2節 元経済大都市アファロス
「いらっしゃいいらっしゃい!!」
「ママあれ買って〜!」
「新聞の最新号、いかがでしょうか!?」
街の本格的な主要道路に入ると、喧騒が一段大きくなったように感じた。
これが大都市…
故郷とは比べものにならない…
僕は呆気に取られ、目の前の人々をただぼんやりと見ていた。
「ちょ、そこの兄さん――!」
――カタン、コトン。
後ろから誰かの声が聞こえると、僕はすぐさま振り向く。
そして轢かれる前にその場から退くと、慌てて歩道へと向かった。
《今のは…馬車?》
いや、なんか違う気がする。
金属が多すぎるし、馬を繋げるあれが…
え?馬は?
いや、あの人力車ってやつかも…
そもそも誰も引っ張ってない?
固唾を飲んでから、小さく呟く。
「これが“経済都市”ってやつか…」
※※※
テントで寝泊まりしていたからには、もう街は見たことあるんじゃないの?
と思われてもおかしくないが、実は、昨夜到着したばかり。
つまり、まだ街をよく観察できていないのだ。
そして僕は今、ロミル橋から二百コド(五分近く)歩いた場所の主要道路にいる。
視線を定めず、街中をうろついていた。
「仕事に間に合わねえぞ…!!」
ある花屋の近くを歩いていると、二人の男たちが慌てて通り去った。
薔薇を手に持っていた僕は、彼らの背中を眺める。
言われてみれば、今日は平日。
普通の人は仕事を始める時間帯だ。
彼らの行先をなぞっていくと、この街を囲む城壁の北門に辿り着く。
恐らく、その奥にうっすらと上がっている煙の発生場――工場へ向かっているのだろう。
《市民も忙しいものだ…》
---
かつて、この国の“中層地区”と呼ばれる区間で最も重要な都市だった「アファロス」。
商業の中心地として人々が集まり、人口も経済力もトップクラスを誇っていたらしい。
しかし、あの城壁ができてから経済が一向に成長しない。
言い換えれば、“停滞している”との噂をよく聞く。
「――そうは見えないんだけどな…」
横を通りすぎる、例の乗り物――自動車を見て思わず呟いた。
僕自身、皆無と言っていいほど大都市を訪れた経験がない。
なので、参考にできる資料がないわけだが、一見すると、この街は発展の真っ只中。
人や物の移動が絶えない、常に“どこか”で“何かが”作られている。
そんな都市が、どうして停滞しているとか言われているのだろうか?
こんな技術が進んでいるのに…
《――痛ぇっ!!》
「――ちゃんと前向いて歩け、バカ野郎!」
思考に夢中になっていたせいで、少し気が抜けて、人とぶつかってしまったようだ。
おかげで、アファロスに来て二回目の罵声を浴びせられた。
「……」
気のせいかもしれないが、なんか、アファロスって民度悪くないか?
僕は男の背中を、なんとはなしに見詰めた。
「技術が発展しても、人の道徳心は原始時代、か……」
そう声に出すと、僕はため息ついた。
こんなことが聞かれたら、間違いなく殴られていただろう…
※※※
「――にしても興味深いな…」
人混みがおさまった道路をのんびりと歩きながら、少しだけペースを下げる。
ホームレスはおろか、野良動物やチンピラ集団すらいない街は、実に清々しい物だ。
実際、こんな無防備な僕でも街をうろうろ歩ける事自体、その設備や警備の有能さを表しているのだろう。
「はぁ…」
アファロスより大きい都市がいくつもあると思うだけで、少し落ち着かない気分になる。
こんな大きな都市でさえ、僕の手から遠く離れているように見えるのに、それが何倍もの大きさの“国”となったら…
――そうなったら、何かに押し潰されてしまうような気がする。
僕は、本当に国なんか……
『――バカ』
……。
聞き慣れた声は、僕を我に返した。
本当に僕は馬鹿だ。
すぐに余計な事を考えてしまう。
“できるかできないか”なんて、そもそもどうでもいいことだったはずだ。
頭を軽く二回叩いて、深呼吸をする。
「――危うく、目的を忘れるところだった…」
右肩に掛けていた鞄を一旦下ろし、中からあるものを取り出す。
手紙――と言いたいが、どちらかと言えば紙切れに近い。
てか、手紙っていうのに文字がほぼないし。
まあ、とにかく。
これが僕の行先を導く主要物だ。
今まで言ってきた通り、僕は観光をしに来たわけではない。
ある人物に会いに来たのだ。
その名も「ロメロ・オンブリゴ」。
知らない事はないと思うが、彼はあの伝説の軍人――『78の伝説』だ。
もっと言えば、父の友人。
更に言ってしまえば、その殺人犯でもある。
《今になってはどうでも良いことだが…》
例の事件の後、彼は何度もアンコナにいた自分を訪ねてくれた。
それに、あまり認めたくはない事だが、彼には何度も助けてもらった。
なので、非常に縁の深い相手と言えるだろう。
最後に会ったのは確か、五年前。
そして彼が去る前に、この手紙をくれた。
当時はあまり気にしていなかったが、一応保存していた。
『いつか役立つかもしれない。』
その考えが的中したってわけだ。
この国は変わろうとしている。
ロメロは、その鍵を握る人物。
……と言っても、手がかりがほぼ無い。
あの手紙にはロメロの居場所は書かれていないし、その意図も書かれていない。
ただ、あるバーの住所が記されているだけだ。
ロメロに会うため、僕の目的のため――
「――そこに行ってみるしかない」
※※※
「すみません、この住所についてですけど…」
弱々しい口調で、その紙切れをある夫婦に見せつける。
二人は同時に“知らない”と言いながら手を振り、僕はカクンと、肩を落とした。
意外と知らないモンのか…
そりゃそうか…
大きい街だしなあ…
横を通り過ぎていく子犬と目を合わせ、再び嘆息。
住所を知ったところで、バーまでの道を知らなければ意味がない。
だから、こうして人に訊くしかない。
うん?地図?
そんなモン読めないし高いし。
うん?警察?
そんなやつら宛にできないからこうなっているんだ。
僕は“脱走者”とまでは行かなくても、城壁内に入る許可書を貰っていない、
“違法侵入”って犯罪を犯している。
なので、遭遇は極力避けるべき。
「すみませーん…」
何回目になるのだろうか、ある人を引き留め紙を見せる。
今回は黒髪で、エレガントなスーツ姿の、多分二十代後半の男。
手には、少し大きなスーツケースを持っていたので、どこか、大事な場所に向かっている途中だったのだろうか。
なんか…少し申し訳ないかも。
「うーん……」
男は紙をまじまじと見詰める。
何かが分かったかのように、僕と目を合わせた。
「ああ!知ってるぜ、その住所!」
上品な見た目に、とても適したとは言えない口調。
でも、なんとなく信用できそうな雰囲気を纏っていた。
「本当ですか!」
少し興奮気味に、声高に言う。
「ええ。確か、城外から来た人が経営しているバーんとこだろう?」
彼はハキハキと言い終え、ポケットから何かを取り出した。
そして、勢いよく、それを広げて見せた。
「この地図で言うと…この辺りだ」
ほうほう。そこか…
って、なるわけがなかった。
そもそも、この街の地理は全然把握してない。
「んー。ああ、だったらこれ貰っていけよ」
僕の表情を察すると、彼は丁寧に地図を折った。
乱暴に広げたせいで、折り目がぐちゃぐちゃだったが…
「街の入り口付近で可愛いコが配っていて、ついもらっちまった。
…けど、正直いらないからさ…」
彼が渡してくれた地図を、宝物を手にしたかのように見詰める。
何だこれは!!
運命ってやつなのだろうか…
「あ、ありがとうございま…」
「――五デドね」
ケッ。
僕が感謝を言い終わる前に、即座に値段を言い出す。
「この後、上司に会いに行くんだ。この街に“大事な”人が何人か訪れるみたいでね。
だから、何か買っていこうかなーって」
ハハハ。
彼は笑う。
一発殴ってやりたかった。
「まあ、別に高いわけではないだろ?」
無言。
僕は嫌々、財布を取り出した。
その後、彼は親切にバーまでの道を説明してくれた。
これは流石に無料で。
彼自身も、初めてアファロスに来た時、誰かにこういう風に道を教えてもらったらしい。
ありがたいことだ。
僕は知りたい情報を知ると、直ちに踵を返すことにした。
しようとした。
「――ちょっと待ってくれ」
彼の言葉に、僕は足踏みをする。
「ちょっと君に一つ、“アドバイス”をしたくてさ…」
髪を触りながら、彼は申し訳なさそうに言う。
まあ、アドバイスを聞いたくらいで損することはない。
なので、僕は一歩近づいた。
「この街の…ここ!」
彼はそう言って、地図にある大きな六角形(アファロス壁)の南西側を指差した。
「ここはアファロスの貧困層が住んでいる地域。
丁度警察の目から一番離れている場所だ」
貧困層か…
あまり聞いたことはないが、嘘でもないようだ。
念のため、心に留めておこう。
「ええ。分かりました」
僕が笑顔で感謝すると、彼も微笑み返す。
「あと…」
彼は耳打ちする。
「可愛いコは北に多いから」
「はあ…」
そう言うと、僕に名刺を一枚渡し、急ぎ足で逆方向へと歩き出して行った。
北か…
いやいや、何考えてんだ。
僕は首を横に振って、地図を広げた。
「今はこっちだ」
男の行った通りの道を歩き始める。
彼から渡されていた名刺に目を通さず、ただ鞄の中に仕舞った。
「ピーピー」
綺麗な小鳥の声。
ああ。
今日は凄くいい日だ。
朝の暗い気分なんて、まるでなかったかのような気さえしてきた。
「その角で…右」
しかし僕はまだ気づいていなかったのだ。
今日起きる、最悪の出来事を。




