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冬子さんは、昔本土の都会のど真ん中で暮らしていた。
飲食店を経営して、やがて大きな会社の社長になった。
だけど、結婚はしていない。仕事一筋のビジネスウーマンだったらしい。
そんな冬子さんは、都会での生活に飽きて離島生活をするために式部島に移り住んだ。
豊富な資金力で、式部島の一割を買い取った。
それ故に、背後にそびえる山の土地も所有している。
桶と菊の花を持って僕は、歩いていた。
そんな山道を歩く中、僕は小さなお墓にたどり着いた。
「弥生……」
僕は、愕然としていた。それは、僕といろんなことを共有していた弥生の墓。
墓石に『草薙 弥生』と書かれていて、僕の頬は自然と涙があふれてきた。
「ごめんよ、ごめんよ……」
何度も謝りながら、泣きだしそうな僕は墓に水をかけてあげた。
少ししおれた花を、僕は交換していた。
でも、僕は知っている。この墓の中には、まだ弥生はいないのだと。
「どこに行ったんだよ、なんで戻ってこないんだよ!」
涙ながらに墓にすがる僕の後ろから、一人の女性が歩いてきた。
僕がそこに振り返ると、そこには意外な人物が立っていた。
カーキ色の上品なスーツを着て、大きな眼鏡をかけた女性。
「あら、冬子はいるの?」
それは、冬子さんと知り合いの女性。いつもながら穏やかな顔で、墓の方を見ていた。
その人物の名を、僕は知っていた。
「井上さん、なんでここにいるんですか?」
「冬子に会いに来たのよ、話があるから」
僕とスーツ女性の、井上さんと声が重なった。
驚いた顔を見せた井上さんに、僕は睨みを利かせた。
『井上 多恵』は、冬子さんとは以前からの知り合い。
この島の隣、薪島で新聞記者をしていた。
地元紙の新聞を書いていて、『薪島新聞』は式部島でも読まれている貴重な情報源でもあった。
年齢的にも近くて、本土出身ということで仲がいいのだが。
「そうですか、いません」
僕は不機嫌に、言い放った。
そんな井上さんは、墓の方に近づいて見ていた。
「彼女はいないわ、どこにも」
「あなたに、否定される筋合いはありません」
しゃがんで見上げた僕は、立ちあがって井上さんを見ていた。
僕と井上さんの間に、緊張の空気が張り詰めていた。
「私は、それでも冬子のために言うの。
冬子は一つのことにとらわれすぎよ、捜索なんて打ち切るべきだわ。
お金もかかっているし、身を滅ぼすことになるわよ」
「うるさい!それでも弥生は家族なんだ!」
「それが、仮の家族でも?」
井上さんは、真剣な顔で僕を見てきた。
どこか冷たく、悲しげな顔。哀れむような、辛い表情を浮かべていた。
「仮でも、家族は家族だ。僕も弥生も冬子さんも家族、だからそれを他人に言われる筋合いはない!」
その言葉を聞いて、井上さんの顔が後ろめたいものにかわっていた。
「家族か……いいわね。そんな絆があれば、私の様にならないかもしれない……」
その言葉に、井上さんは含みを持たせていた。
「だから、弥生は……」
「でも、現実を見なさい。そんな子は、もういないのよ!」
井上さんは、叫んだ。
もちろん井上さんの言葉を、納得できない。だから食い下がった。
「じゃあ、弥生は、弥生は……どこに?」
「彼女は、式部島の外をあまり歩かないみたいでしょ。
友達もいないから、いつも薪島は学校だけ行く。私も弥生さんのことは知らないわけじゃないの。
薪島で、学校以外の場所はあまり知らない。ううん、式部島の小学校の頃から彼女は一人ぼっちだった」
井上さんは、スーツから取り出した手帳を読んでいた。
彼女も、この事件のことを調べていた。あの記事を書いたのも井上さん。
「それは違う!」
「違わないわ、彼女はいつの間にか消えたのよ。
失礼な言い方かもしれないけれど、人間って存在感がなくなるといつの間にかいないことも気づかなくなっていくものなの。だから、彼女だって……そうよ。あなたたちはいなくなった弥生さんを、忘れられないの。
忘れないと、前に進めないわ。悲しみはいつまでも続くものだから」
最後は、吐き捨てるように言ってきた。
墓に手を合わせた井上さんは、僕に背を向けて去って行った。
僕は、ぐっと右手を握り締めて井上さんの背中を見ていた。




