22
あれから二年半は、あっという間に流れた。
大学時代の寮から、日当たりのいいマンションの八階へ引っ越していた。
それが、現在の僕の住処。そこには、一人の客を招いていた。
前日にお客が来るのを聞かされていたので、掃除だけはやってきれいな自分の部屋。
パソコンとベッド、小さなテーブル。そして中央のソファーには、冬子さんが真っ黒な着物姿で見ていた。
いつも通りにソファーに正座をして、僕を見上げていた。
「で、なんで僕の部屋にいるんですか?」
「駿君は、彼女ができたのか?」
冬子さんのいきなりの言葉に、僕は持っていたトレイを落としそうになった。
あぶないあぶない、お茶を落としそうになった。
「おわっ、いきなり何を言うんですか?」
「駿君は、今年いくつだ?」
「二十五ですよ」
困った顔で、トレイに乗せていたお茶とおにぎりをテーブルの上に静かに置いた。
「そっか~、もう七年になるのか」
冬子さんは、遠い目で窓の方を見ていた。
窓からは春の朝。このマンションの下には、公園があった。
そこには、ピンクの桜の花が見えた。
「ですね、僕と弥生が冬子さんのところに預けられたの」
「そうそう、駿君は来たときはエロ本をいっぱい隠していたな。ベッドの下とか、実に安易だな」
「ふ、冬子さん。そんな昔の話をしに来たわけじゃないでしょ!」
からかわれた僕を、笑った冬子さん。
冬子さんが見やすいところに座って、会社で作っている情報端末を広げた。
ふてくされた僕は、自分の握ったおにぎりを食べていた。
「で、東京見物に来たと。昨日の夜の便で」
「違うぞ、視察だ。この町には式部島、薪島にないものがある。むしろないものだらけだ」
「視察って、今日は東郷スカルツリーに動物園&遊園地って完全に観光でしょう」
「まあ、それもある」
昨日の夜、式部島からやってきた。
冬子さんは、客船でかなり酒を飲んでいたらしくその日は家に来るなり眠っていたが。
「駿君、あなたは『クサナギエージェント』の社長として頼みたいことがある」
「なんですか?」唐突に言う冬子さん、半ばあきれ顔で僕はおにぎりを二個目食べ始めてお茶を口に流した。
「私の理想に、付き合ってほしい」
「理想?」
「私は村長になった」
思わず口に合った緑茶を吹き出しそうになって、必死にこらえた。
「そ、村長ってあの村長」
「ほかにどの村長がある?」
冬子さんは、湯飲みの中をじっと見ていた。
「ああ、全てはこの薪島の問題を正すためだ」
「薪島の問題?」
「この薪島は、東京なのに東京の中で文明が遅れている。
そこでだ、私に力を貸してほしい。その前に、礼を言わねばならぬな。
そうそう、あのホームページは好評だったぞ」
「はあ、どうも」
それは僕が『ナムラコーポレーション』に頼んで作った、薪島村の観光誘致サイト。
携帯で撮ったのを、うまく編集してくれたから。
「そこで知ってしまったのだ、情報の大切さを」
「まあ、薪島をはじめとする離島はなかなか情報環境がそろわないからな」
「そうだな、海に電柱を引くわけにもいかぬな」
薪島や式部島をはじめとする離島は、海を囲まれていた。
だから、一般的には離島は情報難民といわれていた。
「だからこそ、私は『情報開島』を行おうと思う」
冬子さんは、意気込んでそのままテーブルの上に足を乗せてポーズをとった。
「『情報開島』?」
「この薪島は携帯電話も、パソコンもつながらない。
それに新聞社とテレビ局も一つだけだ。そして今の薪島、式部島の問題、『孤独死』と『少子化』」
悲しそうな顔を見せた、冬子さん。僕もある程度、この問題を知っていた。
薪島と式部島がある『薪島村』は、少子化が問題になっていた。
二つの島には、高校がなく、大学もない。若い人は、本土に行くのは自然の流れ。
そのあと、島に戻ってこないで本土に若い人が流出することが問題になっていた。
それによる、孫や子供が島から帰ってこない。だから、一人暮らし高齢者が増えた。
だけど若い人がいない高齢者は『老老介護』になったりすると、『孤独死』が増えてきた。
「誰にも最期をみとられないものは、辛いもの……
だから、必要なのだよ『情報開島』」
「そっか、それが冬子さんの考え?」
「『情報開島』、私はこの公約を掲げて選挙を戦い、勝利を収めた。
この島には、革命が起きようとしている。皆もそれを望んでいる」
「でも、待ってくれ。それでも情報環境が……」
「情報環境を整えるには、電波塔があればいいのだろう?衛星を受けるだけのアンテナがあれば、通信ができる。
私だってちゃんと調べておる」
「まあ、そうだけど……」
冬子さんは、落ち着いた顔でお茶を飲んでいた。
僕は冬子さんのそばにあった情報端末に「電波塔」と喋りかけた。
「なんだ、これは?」
「音声認識、声で欲しい情報を検索できる。今は指で動かすだけじゃなくて、声でも動かせるんだ」
「ふむ、面白いな」
そう言って、僕が情報端末を自分側に引き寄せて画面を見た。
「電波塔、正式には巨大アンテナ。衛星を介して情報を伝達する」
ほうほう、電波塔って、結構高いですよね」
「心配はいらない、予算はある。国や都からの援助もあるし、薪島村は観光で潤った分の予算もある」
「場所の確保は?」
「公用地がある、そこを電波塔の予定地に使うこともできる。
このタイプだと大きな用地を必要ではないからな」
「じゃあ、後は何が……」
「『保守派』の議員が反対しているのだよ、うまくいかないものだ」
唇をかみしめて、苦い顔の冬子さん。
「反対している?なんでまた?」
「電波塔の兼ね合い上、薪島の中心部に公用地がある。そこに本来設置する予定だ。
だけど、それだと景観問題があるのだよ」
「景観問題?」
「そう『自然豊かな薪島、式部島』ホームページでも書いただろう」
冬子さんは、何か皮肉めいたことを言ってきた。
「ああ、なるほど。それで『保守派』が反対しているのか」
「そうだ、奴らは自然が大事という老人たちだ。英雄までも祭り上げてもな。
大体人も死んでいるのに、自然が大事だの、景観が大事だのおかしい」
その言葉に、覇気があった。僕もそれには同意できた。
「それで、僕は……」
「駿君には、情報端末の良さをプレゼンしてほしい。薪島村議会の人間は、情報端末すら知らない」
「いいけど、ネットはつながらないよ」
「それでいい、とりあえず。私はこれで帰るから。いつ戻れる?」
「二週間後の日曜なら、大丈夫かな」カレンダーを見て、返事した。
冬子さんと僕の交渉は、成立した。




