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ペステ――革命は内側から始まる  作者: fm344
第一章 アファロス:古びた経済の都
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21節 火。光。熱。

熱くなってきましたね!

  ガブリエルと僕はブレング川の河原で、並んで座った。

 遠くには、僕たちがいずれ“破壊”することになるあの城壁がそびえ立っていた。



「どうして、僕たちはあの壁を壊すんですか?」


 僕はそっと尋ねる。

 

「一つ。あの壁は住人を分断している」


 快晴のような、透き通った声。

 夜空を見上げながら、ガブリエルは呟いた。


「二つ。あの壁のせいで内側の情報が入りづらい」


 僕も彼のようにして、星々を見上げる。


「そして三つ…」 


「三つ?」


 てっきり二つが限界だと思っていたが、何やらもう一つあったようだ。


「この国に俺たちの存在を知らしめる絶好の機会だ」


 ほう。

 想像以上に野心的な理由だった。


 僕はまるで他人事であるかのように、心の中で感心していた。


「なるほど」


 ガブリエルと顔を合わせず、ただ一人で数回頷いた。


 はぁ。


 僕は改めて思った。


《何て目標だ…》



「アレハンドロってさ、ジュリオから何も言われなかったか?」


 羽織り布の生地を指で擦りながら、彼は何気なく訊いた。


 ああ、そうとも。

 微塵も教えてもらってない。


「はい、ちっとも」


 僕は正直に、単刀直入に答えた。


「本当か?あいつだったら、街を歩きながら変な質問でもすると思っていたけど…」


 ガブリエルは意外そうに、少し間抜けな表情をこちらに向けた。

 嫌ながらも、思い当たることがあった。


「ああ…ありましたよ、そういうの。

 なんか、アファロスにニ種類の人間がいるとかなんとか…」

 

 やれやれ。

『前者と後者』だったっけ。


 その複雑な会話が、部分的にだが脳内に浮かんできた。

 

「所得が高い人は内側に、そうでない人は工場で働いて、橋の下や壁の外に追いやられる。

 という話だった気がします」


 厳密には、街の構造やメリク湖との関係についても語った気がするが、詳しく覚えていないので割愛。


「要するに、“市民の分離の話”ってことだね」


 …ああ、知ってる知ってる。

 彼はそうでも言いたげなしたり顔を見せた。


「アレハンドロは、それについてどう思ったのさ?」


《どう思った…?》

 

 思案顔をしてから、僕はお手上げとでも言わんばかりに、背中を雑草に落とした。


「素直に言いますと、まだ、何とも。

 精々、住民側が不満を持っていることくらいしか知りませんので」


 増税。

 脱走者の増加。

 出入りの厳重化。


 街のあらゆる場所で聞いてきた話だが、あくまでも、そこまで。

 深刻さで言えば、まだ表面しか撫でていない。


「へー」


 ガブリエルは微笑んだ。


「随分と冷徹なんだね。まあ、良いさ。何も悪いことじゃない」 


 仰向けのまま、僕は顔だけ横に動かした。


 冷徹、か。

 実際どうなのか、自分でも分からなかった。


「ここに住めば分かっていくだろうけど、それって、意外と重大な問題でさ…

 とにかく、あの壁を壊せば少なくとも状況は変えられるんだ」


 同じ姿勢で彼の顔面を、まじまじと見詰める。


 ああ…

 実に、清々しい。

 今、彼の目に写っている確信は、多分、何があっても曲がらないのだろう。


 僕は再び顔を上げ、星々をじっと眺めた。


 ――状況は変わる。

 そうなら、果たして。

 一体全体、どう変動していくのだろうか。



「…この計画を考えたのは、誰です?」


 もちろん提案、創設者って意味だった。


「ロメロ。ロメロ・オンブリゴさ」


 ガブリエルはそう言い放つと、思いきって、地面に身を倒した。

 その風で彼の髪は揺らされ、一瞬、その鼻が月を真っ二つに割っていたように見えた。 

 


 やはり初夏であるが故に、夜になると中々に涼しくなる。

 そして夏と言えば、やはりこの星空。

 故郷(アンコナ)のものと、全く同じ星々。


 ここ三週間毎日のように見てきて、ともあれ、そのおかげで安心感を覚えることができた。

 心を照らしてくれた。

 そう表現すれば、幾分ロマンチックに聞こえるだろうか…



 カチッ。


 聞き覚えのある音に、僕は微かに身を竦めた。


「なんだ…」


 ガブリエルの方を見れば、彼は上半身を起こして、右手にライターを握っていた。

 デザインと色が、何だか馴染みがあった。


「それ、ジュリオのじゃないんですか?」 


 反射で言ってしまったが、そうだった。

 ジュリオの家で見たのと同じやつだった。


「ああ、彼が貸してくれたんだ」


 簡単に答えて、彼は視線を炎へと戻す。


「なあ、アレハンドロ」


「は、はい…」


 ひっきりなしに、彼は話を続ける。

 今度は何だっていうのか。


「ふと考えたんだが。人生って、ライターの火みたいなもんだと思わないか?」


「え、はぁ…」


 彼の凛然とした態度もそうだが、それより話題の方に驚きを感じた。

 人生?

 ライター?


「え、なんで…」


「――誰かが火をつけて、誰かが消す」


 声が小さすぎたせいか、彼の声が僕の質問を上書きした。

 

「火そのものは自分で灯ることはできない。

 ほら、これだってホイールを回さなければ火を灯さないだろ?」


 カチカチと、彼は数回音を鳴らす。


「自らは光を作り出せず、必然、誰かの力を必要とする」


「なるほど…」


「――けどさ、」


 くっ。

 入る隙もねえ。


 僕は黙って、話を聞くことにした。


「自分で火を灯したところで、その熱や光は他人の利益になるんだ。自分のためではなく、さ」


 火。

 光。

 熱。


 息を殺して、炎の動きにのみ視線を集中させた。


「俺たちも同じさ。誰かによって生まれ、誰かのために死ぬんだ」


 フッ。


 頗る静かに、彼は火を消した。

 まるで今までそこになかったかのように。

 或いは最初っから存在してなかったかのように。


 目を疑うほど、清澄な様子で。


「ガブリエルさん…」


 僕は、既に視界からなくなっている炎を見続けながら。


「酔ってるんですか?」


「ハハッ、そんな風に見えたか?」


 僕の顔を見て、彼はいきなり笑い出した。

 食堂の時よりも、幾分大きな声で。


 しかし、妙だ。


「さっきから、何なんですか…」


 ああ。

 ヤバい…


 抑えきれない何かが、ガブリエルによって外へ引き出された。

 我慢――ではないが、状況を踏まえて極力避けていたっていうのに…

 僕もつられて笑ってしまった。

 

「ハハハハ!」


「ハハ…」



 ああ、本当に落ち着くなあ…

 壁の中と、比較ならないほど。

 

 何だか、故郷(アンコナ)でルカスの野郎の恋愛話でも聞いている気分だ…

 少し。


 やっぱり、とても楽しい気分だ。



※※※



 と言うわけで、

 ナタリア・パルマ、カミロ・オホ。

 そして、ガブリエル。


 今日初対面なはずの三人の内、せめて一人とは、無事、花を咲かせることができたようだ。

 一人…

 ガブリエル…


 って、あれ?



「ガブリエルさん、あなたの名字って…」


 忘れかけていた質問を、この期に及んで思い出した僕。

 そのままガブリエルに投げかけたが、彼は目もくれなかった。


「あれ、見えるか?」


 また声が届かなかったのかと、肩を落としていた僕に彼は視線を向ける。

 何かを見たようだった。


「何がですか?」


「あれさ。ちょっと遠くに見えるだろう?」


 彼の指差した先には、うっすらと煙が上がっていた。

 下では、何かの祝祭でも行われていたのだろうか。

 

「な、見に行こうぜ。…何だか珍しいんだよ、この辺りがこんなにも静かだなんて」


 彼はそう言って、返事も待たずに両手で地面を強く押した。

 よっ、と。

 彼は勢いよく立ち上がった。

 

「はぁ」


 大きめのため息。

 あまり気が乗らないが、さほど急いでいるわけでもない。

 それに…あの倉庫に一早く帰りたいわけでもない。


「分かりました」

 

 服についた雑草を簡単に払い落として、ベレー帽を斜めに被り直す。

 

《暇潰しと行こう》


 潰せる暇が、あるはずではないが。 




「祭りとかではないんですか…?」


 河原から、煙の発生源である壁沿いの小さな町へと足を運んでいる。

 そんな僕たちの傍を、手に収まるほどだが、数人の人々が歩いていた。


 方向は…見るからには、一緒。


「さあね」



 家々が次第に増えて行き、人の数も、ひしめき合うほどになっていた。


「ちょっと暑苦しいな」


 ガブリエルの声。

 …いや、違ったかもしれない。


 声が錯綜して聞こえ始めるほど、混み合ってきたというわけだろうか。

 なぜだろう。

 あの向こうで、何が行われているのだろうか。



 先程まで、遠目に眺めることしかできなかった煙とその赤く光っている発生元は、今では人混みのすぐ向こう側にある。 


 けど、これもまたなぜだろうか。

 胸が、ざわつく。


「本当らしいね…」

「いや、困ったことだ…」

「え、そんなことが…」


 群衆もやたら騒いでいるし、その表情から、お祝いごとでもないようだ。

 苟も、本当に祝い事であるならば、それはそれで気になるが…


《って、茶化すことすらも苦しくなってきた》



「すいません、奥さん」


 聞き慣れた、澄んだ声。

 これは間違いなくガブリエルのものだった。


「あそこで、一体何が起きているんですか?」


 好奇に満ちたその眼球は、なぜか、僕の中で警鐘を鳴らした。


「あら、ご存じないんですか?」


 胸騒ぎ。

 背筋が凍る。

 戦慄が走り出す。

 

「きっと、彼はよそ者よ…教えてやんなさい」


 ああ。

 怖い。


 僕は人混みを抜け出そうと、胸を押えながら歩き出した。

 ガブリエルは、まだ気づかない。


「あれはね…」


 頭が痛い。

 胸が痛い。


 しかし大衆のせいで、僕は思うように動けない。

 人を押し退けるどころか、自分が押される。


「昨日の午後に捕まった…」


 火。

 光。

 熱。


 僕の周りから、それらが全て弱まっていく。 

 消えていく。

 しかし僕を包んだのは、闇とか、虚ではなかった。

 そんな甘ったるく、虫の良いものではない。


 恐怖。恐怖。恐怖。


 そう。

 僕は元凶に辿り着いたのだ。




「――ありゃ、脱走者よ」



 

 思わず目を逸らす。

 視界が揺れる。



 僕から見て、真っすぐの所に、いたのだった。

 男が。

 脱走者が。


 皆を見下ろしながら、如何にも暑苦しそうに。

 爛々と、炎そのものであるかのように輝いて。


 生きたまま、燃やされていた。

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