25節 カルディアへの訪れ
メモ《大型航空機について》
・大きさ:100〜150コド
・速度:時速2000コドほど
・乗客数:300〜400人
・用途:高層地区間の上空移動
・外観:白が基本だが、都市ごとに様々なデザインがある
・形状:先端が少し尖っている
・印象:とにかくうるさい。心臓に悪い。
プネモナスやヘパールで見た小型機とは完全に別物。あれらは戦闘用にも使われるが、こっちは純粋に移動用らしい。
高層地区では当たり前のように飛んでいるが、
中層に導入されるのは100年後、低層に至っては200年後と聞いた。
……考えるだけで身が遠くなるような話だ。
あと、人だけでなく、軽い荷物も運べるらしい。
カルディアでこの技術なら、エンケファロス州はさらに進んでいるのだろうか?
個人的には、いつかガボと乗ってみてもいいかもしれない。
もちろん、すべてが片付いた後の話だが。
《視点が変わります》
先月、高層地区に位置する都市カルディアで、多殺人事件が発生した。
容疑者は二十三歳の男性で、現在も逃亡中。当局は犯人の逮捕に全力を尽くしている。
※※※
ロメロ・オンブリゴは長旅の末に、ようやく目を覚ました。
「おはようございます。そろそろ到着しますよ」
馬車の運転手が、御者台と車中を繋ぐ小窓を開けて告げる。
ロメロはまどろむように、目やにを取った。
「ああ……長い旅だったな」
そう言って、横たわった状態から上半身を前に起こした。
「たったの数日だったじゃないですか?」
運転手は小窓を開いたまま、なるべく早く馬車を揺らさないよう注意しながら話した。
ロメロは背伸びをしてから、
「おかげ様で」
両手にグローブをきつくはめ、指を五本まとめて鳴らした。
白髪を適当に掻き上げ、早速野帳をぺらぺら捲った。
この男は他でもない、歩く伝説。
恐るべし、あの七八事件に終止符を打ち、国政に再び安穏をもたらした人物。
王直属の任務に就くよう声をかけられたこともあるとさえ、噂されている。
二十年経った今でも尊敬され続けている。
あの、ロメロ・オンブリゴである。
「でも、噂とは印象が違いますよね」
「そうかね?」
「ええ、もっと威厳があって、容易に近づけないような雰囲気の人を予想していました」
「それはそれは」
車内の座席に背を預けながら、ロメロは筆を動かしていた。
「実際に会ってみれば、親切で寛大な方でしたから、少々腰を抜かしましたよ」
「ハハ、よくある思い違いだよ。所詮、ちょっと名が広まっただけの、普通のおじさんだ」
その自虐的な物言いに、運転主は微笑みそうになった。
「いえ、私の話はあくまでも外見について個人的な感想ですよ。…しかし、ここ数日間お供させてもらって、根本的には、噂とさして違わないことに気づきました」
「違わない…?」
「いや、それはさぞ無礼な言い方でしたが……言い換えますと、あなたは皆が声を合わせて唱える通り、もしくはそれ以上に…」
手綱を強めに引いて、言葉を紡ぐ。
「――“伝説的”な人です」
馬は少しスピードを上げて、ロメロは筆を少しずらしてしまった。
「…まったく」
嫌気が差したのか、野帳と筆を自分の傍に置いて、彼は向かい側の席の窓を眺めた。
山の麓まで伸びる鉄道。
遠くに並ぶ高い建造物。
そして大きな川をまたぐ大橋。
「もしかして、高層地区は初めてですか?」
壮観に見惚れているロメロに、何気に運転主は問い掛ける。
「いや、プネモナスなら行ったことはあるが、こことはわけが違うみたいだ」
「それは、少し意外ですね…」
運転手が新鮮な空気を浴びながら、綱を右に引っ張る。
「コルプスの第二の首都と言っても、出入りの厳格さはアファロス以上だからな」
と言うか、一番だと思う。
ロメロは幾分朗らかに笑った。
と。
その笑い声を遮るようにして。
「――あれが、貴方がこれから乗る電車です」
運転主は顔だけ振り返りながら、ロメロから見て背後の、馬車の右側に視線を誘導した。
振り向けば、ロメロは横を通る電車を目の当たりにした。
彼が見慣れていた機関車とは全く違うもので、その速さも比べものにならない。
少しの間、彼はそれを目で追った。
「そこでの車や馬車は、カルディアの交通機関に比べれば玩具のようだよ」
微笑みながら呟いた。
「そろそろプネモナスでも導入されますけどね」
運転手はそう言って、勢いよく角を曲がった。
「ここまでありがとう」
しばらくすると、馬車は小さな村で止まった。
客席を下りたロメロは、別れ際に運転手に頭を下げた。
「いいえ、貴方の偉業に比べれば大したことないですよ」
運転手は馬を撫でながら、笑顔で返した。
周りでは様々な人が乗り物から降りては、小さな駅の内部へと向かっていた。
《私の偉業、か…》
ロメロはその小さな村で一旦休もうと思っていたが、やはり急ぐべきだと改めて考えた。
なので。
軽いため息と共に、彼は足を動かした。
※※※
『Bienvenidos a Kardia』
(ようこそ、カルディアへ)
と、蛍光色で記された大きな看板が下車駅の出口にぶら下がっていた。
ロメロはそれを横目に、人に流されるようにして階段を上がり、外に出る。
途端、明るすぎる太陽に思わず目を閉じた。
ガラス張りの建物。
舗装された道路。
洗練されたデザインの車。
そして街中に輝く光。
全てがこれまでないほど派手だったのだ。
「これがカルディア…」
白髪を手で撫でながら、その光景に思わず息を呑んだ。
到着後。
自分と周囲が余りにも代わり映えしていたため、彼は真っ先に服装を替えることにした。
「凄くお似合いですよ〜!!」
ある服屋のお姉さんに言われ、彼はジーンズとTシャツに着替えた。
《これが流行り…》
あまり腑に落ちなかったが、現地民の言う事だからと、彼はそのまま店を出た。
が、歩き始めて間もなく
「そこのお兄さん、時間の一二分をください!!」
「いや、結構…」
「そこのダンディー、若返りたいと思った事はありませんか?」
「ない…」
「…そこの君!!」
「…カルディアは初めてですか〜?」
「…一日で三十カラ稼いでみたくないですか〜?」
「――結構です!!」
街のあらゆる所で、キャッチセールスに捕まってしまい、彼は精神的にかなり参っていた。
それに加え、音楽や広告による騒音。
《ああ、頭がくらくらする…》
迷った挙句。
彼らを無視する、という結果に至った。
《こっちも暇じゃないんだ…》
しかし、若者を無視すると心が少し痛んだ。
と。
別の解決案を探していた時。
「ヘイ!!タクシー!!」
そう人が叫んでから、すぐに車が駆け寄ったことを目にした。
「なるほど…」
彼も試しに男の動きを真似した。
すると、また別のタクシーが彼に向かった。
彼は荷物を持って車に乗り、大きなため息をついた。
「今日はどこへ?」
彼が乗ると同時、運転手は尋ねた。
「そうだな…あの噂の図書館に」
「かしこまりました」
間髪入れず、車はすぐに出発した。
「78の伝説…凄いじゃないですか!」
ロメロの正体を知って、ドライバーは興奮気味になった。
「まあ、外見ではあまり悟られないが…」
伝説は相変わらず、自虐っぽくそう言った
「と言うことはノタムも…?」
「――ああ、ちゃんと星がついている」
彼は袖を捲くろうとするも、Tシャツだったからその必要がなかった。
ロメロの手首には普通の臍ノタムの上に、ヘキサグラムが乗っていた。
ドライバーはそれを一見してから、「おお」と感嘆の声を上げた。
「なぜ、伝説がカルディアに?」
ドライバーが同じ勢いで訊く。
「特に大した理由はないな。個人的な野暮用…」
そうやって会話をしていると突然。
爆音と共に、ロメロは凄まじい爆風を感じた。
友人。
火災。
悲惨。
脳を過る数々の可能性が、彼の心を揺さぶる。
彼は何事だと、窓から顔を出した。
瞬間。
上空を飛ぶ、大きな鋼の物体が視界に入る。
あまりの威力に動揺してしまい、彼は思わずその場でしゃがみ込んだ。
「今のは…!」
彼は窓から顔を出し、再び上空を確かめたが、物体はすでに遠ざかっていた。
「えっ、飛行機を見るのは初めてですか?」
運転手はハンドルを握り続けながら、平然な様子で後ろを顧みた。
「今のって…飛行機か?」
ロメロは目を開きながら、呟いた。
「今まで見てきたのと、全然違うじゃないか…」
彼はシートに深く座り直した。
そして野帳とペンを取りだし、思いついたことを素早く書き留めた。
「あれは恐らく、エンケファロス行きですね…」
そう言い、運転手は帽子を整えた。
※※※
「…どうした?なぜ止まった?」
ロメロはメモを終えると、ふと車が停滞していることに気づいた。
「渋滞が…」
運転手の言葉を聞き、ロメロは窓から顔を出し、周りを確かめた。
《これは!?》
道路は四方八方、車でぎっしり詰まっていた。
「このままじゃ、あと三十分はかかりますかね…」
運転手は申し訳なさそうに、苦笑した。
「心配ない。ここからは自分の足で行くとしよう」
それ以上言わず、彼は金を払って車を出ることにした。
そして、高さも大きさも様々なクラクションの雨を通り抜け、歩道に向かった。
いくつかの信号の先に彼の目的地――この都市最大の図書館「エル・ニャンサ」が遠望できた。
手入れの行き届いた木々に沿って、大理石で作られたであろう白一色の床を進む。
若者の会話や、楽器の演奏が耳に入る。
その隣に巨大な噴水、そして本館の門へと繋がる階段があった。
その高さ四十メートル以上の巨大な扉をくぐると、右側には大きな受け付け、
そして左側から奥へと、何百もの本棚が天井へ向かって伸びていた。
彼は一階の広場のテーブルに腰を下ろし、適当に選んだ『窓のない人生』という本を読み始めた。
「隣、失礼します」
そこへ。
暗い茶髪の青白い肌を持つ若者が近づき、一言置いてから隣に座った。
「…なんですかその格好は?ただでさえ酷い見た目が、更に見苦しいですよ」
あまり浮かない顔で、別の本を読み始める。
赤い表紙の大学教本だった。
「中々非道いじゃないか、君も」
ロメロはぺりっとページを捲る。
「…冗談抜きで、その服、不自然ですよ」
と、青年もページを捲りながら真剣に返した。
その言葉にロメロは微笑み、本を閉じた。
「そんなに言うなら、君が教えてくれよ――
――サミュエル」




