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ペステ――革命は内側から始まる  作者: fm344
第一章 アファロス:古びた経済の都
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18節 猫とネズミの共存

シルバーウィークは三日連続!!

「で、彼は何者なんだ?」


 しばらく続いた沈黙を破るかのようにして、テンガロンの男がようやく口を開いた。


 下手したら、彼から一言も聞けないのかもしれない。

 そう疑い始めていた頃だったので、少しビクッとした。


「いい質問だ」


 皆の反応を待ちくたびれていたジュリオは、割と嬉しそうに指鳴らしをする。

 同時に、その男――そして皆に向けて、


「実は、彼――アレハンドロはこのグループにとって超重要な存在なんだ」


 彼は僕と一瞬目を合わせ、何かを伝えるかのようにして小さく頷いた。

 もちろん、その意図は分からなかった。

 っていうか、分かるわけがない。


 鼻高と、テンガロンの男は少し怪訝そうにジュリオを見た。

 横にいる赤髪の彼女も、まだ拗ねた様子を維持していたものの、目には僅かな好奇を含んでいた。


「もっと言えば、彼はここにいる誰にも負けないくらい、悲惨な過去を持っている」


 彼らの高まっていく期待を煽るように。

 これから何か、とんでもないことでもするかのように、彼は微笑んだ。


《何のことだろう…?》


 あまり、この話の行先が分からなかった。


「もったいぶらないで、早く言えよ」


 鼻高はとうとう痺れを切らし、少し強い口調で言った。


「ったく、せっかちなやつだな…」


 ため息をついてから、ジュリオは少し離れていた僕の方に向かう。

 特に止めようとせず、僕も他の皆と同じ目で、彼を見詰めた。


「これから言うことは、紛れもない事実――あのロメロが個人的に教えてくれたことだ…」


 ジュリオは座り込んでいた僕の手を掴み、そしてぐいっと、力強く引っ張った。

 一瞬よろめいてから、なんとか白い壁を支えに、無事立つことができた。


 余談だが、昨日ひねった足がまだ痛い。


《あっ…》


 今度こそ彼の目配せから、僕は何かを理解した。

 彼がやろうとしていたこと。

 皆に見せようとしていたこと。



※※※



 大昔、この国のある詩人が残したとされる有名な言葉がある。


『過去を語らねば、仲間は生まれず』


 どういう経緯を経てできたのかは全くもって不明であり、加え、当の詩人の名も分からない。

 が、それでも人はこの言葉を原理にして、真理であるかのように語ってきた。


 だけれどその感覚、考えは、中々僕には納得できない。

 いや、違う。

 納得できないって言うより、その抱える“裏の顔”をそう簡単に承諾することができない。


 その理由も至って簡単。

 ――過去を知られることで自分の弱みが掴まれるから。


 例えば、僕が友達を作りたいと言い出し、行き当たる人全員に過去を語ったとしよう。

 何が起きるのか?

 少なくとも警察に通報され、この旅は見事な徒労に終わることは確かだ。

 

 故郷(アンコナ)にいた初めの頃も、

 アファロスに来るまでのおおよそ三週間の道中でさえ、

 僕はそれを懸念して口を封じていた。


 だが。

 どうやら、ジュリオにその視点はなかったみたいだ。


---


 彼は僕の首元をそっと掴む。

 少しずつ下がっていくシャツの襟に、皆の視線は食いついた。

 その目は、凄く珍しい動物を見る時の子供のそれと同じようで、興味や関心が丸出し。


《くっ…》

 

 ジュリオの意外と冷たい手が首に当たる。

 少し、不快な肌寒さを感じた。


「良いのか?」


 ジュリオが小さく、耳元で囁く。

 何を今更…


 僕はただ、「好きにしろ」とでも言わんばかりの視線を送った。


 彼の意図を知ったところで、特に抵抗を加える理由が見つからなかった。

 早かれ遅かれ、事態は回っていた。


「ロメロが言うには…」


 ジュリオは襟を完全に下ろすと同時に、悪い笑みを浮かべた。



「アレハンドロは、コルプス国史上最大の大量抹殺事件――“七・八事件”の唯一の生存者だ」



 そして、首元は露わになった。


「「の…印(ノタム)…!?」」


 ナタリアと鼻高は目を半開きにし、思いっきり腰を抜かす。

 テンガロンの男はすかさず一瞬見ると、またもや帽子で視線を遮った。


 十分と思ったところで、ジュリオも僕を離す。

 僕はこともなげに、静かに襟を整えた。



 無言。

 無音。

 無声。



 圧倒的な静寂。


 

 首元の印(ノタム)。

 七・八事件。


 どちらが彼らをより唖然とさせたのかは、分からない。 


 とにかく、“例の事件”のことは知っている。

 どれほど重大で悲惨なものだったのかを、理解しているのだろうし、表情からもそれが分かる。


 僕自身はもう、その話を聞いても悲しくも何ともならなかった。

 寧ろ、その日のことを何一つ思い出せないせいで、どんな顔をするべきかも分からなかった。



「は……ジュリオ、それ、冗談にしてはやりすぎじゃねえか?」


 静寂を壊したのは鼻高の男だった。

 彼の口元が、僅かに震えていた。


「こっちも冗談だと言えたら、嬉しいくらいだ」


 ジュリオは肩を竦め、彼を見詰めて言った。

 そして、言い足りなかったのか、


「つまり言うと、彼の本名は…」


「ジュリオさん。それ以上は大丈夫です」


 彼はあの“名前”を言ってしまう所だった。

 …別にこだわりってわけでもないが、それを他の口から聞きたくなかった。


 運の良いことに、二度の注意を必要とすることなく、彼はそこで止めてくれた。

 彼は優しいのかもしれない。


 しかし、本当に驚きだ。


 つくづく予想はしていたけど、ロメロは僕のことを実に詳しく、ジュリオに教えていたようだ。

 本当に彼のことを信頼していたのだろう。


 ジュリオは微笑んでいたが、他の皆は反応に困っていたようだ。

 特にナタリアは先ほどの発言を酷く恥じているようで、顔を些か赤らめていた。


 でも、こうした反応は当然だろう。

 なにせ、あの事件はこの国の歴史の不覚刻まれたのだから。



 それでも、いち早く切り替えをしたのはまさかの彼女――ナタリアだった。


「さっきはその…ごめん」


 下を向くほどの恥ずかしさだったろうか、百八十度変わった態度で謝罪をくれた。


「いいえ。大して、気にしてませんから」


 実は気にしていました、なんて言えない。

 目を逸らして、なるべく優しい声でそう返した。




「さて」


 急な前置き。

 変わらぬ調子でジュリオが言った。


「アレハンドロのことは話したし、今度は君たちの紹介でもしようか」


 この男は“場の空気”というものが読めないのだろうか。

 いや、読み過ぎたあまりの行動と言う可能性もあるのかもしれない。

 それほど自然に、彼は話題を切り替えた。


「じゃあ、まずは…」

「ちょ、待ってくれ」


 羽織っている布の間に手を入れ、鼻高の男は体育座りをしていた。

 

「お前だとどんなことを言われるか心配でたまらないから、紹介は各自でやっても良いか?」


 ほう、とジュリオは深く吟味するように目を細める。

 しかし、鼻高の言うことはもっともだ。


 振り返れば、バーのあの三人も随分と手抜きな紹介をされていた。 


「それには賛成ね」


 ナタリアさんが、まだ何かを根に持っているように、静々と加わる。 

 が、鼻高の意見を全力で援護する気だった。


「やれやれ。だったら任せるよ」


 ジュリオは壁にもたれて腰を降ろす。

 

「じゃあ、俺から…」


 鼻高は羽織りの布から埃を落とし、二回ほど呼吸をしてから始めた。


「俺はガブリエル。そこにいるナタリアより二歳上の二十一歳。よろしく、アレハンドロ」


 どこぞのくせ毛――ジュリオに似た軽い笑みを見せて、意外と簡潔に終わった。


「え、それだけ?

 …私は、ナタリア・パルマ。歳は、そうね、自分で考えなさい。簡単な足し算と引き算よ。

 うん、まあ他に言うことはない。よろしく」


 おいおい。

 皆こんな感じかよ。


 ナタリアは少し投げやりに、テンガロンの男にバトンパスした。


「…名前は、カミロ・オホ。

 歳は重要じゃないから、省略させてもらう」


 ふーん…

 と思ったが、え?


 僕の視線が微かに泳ぐ。


「終わったみたいだね」


 ジュリオは満足げにそう言う。

 いや、こんな終わり方でたまるか。


 僕は何か言いたげに彼を見たが、結局口を噤んでしまった。

 それを小馬鹿にするように、ジュリオは鼻で笑った。


「と言うわけでアレハンドロ。今日から、彼らは君の頼れる先輩かつ、重要な仲間たちだ」


 辺りを見渡す。

 三人の表情は大して変わらなかった。

 しかし、だけれど、気まずさの方向が少しズレた気がした。


《…いや、ちょっと待った》


 それより、不味いかも。

 さっきは自然と受け流したけど、ちゃんと情報を整理したら、頭がパンクしそうだ。


 まず、“オホ”という姓は高層地区のものだが、どの都市のかは思い出せなくて…

 そして、“パルマ”は低層地区で…

 ガブリエルの名字は何だ…


 うん?

 一体全体、僕は何が言いたいのかって?


 要するに、つまるところ。 

 この部屋には、

 「特権階級(プロミネンテ)」

 「中間階級(デセンテ)」

 「下層階級(プレベジョ)」

 と、この国の三つの市民階級が揃っている。


 もちろん、空前絶後、前代未聞とか、その域までは達さない。

 が、全く違う世界を経験した人々が、一つの部屋で、増してや、調和(に近い何か)を共有し合いながら雑談をしている。

 

 猫とネズミが共生するくらい、珍しいことだ。


「…ジュリオさん」


 僕は気を紛らそうと、ある質問を試みた。


「このグループ、組織、団体…正直何でも良いんですけど、名前は何ですか?」


 会話から“組織”と言う単語を何回か聞いた気がするが、本当にその単語だけで、詳しい名前は一切聞いていない。

 国を変える組織って言うんだから、象徴的な何かがあるに違いない。


「名前…?」


 ガブリエルが、不思議そうに小首を傾げた。

 ジュリオも思い当たりがなさそうだった。


「まだ、ない」


 返答をくれたのはカミロ。

 隅にいたので、そこまで声がよく聞こえなかった。


 そうか。

 まだない、のか。

 だからと言って、何かがあるわけではないし。


「そうですか…」


 仕方ないです。

 僕はそう言いたかった。


「ーーでも、それ良いねアレハンドロ。メンバーも十人になったわけだし、いい機会だ」


 ジュリオは僕を遮ってまで、また、随分と気怠な提案をした。


「確かに、悪くない」

「私も文句ないわ」


 ナタリアとガブリエルが提案に乗る。

 カミロも特別反対する気がなかったらしい。


 だから。

 なので会話は、その方向に進んだ。



※※※



「頭文字(イニシャル)を組み合わせるのはどう?」


 ナタリアが最初の案を投げる。

 もちろん名前ね、と説明した。


「子どもでもマシな案が出せるぞ…」


 ガブリエルは苦笑しながら、こっちを見た。

 不覚にも、僕は身震いを感じた。

 

「だったら、あんたが何か言いなさいよ」


 ナタリアの鋭敏な眼差しはそれを見逃さない。


「ああ、言ってやりたいところさ!…けど、その前に、他のメンバーとも相談した方が良いんじゃないのか?」


 ガブリエルは至って冷静な意見を放つ。


「他のメンバー?」


 オウム返しに、思わず反応する僕。

 十人とかなんとか、ジュリオが言っていたのを思い出す。 


「家にいた三人と俺ら、もう二人は別の都市にいる」


 ジュリオが簡単明瞭に語る。

 訊いた当人の僕はいまいちな相槌だけ打った。


《僕を抜いて、たったの九人》


 少ないんだか多いんだか…


「でも、あいつらは名前なんて気にしないだろう…」


 …特に別都市の二人は。

 と、ジュリオがガブリエルに向けて言った。


「俺もそう思う」


 カミロも静かではあったが、賛成した。



 と、こんな感じでしばらく話し合ったが、結論は出なかった。


 実際、組織名はいつでも変えられるし、活動自体にはあまり影響しない。

 ――しかし、だからって安易に決めていいわけではない。


 組織名を聞くだけで、

 それがどんな組織なのか。

 どんな目標を持つのか。

 どれだけの影響力を持つのか。

 が、いずれ分かるようにならなきゃいけない。


 なので、冗談半分で決めてしまったら、それは組織としての大事な矜持(プライド)を失うことになる。


《そして、この組織を必要とする人たちへの無礼になる…》

 

「一言とかだったら良いんじゃないのか?無駄に長くても変わらないだろうからさ」


 ガブリエルは沈黙の中提案した。


《一言…》



 その瞬間。

 皆は、振り向いた。



「えっ」


 刹那遅れで、僕も振り向く。

 

 何が。

 どうして。

 いつ。


 皆の視線がドアの向こうに集まる。


「下がりなさい」


 赤髪。

 ナタリアが後ろ手で、僕に合図する。


 真剣な目。

 落ち着いた手動。

 冗談じゃない空気。

 

 とにかく。

 外から。

 それも階段から。

 誰かが、何かが駆け上がってくる音がする。


 侵入者。

 いや、元の侵入者と言えば僕たちの方なのだが。

 とても、許可を得てここを使っているとは考え難いし、そうだとしても、それは馬鹿のすることだ。


《くそ…》

 

 他の三人は手に何かを持っており、唯一無防備である僕は、皆を後ろから見守るしかできない。 


 カタン、カカッ。

 音は近づく。


 こんながらんとして、どこまでも空虚な建物に、一体誰が入ろうと思うのか。

 

「はあ…」


 考えるだけ無駄だ。



 そして。

 ようやく皆が攻撃しようとしたその時。


 この部屋に一つしかない、金属製のドアが勢いよく開いた。


「はっ……はっ…」


 汗まみれで息を切らした、どこか見覚えのある大男。


「ジュニオールと…」


 見覚えのあるーーいや、つい朝方まで面倒を掛けられた、思い出したくない男だ。

 余人ならぬジュリオの命令で、散々僕を追いかけ回した挙句、ついには気絶させた。

 その三人の一人。


 今にも倒れそうで、寧ろ道中で何回か倒れたみたいに、眼帯の巻いていない目を大きく見開いて。

 腕を指で強く搔いて。


「ジュニオールと、ウンベルトが死んだ……」


 ロベルトだった。

 ロベルト・シントゥーラが皆に告げた。

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