17
夜、和室の居間にいた。
冬子さんは、喪服姿のまま座布団に座っていた。
僕は、かしこまって大きな桐製テーブルを挟んで向き合っていた。足元に、会社のカバンがあった。
テーブルの上には、僕が食べていたお茶漬けがあった。
「これしかなくて、すまんな」
「いえ、冬子さん。相変わらず忙しそうですね」
僕は、お茶漬けを食べていた。うん、本土と同じ味だ。
僕の前の冬子さんは、ため息をついていた。
「次郎さん、亡くなったんだ……」
「次郎さんは、寂しそうだったわ」
遠く目で、冬子さんは葬式の感想を述べていた。
「孤独死だ、次郎さん」
「そうなんだ……奥さんも五年前に亡くなって一人だったから大変だったろうね」
僕も辛い表情で、次郎さんの顔を思い出していた。
どこにでもいる優しい近所のおじいさん。昔は漁師をしていたけれど、腰痛や膝の悪化で漁師を引退した。
奥さんを亡くして、漁師も引退して足腰を悪くしてあまり家の外に出なかった。
次郎さんには子供や孫はいるけれど、みんなこの式部島を離れて行った。
式部島は、若い人が住むには刺激が無い。僕も、そう思って飛び出した人間だ。
「息子とかは連絡ついたの?」
「ううん、つながらないわ。息子の会社に連絡したら、海外勤務しているみたいだけど連絡つかないって」
「そっか……」
無念の顔を浮かべた冬子さん、悲しそうな顔を浮かべていた。
自然豊かな式部島、だけど最近は高齢化が問題になっていた。
特に老人世帯の孤独死が、深刻な問題だ。
「そういえば、井上さんが来た」
「そう、しつこいのね。捜索の打ち切りを、求めてきたんでしょ」
「ああ」僕には、その話で分かっていた。冬子さんは、唇をかみしめた。
あの後、冬子さんはずっと弥生の捜索をしていた。
社長時代の貯金をはたいてまで、いなくなった弥生を捜索していた。
でも、未だに見つかっていない。あのフェリー事故で間違いなくいなくなった妹は、見つからなかった。
「分からなくはない、知人の忠告だろう。でも何とか見つけたい……」
「弥生はきっと海のどこかにいるはず。いや、いなければおかしい」
冬子さんも僕も、ずっと疑っていた。
弥生はどこかで、生きているんじゃないかと。
わずかな希望を、僕たちは信じていた。
どんなに、周りが馬鹿げていると言ってもいい。
あの日、間違いなく朝に弥生はあのフェリーに乗り込んだ。
そしてあの日、弥生は必ず最終便で帰るはずだった。
七月十九日の朝、嬉しそうな顔で志田君というクラスメイトの話をしていた弥生。
その顔を、今でも僕は忘れることができない。
小学校で、弥生が愛する人が愛する人を殺す事件を見た。
それ以来、人と会うことを恐れて好きになることに苦しんだ弥生が、あんなに嬉しそうな顔を見せていた。
だから、絶対に探したい。もちろん冬子さんも、想いは同じ。
「にしても、冬子さんは村議会議員なんだ。噂は本当だったんですね」
「まあ、当然のことだ」
村議会議員のバッジを、誇らしげに見せる冬子さん。
「なんでまた?」
「悲しいことを忘れるために、仕事がしたかった……」
「仕事ですか。僕も同じですよ」
冬子さんは、式部島でずっと家庭菜園をやっていた。
都会暮らしにつかれた冬子さんは、仕事をしないで自給自足の生活をしていた。
だから、式部島暮らしでも仕事には就いていなかった。
「村議会議員ですか、なんでまた?」
「ちょうど選挙があって、村議会。そこに立候補したら、たまたま受からせてもらえたのだ」
「冬子さん、意外と人望あるんですね」
「そうではない、たまたまだ」
謙遜した、冬子さん。それでも、僕は知っていた。
冬子さんが、集落の老人たちにお見舞いしたり、農作業を手伝ったりしているのを。
仕事はしていないが、元社長として礼儀を尽くす。これが冬子さんは選挙に受かった要因だろう。
「それより聞きたいのは仕事の話、駿君、ホームページできるか?」
「ええ、まあ。僕はできませんが、知りあいにホームページ作成のプロがいます。頼むことができますよ」
冬子さんが頼んできたのが、ホームページの作成。
「それで、ホームページをなんでまた?」
「簡単な話、観光誘致だ。前に、駿の学校に行っただろう」
「ええ、来ましたね。三年ぐらい前ですね」
「あの時にいろいろパソコンで見させてもらったな」
冬子さんは、意外なほどにITや家電には疎い。
経営の達人ではあるのだが、ネットがなぜか疎い。
まあ、現役を八年前に退いているからというのもあるけど。
「駿君の学校のホームページを見て、思ったのだ。この島をもっといろんな人に知ってもらいたいと。
最近、観光の売り上げが落ちているのだ。今は、昔と同じ方法ではやっていけんのだよ」
「なるほど」そこは納得できた。
「この前、ようやく村議会で可決させたから、早速駿君に頼んだわけだ」
「分かりました。知り合いに頼んで、ちゃんとしたホームページを作ってもらえますよ」
「それは、助かる」
冬子さんは、少しだけ顔を明るくした。だけど僕には、一つ懸念材料があった。
「でもいいんですか?この島だと見えないですよ」
僕は、そういいながらお茶漬けを食べ終えていた。
「ああ、そうだな」冬子さんは、難しい顔を浮かべていた。
「だけど、そのホームページをまずは作ってもらえぬか?」
「とりあえず、画像とか、動画とか撮らないといけないし。デザインとか決まっている?」
「うーむ、それが分からんのだ」
「とりあえず、電話しておくから」
「そうそう、思い出したぞ」
冬子さんは、そういいながら立ち上がった。
「駿君、明日早速行動してもらおうと思っているがいいか?」
「こ、行動って?」
「島を見てもらうのだ、すでにガイドとカメラマンを呼んである」
立ち上がった、冬子さんはこの部屋を出て行った。
僕は、胡坐をかいたまま去っていく冬子さんを見送るしかなかった。




