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薪島には、大きな港があった。
その港は、本土の客船や式部島の連絡船、漁港なんかも見えた。
夕暮れと海のコントラストは、この島ならではの光景。
港の先にある高台の家が、漁師をやっている志田君の祖父の家。
その家に僕は、志田君に連れてこられた。
綺麗に石を積み上げた家は、薪島独特の家の形。
薄暗い家の軒先に案内されて、僕は首をひねった。
「何があるんだい?」
僕は志田君に、何度も声をかけた。
でも志田君は、への字のまま僕の前に歩いていて説明してくれなかった。
五分ほどたって、彼は家から出てきた。
「駿さん。これ、読んでください」
手には、薄緑色の小さなノートを持っていた。
かわいらしいノートを持って、文字は弥生のものだ。
「志田君?これは」
「弥生の日記です、偶然にも学校で置いていったみたいで……」
日記をもったまま志田君も、僕のそばに腰かけてじっと見ていた。
僕は、弥生の記憶を恐る恐る開けてみた。
弥生が日記をつけているのを、見たのも聞いたのも初めてだ。
「日記?そうか……」
僕は、日記をぺらぺらとめくっていた。
この日記の始めは、七月一日からだった。
それは、中学で初めて仲良くなった友達。志田君との思い出が、弥生の言葉で綴られていた。
「弥生……やっぱりそうか……」
僕の中で、何かがうまれた。
それは、仕事や卒研で忘れようとしていたこと。
弥生が、彼女が確かにこの瞬間まで生きていたということ。
すっと弥生は生きていたんだ、島の人が忘れようとも、ほかの人が消し去ろうとしても。
けして、忘れちゃいけないことがあった。
辛いことに、目をそむけてはいけない。そんなことに、気づかせてくれたこの日記。
「志田君。君は……弥生のことが、好きだったんだね」
「俺は弥生のことを、片時も忘れたことがない」
志田君は、気高い顔を見せていた。年下なのに、しっかりしていた。
「俺は、何とかしてあげたい。
あの日、弥生が乗っていた『フェリーの座礁事故』は何かの間違いだと信じたい。
でも、事故は真実だ。そして、それを弥生の母さんが探しているのも知っている」
「うん」僕は、相槌をうつしかない。
「だから、この日記を見てほしい」
僕の持っていた日記を、ぺらぺらとめくる。見せたのが、七月十八日と書かれたもの。
『私は今まで忘れられる、存在でしかなかった。
でも志田君の言葉と優しさで、ようやく私はこの世界で恋する権利を得た。
私は志田君に忘れられたくない、兄さんにも、冬子さんにも』
その文面は、七月十八日に書かれたものだ。
弥生は、昔言っていた。自分は恋をしてはいけない存在だと、忘れ去られる存在だと。
ネガティブになって、臆病の弥生は自分すら否定するようになっていた。
「これは……もしかして……」
最後まで僕がページを見ていくと、そこにはあるものが見えた。
それは、しっかり者の弥生が行っていたもの。
それを見た瞬間、僕は間違いなく弥生が存在していたことを証明できるものだと知ったのだ。
弥生を、変えてくれた志田君の手を握った。
「君に頼んで正解だったよ」
「な、なんだよ。急に」
恥ずかしがっていた志田君の手を握って、感謝を伝えた。
志田君も、戸惑いながらも僕に笑顔を見せていた。




