26
――深い海に、僕は泳いでいた。
これは夢だ、何度も見ている夢だ、僕は深海の底を目指して探していた。
小さく健気な、かわいらしく優しい妹。
いつもとおなじく黄色の服、青いズボン。視界が次第に暗くなった。
それでも、僕はその夢が嫌いではなかった。
(また、弥生と会えるはず)
いつも通り僕は、必死に泳いでいた。
手がもぎれてもいい、足が折れてもいい、夢でもいい。
大好きな、一番大好きな弥生に会いたい、弥生に触れたい。それだけが僕の体を、前に運ぶ。
そして、海底の闇の中。かすかな光の中心に、裸の弥生がいた。
足を抱えて、うつろな目で下を見ていた。
「弥生……」
僕が声を出すと、息の泡がボコボコっと音を立てて水面へ流れていく。
必死に泳ぎ、僕は弥生に近づく。そして、そばまで泳いで右手を伸ばした。
「弥生、会いたいよ……」
「兄さん……ごめん……私は会いたくない。もう、こんな姿になったから」
弥生の声は、辛辣な声になっていた。
僕は、思わず躊躇してしまう。伸ばした手から弥生は離れて行った。
「なんで、なんでなんだ、弥生?」
「今の私は、誰にも見せられない。見られたくないの。だから、私から生まれたあの子を愛してあげて」
弥生は、僕から顔をそむけた。だけど僕は必死に追いかけた。
「弥生?なんで、僕は弥生に近づこうと……」
だけど、息が続かない、声が出ない、苦しい。
「あの子は、私と違って太陽になれるから」
「弥生?」
「あの子は、もっと輝かないといけない。『クサナギエージェント』だから」
「弥生には……」
「私、兄さんの妹だよ」
足を抱え込んだ弥生は、穏やかな笑顔を見せていた。
そのあと、弥生はさらに海の深くに落ちていく。僕も必死に追いかけて行った。
胸も、のども、苦しい。視界はぼんやりとして、弥生の姿が遠く見えなくなっていく。
「やよ……い……」
「ごめん……な……さ……」
か細い声が聞こえて、視界が完全に暗くなった――
気がついたとき、僕は真っ暗な部屋にいた。
僕の前には、夏帆が少し色っぽい格好で座っていた。
ここは、僕のマンション。窓からは、春の日差しが差し込んでいた。
ベッドの上には、僕。それをベッド隣のパソコンデスクの椅子に座った夏帆がいた。
「戻ってきたようね、草薙君」
いつもながらに、リュックを背負ったスーツ姿の夏帆だ。
冬子さんはいない、どうやら戻ったのだろう。
「ごめん、つい眠ったようだ」
「そう、楽しい夢でも見ていたの?」
「悪夢だよ」と一言。僕は、夢の内容を忘れるように、パソコン画面に向かっていた。
ぶっきらぼうな僕の声を聞いた夏帆は、床にドンと重そうなリュックを置いた。
「な、なんだよ。夏帆」
「昨日メッセージ読んだけど、あんな試作品でいいの?」
「ああ、仕事の話か。そうしてくれ。後はソフトの方をどう開発するかだな」
「そうねえ、それは先方に任せればよいこと」
そう言いながら、夏帆はリュックの方に近づいて行った。
「あなたに、渡すものがあるの」そう言い残して。
いつになく、しっかりした声で夏帆はリュックをあさって取り出したのが一枚の大きなDVD。
夏帆が見せたDVDのタイトルを見るなり、直ぐに僕は手を伸ばした。
しかし、夏帆は僕から離れてDVDを撮ろうとする手を引き離した。
「残念だけど、そう簡単には渡せないわ」
「な、なんでだよ。これ福沢先生の……」
「忘れたわけじゃないでしょうね?草薙君」
「な、なんだよ?」夏帆は、それでも僕にDVDを渡さない。
「『存在学会』のレポートは?」
「ううっ、しまった!」
夏帆に言われて僕は、学会に提出するレポートを思い出した。
慌てて僕は、パソコンデスクに向かうことになった。




