。
次に、罠を使ってモンスターを動けなくする手段だが、これも売っている場所が無かった。
フォレナ曰く、捕える必要がそもそも無い、あったとしても束縛系の魔法で事足りるとの事。
結局魔法が存在する以上、そういった道具は需要が無いらしい。
捕えない事にはまともに攻撃すらできない俺たちのような雑魚には、モンスターと戦う権利なんか無いとでも言うのか。
いよいよ手詰まった俺たちは、普通に倒しに行くことにした。
とはいっても雑魚なりに対策はする。
モンスターの活動時刻、生息場所から、不意を突ける状況を考える。生物である以上は、細かい傷でも重要な器官や血管に負わせられれば致命傷となり得るはずである。
先刻まで図鑑で生体を調べていたのはこの為である。
フォレナと街を出て、少々遠くなるが山間部を目的地に歩き出した。
アースラット。大きな岩と土の間に巣を作り、大きさはカピバラ程。夜行性で、生息場所は日当たりが悪く、湿度の高い森林地や山間部。初級冒険者にも狩りやすいモンスター。
フォレナと手分けをし、住んでいそうな場所に目星をつけては、油を染み込ませ着火した布切れを投げ入れ、這い出た所を短剣で刺しにいく。
五回目にして漸く、火を投げ入れた数秒後に巣穴の中から「チーッ」と鳴き声がしたのを確認した。
動きが予測しやすいよう、巣穴の出口が小さいものを選んだ。
全神経を集中させ、タイミングを合わせるだけ。
だが、いざモンスターと対面すると焦ってしまった。
「おらっ」
急所を狙うつもりでも、辛うじてアースラットの背中を掠めるだけだった。
「チーッ!!」
素早い動きで足に噛みついてくる。
噛みつかれた途端、パニックになる。
一心不乱に短剣を振り回し、何発か剣を突き立てると、いつの間にかアースラットは動かなくなっていた。
「いや、お前その程度じゃ死なないだろ」
息も荒く、取り乱している俺にフォレナが言う。
「い、いや、分かってん、だけど、慣れてないし、やっぱり怖い」
「僕の体力でそれやるなら分かるが……お前は噛みつかれた程度で死なないから落ち着け」
「そもそも戦う事自体、やった事ないんだぞ」
「余程平和な世界から来たんだな」
そりゃ生き物を殺す経験なんて無い。
そして、モンスターとの戦闘で常に命の危機があるフォレナも同様、戦う際は怖いのだろう。小馬鹿にする態度は一切取らず、地面にへたり込む俺の頭を撫でてきた。
「いいって」
照れ臭くなってフォレナの手を払い除けると、
「なんだ、折角お姉さんが同情してやってんのに!」
と頬を膨らせて小突いてきた。……思ったより強い。
攻撃力だけバカ高いからだろうか、フォレナが小突くだけでもそれなりの威力が出る。
でもそうだ。慣れなければ。変わらなければ。
これではちっともお互いレベルを上げられないままである。
一週間後の生活すら確約できない額しか持っていない俺が早急に対処しなければならない問題である。
そう考えながら腰を上げると直後、後ろから足音がするのに気がついた。
気持ちを切り替えて、戦う意志を呼び起こす。
少なくともフォレナは、俺なんかよりも余程死の危険が近い。男として、最低限の事はしなくては。歳下の女の子に慰められるような情け無いままではいられない。
足音が近づくに連れ、心拍数が上がる。
……木の隙間から目に入る。
「…………なんだ人か」
足音の主は可愛らしい少女であった。
だが、その風貌は顔の可愛さとは乖離した不気味さがあった。
小さな背丈を優に越すサラサラとした銀の長髪を引き摺りながら歩いており、黒で無地のオーバーサイズな服を羽織っていて全体的に小汚い。
目が合うや否や、少女は一直線にこちらに歩いてくる。
「手」
少女はそう言って、手を差し出してくる。
少女の小さな手を握る。
少女は握り返し、「レベル1か」と、こちらがギリギリ聴き取れるかの声量で呟いた。
何のことか分からないうちに、突如として身体中に電気のような衝撃が走る。
握った手から。確実にこの少女から。
それは明確な殺意だった。




