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YAYOI(下)  作者: 葉月 優奈
六話:旅立ちの夏
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学会のレポートを終わらせることができないまま、昼には平見大学に向かった。

卒業して、一年程プレハブの研究室があった僕の母校。今日も、授業が行われていた。

あの卒研と出会い、夏帆や小泉さんとも出会った僕の原点となる場所。

そんな経験も、今となってはいい思い出。

僕は、五階の福沢会長がいる研究室を訪ねていた。


「なるほど、レポートですか」

「遅れて申し訳ないです、福沢会長」茶封筒のレポートを、僕は福沢会長に渡した。

「もう会長ではない、ただの隠居じじいだよ」


僕は、素直に頭を下げた。椅子に座った灰色のスーツ姿の福沢会長。

どの強い眼鏡をかけて、しわ、しみの多い顔で、髪はところどころはげていた。

それもそのはず、この福沢会長は八十代を超えていた。


「いいでしょう、今回はそのレポートで手を打ちましょう」

「助かります。それと……すいません」

「ああ、仕方ない。この学会『存在学会』は、今月末で終わりだ。長く持った方よのぅ」

遠い目で見る福沢教授は、穏やかな目を見せていた。


「すいません、僕の方も力になれなくて……」

「いやもとより、学会を前から閉じることを決めていたからな。それに草薙君」

「はい?」

「わしは、最後の研究課題を見ることができそうだ」

そう言いながら、茶封筒に入ったレポートを見ていた。


「『数字は時間がたつとゼロに近づく。ゼロにしないためには忘れないように、形を残していく』

君の言葉には、妹さんへの想いが詰まっているようだね」

「僕は弥生が大好きだから」

「その想いだけで、いろいろ動かしてきた。これからも動かしていく……」

「そうですね、存在、ゼロに収束する数字、消滅。それはさせたくない」

「君は学会でずいぶん成長したな」眉を細めて、福沢会長が僕を見ていた。


いろんなことを思い返していた。

夏帆に勧められて、興味本位で学会に入ったこと。

『存在学会』を、自分の心のよりどころにしていたこと。

毎回大変だったレポート、それと毎回温かい言葉をかけてくれた福沢会長。

いろんなことが、思い出になって僕に残っていた。


「きっと君ならできる、なくなった数字を再び正の整数に加算できること」

「最後に言いましたよね、会長」

「そうだ、数字はなくならなければこの世に永遠残り続けるのだ」

「だとすれば、数字を復活させることは存在を蘇らせること。そうですよね」

「現実には難しいだろう、それができれば奇跡だ」

「でも、数字は減るばかりではない。僕は数字を増やす方法を探すさ」

僕は、なんだかすがすがしい顔を見せていた。


「そうか、君ならできるかもしれぬ」

「はい、僕にしかできません。それが家族ですから」

そんな決意を固めたとき、僕の携帯電話が鳴った。

それは、仕事の電話。『ナムラコーポレーション』の人だと、すぐにわかった。


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