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ペステ――革命は内側から始まる  作者: fm344
第一章 アファロス:古びた経済の都
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25/29

23節 ちょっと久しぶり

《視点が変わります》


 日没がアファロス城壁の高さに屈服し、いくつかの箇所で街灯が灯り始めていた頃。

 


「誰だ!」


 北エリアの中でも最北の住民街に身を潜む――一人の老婆が怒号を上げた。


「さっさと出て来い!!」


 掃除用のほうきを手に持ち、足早で物音のした部屋へ向かう。

 小動物なら迷わず殺すような、大型の動物にでも致命傷を負わすくらいの勢いで扉を開けた。


「は」


 すると、彼女は少しずつほうきを下ろした。


「カミロです、ロサさん」


 口数が少なく、大きなテンガロンハットを目深に被った男。

 カミロ・オホ。


「何よその“一人で来ました”みたいな言い方は?」


 続いて何気に、シニカルに笑う赤髪の女。

 ナタリア・パルマ。


 老婆――ロサは困ったような顔つきを、再び無愛想な表情へと切り替えた。


「また野良猫かと思ったらお前たちか……びっくりさせやがる」


 小さく咳払いをして、ほうきを壁にかける。


「で、何しに来たんだい?」


 地面に空いた大きな穴から二人が上がり終えると、ロサは鋭い眼光を送った。


「何って、当たり前でしょ?」


 ナタリアもまた、随分と尖った返事をする。

 カミロはそれを横目に、


「ジュリオに頼まれ、組織の計画に関係する物を回収しに来ました」

 

「ふん、なるほど」


 ロサは聞こえるように息を漏らし、続いて二人に背を向けた。


「来なさい」


 落ち着いたトーンで、彼女は指示した。



 二人は部屋を出ると、ロサに言われた通り、リビングのソファに腰を落とした。



「お茶くらい、出してくれたって良いのよ」


「誰がお前に出すんだい、ボケ!」


 売り言葉に買い言葉。

 ああ言えばこう言う。


 馴染みがかってきたやり取りに、カミロは特に笑いも参加もしなかった。


 嘆息。


「…じゃあ、手短かに説明するから聞きな」


 ロサは先陣を切って、話を進める。


「七月七日、今日の正午、北エリアの中心部近くの一軒家で三人の死体が発見された…」


 余計な仕草やジェスチャーを全て省いて、老婆は二人を向きながら言った。


「凶器拳銃と推測されるが、当のそれは見つかっていないし、容疑者もまだいない…」


 また大きく咳払いを挟んで、彼女は加える。


「少なくとも、掲示板によればな」


 ロサにしては物珍しい、静かな口調だった。


「…え、三名?」


 ナタリアがオウム返しに訊く。


「知らされてないのか?二人以外にも、ラウルの死体が見つかったんだよ」


 赤髪ははてなと、小首を傾げる。


「ジュリオの友人だ。組織に関係ない」


「でも関係ならなら何で殺されちゃうのよ?」


「さあな」


 ロサは彼女の質問をさっ、と一刀両断した。

 

「本人にでも聞いておけ」


 ナタリアはその手厳しい対応に、口を噤む以外しようがなかった。

 一方で、カミロはテンガロンからほんのりと目を覗かせ、口を開いた。


「ということは、これは組織を狙った事件であるとは限らない」


 彼の渋く、しかし同時にはっきりした声に、ロサは小さく頷いた。

 ナタリアは固唾を呑んだ。


「ジュリオや反乱組織については何も聞かなかったし、事件はいまいち計画性に欠けている。

 そう考えるのが、妥当ってことだ」


「妥当、ね…」


 ナタリアは何か思いがあるような表情で、刹那、視線を落とす。


 仲間が殺されたのが、単なる気まぐれや偶然であったかもしれない。

 ――そう考えると、彼女は言葉に詰まった。



「とにかくジュリオに言われた通り…」


 老婆は二人を玄関まで案内すると、扉を隔ててこう告げた。


「明日になれば家の調査は再開されるし、以てジュリオと関わりのあるバーも検査される」


 橙色に染まる雲以外、外には日光が照らすものがなかった。

 要すれば、すっかり日が暮れていた。


「行くなら、今しかないってことよ」


 ロサは中へ引き返そうと、背を向ける。 


「また後ほど…」


 カミロはテンガロンを傾け、ナタリアもつべこべ言わず、黙って老婆を見送った。


 嘆息。


「あたしゃ待ってるから、さっさと行きな」



※※※ 



 カミロの数コド後ろを歩きながら、ナタリアは街並みを感慨深そうに眺めた。


「ちょっと久しぶりな気がするね」


「何がだ?」


「あんたとこうやって街を歩くことよ」


 当たり前でしょという台詞が、見え隠れしていた。


「私の入団以来、もちろんジュリオとガブリエルを除いてだけど、多分初めてじゃないかしら?」


 車が近くを通っていたので、彼女はそこそこ声を強めて言う。

 カミロはこれと言った素振りを見せない。


「確かに。そうだな」


 彼の微妙な相槌に、ナタリアは些か歩幅を大きくした。

 そして急速に距離を縮めて、


「私の案内役は確か、ジュリオではなく、あんただったわね」


「ロメロを経由したっていう点では他と変わらないけどな」


「他って、あんたもそうでしょうが…」


 彼女は足を止めて、ため息をついた。

 カミロはそれに目を貸さず、ただ歩道に沿って歩き続けた。


 その無執着な態度が気に入らず、でも悶着を起こす気にもなれなかった。


「……ねえカミロ、あの子のことはどう思う?その、変な帽子を被ってる…名前なんだっけ」


「アレハンドロ」


「そうそう、アレハンドロ…」


 ナタリアは人の名を覚えるのが、とても得意とは言えなかった。


「そうだな。“愉快なやつ”だと思う」


「愉快って…あんた結構、適当な人ね」


 苦笑してから、ナタリアは表情を改める。


「違う、そういう第一印象的なことじゃなくて、もっとこう…」


「――君こそ、どう思うんだ?」


 彼女は、はぇ、と情けない声を漏らす。

 カミロのことだから、と、受け身は覚悟していなかった。


「…んまあ、年下のくせに礼儀知らずだし、しかも変にかしこまってるけど…」


 彼女は数秒間、頭に指を当てる仕草を取る。

 しかし途中で諦めたかのように、不意に笑ってその思案顔を崩した。


「そうね、まだ早すぎたわ」


 満足げに微笑んで、彼女は両手を背後へ回し、大きく背伸びをした。 


「でももしあの事件を経験したのが本当なら、期待くらいはできそうかもね」


 ナタリアは、あたかもそれが他人事であったかのように、どことなく甘んじていた。

 カミロはその奇抜な言動に、微笑を誘われた。

 

 

 時刻は六時半を回る。

 そして刻一刻と、大通りの喧騒が増していく。

 そんな頃。



「ぐぅ…」


 赤髪が腹を押さえ、ふらついていた。


「…ねえ、何か食べたりしない?」


 バーまでそう遠くない、左右とも飲食店に囲まれた道を二人は並んで歩いていた。


「…」


 カミロは無口なまま、歩き続ける。


「だって、ジュリオたちも食っているだろうし、ほら、『腹が減っては戦ができぬ』って言うし…」


 唸るようにして、彼女は呟く。

 しかし、テンガロンはそれをてんで無視する。


 すると。


「何を黙ってるの…これは命令よ」


 彼の右肩を素早く掴み、無理矢理歩けないように握る。

 カミロはテンガロンを指で摘み、彼女の手を優しく振り払った。


「分かった」


 彼は少し考えてから答えた。

 ナタリアの曇った形相は、一転明るいものになった。


 しかしカミロは同じ口調で、


「けど静かにしろ、警察が通る」


「なっ…」


 ナタリアは突然、自分の横を通りすぎる気配を感じた。

 振り向けば、数人の警官はっちゃけながら道を闊歩している。

 

「中心部に近づくと警備が増す。警戒を上げろ」


 ナタリアは警察を尻目に、カミロをみっしり見詰める。

 そして拗ねたように、そっぽ向いた。


「分かってるわ」



※※※

 


「にしても美味しいね。前に食べたことがある気さえしてきたわ」


 あの廃倉庫での食事が悪夢だと思えるくらいの香気が二人の鼻奥を満喫させる。

 特にナタリアは、すっかり元気を取り戻していた。


「流石、私の眼識は人一倍のようね…」


 自画自賛に埋もれる彼女に、向かい合ってカミロは腰を降ろしていた。

 彼女と違って彼は一人で食事を堪能する派だった。


「はぁ…」


 彼女はフォークをテーブルに置く。

 そして憂鬱そうに、空の食器に目を移した。


「結構いい感じだったのに、計画がまるっきり狂っちゃったわ。大迷惑ね…ほんと」


 ナタリアは肩を竦めてから、無意識にグラスを取ろうとした。

 しかし、中はもう空だった。


「ジュニオールとウンベルトもいないわけだし…… 

 ロベルトも立ち直れるか心配よね…」


 彼女は黙々とフォークを動かしているカミロを、難しそうに眺める。


 彼とナタリアの食事マナーでは雲泥を越え、もはや天と地の差があった。

 育ちと言うよりも、生まれの違い。


「新人さんも、随分と気の毒なタイミングで来ちゃったもんだわ」


 ナタリアは再びため息をつきそうになるが、


「お客様、もう終わりましたでしょうか?だったら、こちらで食器を…」


 ぞくり。

 少し狼狽えてから、早急平然を装う彼女。


「あ、お願いね」


 店員は一つずつ食器をトレイに乗せていった。

 その時。


「お客様…どこかでお会いしたことがありましたっけ…」


 不審な目つき。

 店員はもごもごと一人言を抜かす。


「赤髪に、傷だらけのズボン…」


 ナタリアはその視線をようやく察したようで、身につけていた小さな鞄を自分に寄せた。

 そっと、中に手を入れる。


「――数カ月前の食い逃げ犯!」


 店員は大きく叫んで、トレイを地面に落とす。


「何じゃと!?食い逃げ犯!?」


 店長も厨房から顔を出し、声を上げる。


「しまったわ…カミロ!」


 ナタリアは向かい合っている彼と目を合わせ、続いて口角を上げた。


 そして、煙幕。


 彼らの座っていた店の端から、絶え間なく、濃い霧のような幕が広がっていく。

 

「逃がすな!!」


 店長の鶴の一声が聞こえるも、店員は一人も動けない。

 食器の物音や客の咳に紛れ、二人は店を出て行った。



 靄がかかった視界が少しずつ晴れる。

 ほどなく幕が消えた。


 彼らのテーブル前に突っ立ていた店員も目を開けると、困ったように微笑んだ。


「また逃げられましたね…」


 やれやれと、地面に落ちたトレイを拾おうとした途端。 

 彼は卓上に置かれている貨幣に気づいた。



 店から少し離れて。

 仕事帰りや外出中の人々を避けながら、二人は街を駆けて行く。


「カミロ走るわよ!あの店長はしぶとい…」


 もう手慣れした事とでも言わんばかりに、赤髪は不敵な笑みを見せた。



 時刻はとうとう七時。

 ついに夜と呼べる時間帯に達したのだった。

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