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ペステ――革命は内側から始まる  作者: fm344
第一章 アファロス:古びた経済の都
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19節 暖かい食堂

やっぱり、って感じではないですが更新日を毎週の水曜でなく、金曜にしよう思います。もしかしたら、土曜と月曜もするかもしれません…

どっちつかずな人でごめんなさい。

「『腹が減っては戦ができぬ』ってよく言うだろ?」


 それは倉庫を出る前に、ガブリエルが何気なく放った言葉だった。

 それを冗談で言ったのか、または茶化して言ったのかは、僕には分かる由もない。

 が、正直それでよかったと思う。 


 太陽はすでに沈みかけていて、一番星もうっすらと見えるようになった時間帯。

 彼はロベルトと僕を、ブレング川(メリク湖から北東へ伸びる川)沿いにある小さな飯屋へ連れて行ったのだ。



※※※



「ここだ」


 大きな建物の前に止まると、彼は小さな嘆息とともに、二人にそう告げた。

 ちょっと久しぶりかもな、など、独り言を加えながら。


 建物は外から見るにまあまあの広さがあり、一階建ての家二軒分の大きさはあった。

 それも、前方だけを見れば。

 しかし、コンクリートの壁が薄汚れていて、外の看板の文字もほぼ消えかけていたことから、しばし手入れが行われていないと分かった。


 また、入り口に扉がないせいで内側の明かりが外へ漏れていたが、

 周囲に街灯がないことも相まって、妙に不気味な雰囲気を醸し出していた。


「はあ…」


 壁の中と全く違う。

 そう思った僕。

 もしくは、隣に立っているロベルトが息を漏らしたのかもしれない。

 確かなのは、続いて僕が息を呑んだことだ。


「さっさと入ろう」


 ガブリエルの視線を感じて、彼がすでに歩き出していったことに気づく。

 時間の余裕もない――わけではないのだが、些か急ぎ足で、僕もそれを追った。 



「失礼しまーす!」


 飯屋に入ると同時に、ガブリエルが威勢よく挨拶した。


 彼はこんな人だったのか。

 いや、ここが馴れた場所だったからなのか。


 それを見て、僕も思わず「失礼します…」と小さく呟いた。

 それにガブリエルは、なぜかにやりとした。


「いらっしゃい!」


 誰かが間を空かずに返事をした。


 ゆっくりめの喋り方と穏やかな口調から、恐らく年寄りの女性の声。

 カウンターの方をいくら見渡しても、その姿が見当たらなかった。

 でも、その更に右奥に小さな扉があることに気づき、その向こうから返事が来たと悟った。

 厨房なのだろうか。


 それを考えようとした時、ガブリエルはカウンターへ向かって歩き出した。

 

「普通にしてれば良いさ」


 顔だけ振り返りながら、彼は何気なく言う。

 “普通”とは何なのか、いまいち理解できないが。


《って、ほぼ無人じゃねえか…》


 三列に並んでいる十数卓以上のテーブルはほとんど空で、右角だけには、一人の男が座っていた。

 大きさの割には淋しい。

 そんな第一印象が、あらかた間違っていたみたいだ。



 どたどた。

 ばたばた。


 カウンターに着くと、奥から物音が聞こえ始めた。

 やはり、厨房だろうか。

 いや、それにしては騒がしいかも。


 と、ぼーっとしていた時。


「よいしょっと」


 幼い声。

 完全な棒読み。

 小さな掛け声と同時に、例の扉がいきなり開いた。


「あら、久しぶりねガブリエル」


 するとそこから、二人の人物が姿を現した。

 多分十歳に満たない少女と、見た目からして七十代を超える老婆。


 店の主人と思われる彼女が、明るくにっこりしながら挨拶をする。

 エプロンを身につけており、料理の最中だったらしい。


「久しぶりだなーガブ爺(じー)とロベルトさん。

 …その人は誰?」


 少女は、その可愛らしいと言えなくもない見かけによらぬ台詞を放つ。

 いや、おかしいのは台詞自体っていうよりは、その独特な棒読みの方だったと思う。


「こら!お客様に何を言ってるの!」


 と、おばさんは少女に軽くげんこつ。

 少女は「いてっ!」とだけ言い、頭を右手で押さえた。

 その様子を見て、ガブリエルと僕は苦笑した。


「ロベルトも久しぶりね。それで、そちらは…?」


 温かい視線が僕を向く。

 隣にいた少女も興味津々に僕を見詰めた。


 今週何度目になるか分からないが、僕は名前くらい、簡単に言うことにした。


《自己紹介はあまり好きじゃないんだけどな…》


「僕の名前は、ア…アレハンドロです」


 くっ。

 さっきから、舌が思うように回らない…


 またもや名前を噛みそうになり、僕は些か頬を赤らめる。

 それを聞いて、女性はやんわりと笑った。


「まあ、素敵な名前ね」


 お世辞と言われればそうかもしれない。

 が、個人的に、満更でもない言葉だった。


「それで。今日もまた特別な用があるの?」


 間髪入れず、彼女は話を切り替える。

 その質問は言うまでもなく、ガブリエルに向けたものだった。 


「いいえ、今日はそんなんじゃなくて、純粋に食事をしたいだけです」


 丁寧語でありながらも、どこか抜けている口調。

 しかし、妙に“失礼”とまではいかなかった。

 

「あら、そうなの?だったら、どうぞ座って」


 ガブリエルの回答に少し驚いたようで、しかし変わらぬ笑顔。

 おばさんは視線をずらし、そのまま三人を近くのテーブルに誘導する。

 その間。

 彼女は所々、ロベルトの表情を覗いていたように見えた。


 そして。

 テーブルに着くと同時、僕たちは一斉に腰を落とした。


「いつものをお願い」


 僕と向かい合わせになったガブリエルは、目を合わせると、早速注文をする。


 “いつもの”とは何なのか。

 そもそもメニュー見せてもらってないんだが…

 いや、もしかして。

 ロベルトはともかく、まだ初対面の僕の好みなんぞ、すでに網羅しているっていうのか!


《…んなわけあるか》


 と、小さく呟いた。

  

「分かりました。少々お待ちを」

 

 礼儀正しく言い残して、おばさんと少女は厨房の方へ去って行く。

 小首を傾げながら、僕はそれを見送った。


 こちらの事情もある程度把握していて、けれども、さして干渉しない。

 ガブリエルの距離感も微妙で、彼女の立ち位置も分からない。

 本当に、何だろう。

 この人は、誰なのだろう…


「……」


 僕は、固唾を呑んだ。


 やはり、見て見ぬふりは敵わないようだ。

 それも、右隣にいるのだからなおさら。

 指で太陽を隠すくらい、思考を巡らせるのは無駄な行為だった。


《だったら何をしろと…》


 自然と身が竦んでいく。

 視線が左へと動いていく。

 

 嘆息すらできそうにない空気の重さに押し潰されながら、ただ、無言で料理を待つ。

 ――入団初日にしては、実に気遣わしい情景なのだろう。


 …けど、とよかく言っていられない。

 僕だって、誰だって。

 皆、どうのこうの言っている資格がなかった。

 


※※※ 



 ロベルトの話は、もはや『話』と呼べるものではなかった。



「俺は逃げてきた……」

「ジュニオールとウンベルトは死んだ……」


 その二つを繰り返すだけで、会話はほとんど成立しない。

 腕を掻き続け、目も合わさず、汗に濡れたその姿は、見ているだけで胸が苦しくなった。


《その場から、一早く出たかった…》


 それでも、彼の独白の欠片から分かったのは、二人を殺したのが“正体不明の第三者”だということ。


 ――何者かに組織の存在が知られた可能性は高い。

 そう判断したジュリオは歓迎を後回しにし、街に残した物の回収を優先した。


 近所に顔が知られているジュリオは動けず、代わりにナタリアとカミロが街へ向かう。

 その間、ジュリオと僕たちは人目につかない場所で待機することになった。

  

《ざっくり言うと、こんな状態…》


 はぁ…

 考えをまとめてから、僕は深く呼吸をした。


 いやはや、本当に信じ難い状況だ。

 まだこの組織に馴染めていないというのに、早速初対面の人と共食。

 しかもその内一人は話せる状況にない…

 いや、それ以上に、一日で“仲間”を二人も失ったことが、脳内で、一向に現実味を帯びない。

 率直に言えば、悲しいとかではなく、ただ単に事実を受容し切れていないのだ。

 

《それだけではない…》


 僕には、まだ受け入れ切れてない点がもう一つあった…



「ここにいて、大丈夫なんですか?」 

 

 霧みたいな、頼りない声。

 あまりの静けさに耐えきれなくなり、無言でコースターを弄っていたガブリエルが、僕の方を向く。 


「…まあ、壁の外は中と違って警察の動きが少ないから、見つかることはない。

 なおさら、工場地帯でもないこういう村ではね」


 彼も少し小声で、軽々と答える。

 僕は微かに眉を曲げ、視線を上げた。


《それはどうでもいい…》


「いや、僕が聞きたかったのは…」


「――ナタリアとカミロが街に行ったのに、俺たちはここにいていいのか、ってことだろ?」


 彼は僕が言おうとしたことを先読みしたかのように、台詞を遮った。

 その得意顔に、僕は言葉を失った。


「なんだ? もしかして、あいつらに何か起きるんじゃないかって心配なのか?」

 

 ガブリエルは微笑みながら、少しからかうように訊いてくる。


《違う》


 心配なのは、正直彼ら二人ではない。

 いや、それは嘘だ。

 確かに心配だが、この沈黙を壊すほど強力なものではないんだ…


「あいつらは街でほとんど知られていないし、見た目以上に賢い。心配する必要はないさ」


 違う方向に話を進める彼に、何度か、僕は口を挟みそうになる。


《違うんです》


 僕が誰を気にかけているのか、あなたにも十分分かるはずでしょう…

 今、誰よりも仲間の支えを必要としているのは、彼ら二人でも、ジュリオでも僕でもなく…

 一人しかいないでしょう…


「ハハッ」


 ガブリエルは快活に笑った。


「俺たちの心配や気苦労なんてなくたって、一人でもやっていけるはずさ」


 その言葉に、僕はなぜかはっとした。


 同時に。


「――おい、いつまで無視するんだガブ爺(じー)」

 

 情緒のない棒読み台詞。

 僕とガブリエルは思わず震えた。


「これだから…」


 皿を両手に一つずつ乗せて、僕の右側、よってガブリエルの左側に佇んでいた。

 もしかして、何分もそうしていたのだろうか。


《あっ…絶対怒ってる》


 っていうか、それよりも、皿の中身が今にも溢れそうだ。

 ガブリエルの羽織り布か、彼女自身のドレスに…


「ああ、すまん」


 コースターをすぐさまその場に捨て、少女の皿を両方とも素早くテーブルに置いた。



 彼女は肩を竦め、大きなため息ともに踵を返した。


「あのぉ、ガブリエルさん…」


 少女が完全にいなくなったと確かめてから、しかし念のため周りを窺いながら、僕は尋ねる。


「今更ですけど、“ガブ爺(じー)”って何事ですか…?」


 少し悄気た風に、ガブリエルは嘆息する。


「色々だよ……色々…」


 彼は気まずそうに視線を逸らした。


「はぁ…」


 僕はそれ以上、踏み込むのはやめた。

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