17節 まとまりのない集団
《視点が戻ります》
「だから、俺じゃねえって!何回言えば気が済むんだ?」
ジュリオと僕が部屋に入ると、何というか。
二人の若者が、中々に激しい口論を繰り広げていた。
「何よその言い方!私の目を欺くのには一億年ぐらい早いわ!!」
彼らは言葉の通り、“周りが見えなくなるほど”熱中しているようで、僕たちの存在に気づかない。
個人的には、少しばかり見苦しい光景だった。
「いや、あの…」
「――随分言いたい放題だな!」
予想通り、とても口が挟めない。
横に目を通せば、あのジュリオでさえ、会話への割り込みを避けていたようだ。
「お前が勝手に失くしただけだろうが!?」
男は、女に向かって指差しながら怒鳴る。
彼女は、この上ない無礼を受けたかの如く、刃物のように鋭い眼差しで見返す。
「そんなわけないでしょ?この私に限っては…」
この状況がいつまで続くのかと。
そう思い始めた時。
「――二人とも静かに。ジュリオが来たぞ」
部屋の隅にいた、また別の男が、いよいよ彼らを落ち着かせた。
…いや、黙らせたと言った方が良い。
「外から丸聞こえだぞお前ら…」
ジュリオが呆れた顔で呟く。
それでも、二人は喧嘩腰の視線を何度か送り合っていた。
「いや、あいつがあのナイフ失くしたって言うから…」
男の方が、彼に事情を説明しようとする。
「ナイフじゃない、ダガーだ」
しかし、女は意地固く口を挟む。
そんなモンどうでもいいだろうと、ジュリオは言いたげにため息つく。
実際、ダガーとナイフの違いは何だろう。
大きさ、それとも鋭さ?
っていうか、それより。
何なんだこの状況は…
「それより、一つ伝えたいことが…」
ジュリオは珍しいことに、早速本題に取り掛かろうとしたが。
「あっ。あったわ」
何気ない台詞。
皆の視線が一人に集まる。
か細い親指と人差し指の間には、口論の原因――例のダガーが握られていた。
いや、根本原因はダガーではなく、確実に女の方だろう。
てへへと笑いながら、敵うわけもないのに、彼女はその場を乗り切ろうとした。
《なんだこいつら…》
それは恐らく、僕とジュリオの本音だったのだろう。
まあ、言いたいことは山ほどあるが、いつも通り、まずは状況を確認する所からだ。
※※※
――張り詰めた空気。
この部屋に入った瞬間、一番最初に感じたものだった。
その起因に当たるものは探すまでもなく、部屋に一歩踏み出す前から簡単明瞭だった。
要するに、元からいた三人の人物がその空気を作り出していたのだ。
一人目:赤髪の女性。
悪くはない見た目だが、少し挑戦的な目つきをしており、頑固そう。いや、実際にそうであるようだ。
傷だらけのズボンを履いていて、あまり年上には見えなかった。
いや、年上だと思いたくなかったのかもしれない。
二人目:服の上に奇妙な布を羽織った男性。
僕より明るい栗色の髪に尖った鼻をしていて、多くて五歳ほど年上だと予想した。
結構人が良さそうな顔つきをしているが、先程の口論から、正直分からなくなった。
三人目:大きな帽子(詳しくはテンガロンハット)を被っている男性。
平均より僅かに背が低く、三十歳は超えているように見えた。
彼は他の二人と違って落ち着いていて、話が通じそうな雰囲気を帯びていた。
…あと、個人的におとぎ話の“カウボーイ”っぽく見えた。
そうやって、彼らを注意深く観察していると。
「で、そいつ誰?」
いきなり、さっきと比べて極端に冷めた、無愛想な口調で赤髪の彼女が尋ねた。
僕のじろじろした視線が気に入らなかったのかもしれない。
「そんな言い方することないだろ、ナタリア」
ジュリオが答える前に、鼻高の男が落ち着いて言った。
これが彼の普通の態度だろうか。
「でも、そうだな…ジュリオ、そいつは誰だ?」
少しばかり怪訝な目で、彼は僕を横目で見た。
「それについて、話そうとしたんだが…」
はあ、と。
俯きながらジュリオは息を漏らす。
切り替えるかのようにして天井を見上げると、彼は僕の両肩に手を置いた。
「今日は彼を、この素晴らしきグループの新メンバーとして紹介したい」
少し声を張って、彼はそう表明した。
肩に乗った彼の手に僅かな不快感を覚え、僕は少し距離を取ろうとした。
しかしまだ心細かったので、傍からは離れなかった。
「それではアレハンドロ、自己紹介しろ」
ジュリオがニコニコしながら、僕の背中を軽く押す。
前のめりになりそうになったが、どうにか姿勢を崩さなかった。
彼ら三人は変わらず警戒心――いや、ここまで来れば敵意と言っても良いくらいの視線を向け、僅かだが恐れを感じた。
《いや、落ち着け…》
手汗が滲み出る自分に、小さく言い聞かせた。
ここで一歩下がってしまったら、今までの行動と覚悟を台無しにすることになる。
もしそうなったら、自分が故郷から出た意味もなくなってしまう。
――犠牲を犠牲のままにしたくない。
だから勇気を振り絞って、一歩前に出た。
そして。
「僕の名前はアレハンドロ・オンブロです。
…この国を変えるために、さ、最善を尽くします!」
一回噛んだことは無視するとして、かなり威勢を張った気でいた。
それが効いたのか、周りの視線が少し柔らかくなったように思えた。
《案外いけたかも…》
しかしその自信はすぐに踏み潰されてしまった。
「オンブロ、ねぇ…」
例の赤髪…ナタリアが、少し不満足そうに呟いた。
「…あんた、年はいくつ?」
貶された名字を援護する間もくれず、彼女は素早く質問を加えた。
その強い視線に、微かだが動揺した。
「年?」
僕はその奇妙な質問に首を傾げる。
何故の疑問なのか。
なぜ今じゃないといけないのか。
全くと言っていいほど見当がつかない。
それでも。
「来年の一月で十八歳です」
きちんとそれに答えた。
すると、彼女の目つきは一気に和らいだ。
「はぇ。私より、年下…?」
恐らく悪気はないだろうけれど、彼女は呆気に取られたようにこちらを眺めた。
先程の態度が嘘だったのかと疑ってしまうくらい、僕に対する警戒心が急速に薄れた。
「それがどうかしたのか?」
ジュリオが何気に尋ねる。
「いやいや、こんなガキが私たちんとこに入ってきて良いわけないでしょ?
それに、随分甘えた見た目をしてるじゃない?」
極めて酷いことを、何の躊躇いもなく放つ彼女。
…普段はこういうことを言わないが、彼女に対して、あまり良い第一印象を持てなかった。
「甘やかされたって、どうしてそう思うんだ?」
ジュリオは意外にも、その言葉に対してあまり良くは思わなかったようだった。
柄にもない真面目な口調で、多少冷たかった。
「見ればわかるでしょ!彼に革命の雰囲気なんて、少したりともないじゃない!」
彼女もそれを上回るように、激しい言い草で苦情を投げつけた。
《マルタより気が強いな…》
そう思ったけど、彼女の濃緑の目には、何か、心配に近い感情も宿っていた風に見えた。
それが僕に対するものなのか、自分の安全に対するものなのかは掴めなかったが。
「彼女は確かに言い過ぎだけど、俺も全体的に同感だ」
個人的に嫌なタイミングで、鼻高も話に加わる。
その横に目を移すと、テンガロンの男は無口で会話を聞いていた。
彼らの目から敵意は消えたものの、僕に対する不信の思いが増したことに気づいた。
実際、僕だって急に変なガキが“国を変えたい”などとほさいで来ても、そもそも相手にしない自信がある。
僕が未成年であるのも事実だし、彼らの気持ちは理解できなくもない。
《できなくもないが…》
「悪気はないけど、あなたたちだってあまり大人っぽくは見えないですよ」
つい、本音を言ってしまった。
そして案の定、場の雰囲気が一変した。
「よくもそんなことを!」
ナタリアがサッと立ち上がる。
そして、キリッとした目つきで僕を見詰めた。
彼女ならそうやってすぐ怒るだろうと、なぜか確信があったのに発言を抑えなかった。
売り言葉に買い言葉だった。
しかし、
――だからって、今更逃げるわけには行かない。
僕は覚悟を決めて、真っ直ぐ鋭い視線を送り返した。
鼻高は笑顔でその様子を眺め、さも「やったれやったれ!」とでも言わんばかりにニヤニヤした。
「喧嘩に勝つことで認めて貰えるなら、喜んで引き受けましょう」
無駄にかっこいい台詞を放って、右足を前に出す僕。
実際、“入会試練”とかなんたらという言葉は良く聞くし、この際はそれが必要なのかもしれない。
「良く言う……あんたの後悔した顔が楽しみだわ」
窓から吹く風に髪をなびかせ、にやりと、奇妙な笑みを浮かべて拳を鳴らす。
僕は身構え、彼女の攻撃を受け止めようとした。
その時。
「ペシッ」
ジュリオが頭を軽く殴った。
「「痛ぇっ!」」と同時に呟き、頭を抱えながら二人はしゃがみ込んだ。
「ナタリア、俺は“お前に革命の雰囲気”なんか求めた覚えがない。
それに、そもそもこっちは人手不足だ。そんな虫の良いことを言ってる余裕がない」
叱りとまではいかない、少し厳しめの口調で彼女に言い、
「そしてアレハンドロ、お前も彼女を挑発するな。痛い目に遭うぞ。」
僕にもきっぱりと注意をした。
二人は距離を取らせられ、席に戻ったナタリアは痛む頭を押さえつつ、ふくれっ面を見せた。
《子供かよ…》
そう思う僕も正直、大概じゃなかった。
鼻高は彼女をからかい、テンガロンの男は何も言わずに少し微笑んだ。
場の緊張が、少し緩んだ気がした。
「すまないが、俺は君たちの意見を聞きに来たわけじゃない。
これは元から俺とロメロの間で話がついていたんだ」
ジュリオは僕ら全員に向かって、些か威圧的に言った。
鼻高だけはロメロの名前に反応はしたが、特に何も言わなかった。
初耳だった僕でも、それより、まだ頭が痛かった。
「アレハンドロはきっと大切な仲間になる。仲良くするんだな」
まるで仕切るかのように、ジュリオはいくつか手振りを加えた。
それでも。
ナタリアは賛成している様子はなく、
鼻高も本気で受け止めた気配がなく、
テンガロンの男はまだ何も言わない。
――皆違う方向を向いている。
どうやらこのグループはあまりまとまりがないようだ。
《でも、その分、面白そうではあるな…》
僕は微笑みかけたが、ナタリアがちらっとこちらを見たため、真顔を維持した。
《慣れることさえできれば…》




