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学会のレポートを終わらせることができないまま、昼には平見大学に向かった。
卒業して、一年程プレハブの研究室があった僕の母校。今日も、授業が行われていた。
あの卒研と出会い、夏帆や小泉さんとも出会った僕の原点となる場所。
そんな経験も、今となってはいい思い出。
僕は、五階の福沢会長がいる研究室を訪ねていた。
「なるほど、レポートですか」
「遅れて申し訳ないです、福沢会長」茶封筒のレポートを、僕は福沢会長に渡した。
「もう会長ではない、ただの隠居じじいだよ」
僕は、素直に頭を下げた。椅子に座った灰色のスーツ姿の福沢会長。
どの強い眼鏡をかけて、しわ、しみの多い顔で、髪はところどころはげていた。
それもそのはず、この福沢会長は八十代を超えていた。
「いいでしょう、今回はそのレポートで手を打ちましょう」
「助かります。それと……すいません」
「ああ、仕方ない。この学会『存在学会』は、今月末で終わりだ。長く持った方よのぅ」
遠い目で見る福沢教授は、穏やかな目を見せていた。
「すいません、僕の方も力になれなくて……」
「いやもとより、学会を前から閉じることを決めていたからな。それに草薙君」
「はい?」
「わしは、最後の研究課題を見ることができそうだ」
そう言いながら、茶封筒に入ったレポートを見ていた。
「『数字は時間がたつとゼロに近づく。ゼロにしないためには忘れないように、形を残していく』
君の言葉には、妹さんへの想いが詰まっているようだね」
「僕は弥生が大好きだから」
「その想いだけで、いろいろ動かしてきた。これからも動かしていく……」
「そうですね、存在、ゼロに収束する数字、消滅。それはさせたくない」
「君は学会でずいぶん成長したな」眉を細めて、福沢会長が僕を見ていた。
いろんなことを思い返していた。
夏帆に勧められて、興味本位で学会に入ったこと。
『存在学会』を、自分の心のよりどころにしていたこと。
毎回大変だったレポート、それと毎回温かい言葉をかけてくれた福沢会長。
いろんなことが、思い出になって僕に残っていた。
「きっと君ならできる、なくなった数字を再び正の整数に加算できること」
「最後に言いましたよね、会長」
「そうだ、数字はなくならなければこの世に永遠残り続けるのだ」
「だとすれば、数字を復活させることは存在を蘇らせること。そうですよね」
「現実には難しいだろう、それができれば奇跡だ」
「でも、数字は減るばかりではない。僕は数字を増やす方法を探すさ」
僕は、なんだかすがすがしい顔を見せていた。
「そうか、君ならできるかもしれぬ」
「はい、僕にしかできません。それが家族ですから」
そんな決意を固めたとき、僕の携帯電話が鳴った。
それは、仕事の電話。『ナムラコーポレーション』の人だと、すぐにわかった。




