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ペステ――革命は内側から始まる  作者: fm344
第一章 アファロス:古びた経済の都
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16節 予想以上に十分な成果

「ちゃんと傷を残していくタイプか…」


 掌に大きな切り傷。

 嘆息混じりに、探偵は小さく呟く。

 

 そしてまだ開いていた彼の――ジュニオールのまぶたを静かに閉じた。


「本当に恐ろしいやつだ…」


 取り外した老顔の仮面を、数秒間眺める。

 そっと、ラウルの隣に置いた。



※※※



 ジュリオの家から数十メートル離れた場所で。



「今のって銃声…か?」


 人目にかからない小さな路地で、人の声が僅かに響く。


「そうだな…」


 またもや微々たる声量。

 近くを通る人には聴こえなかったが、それでも皆、本能的にそこを避けていた。

 

「少し、気になるな」

 

 遠目に家を眺めながら、ウンベルトはロベルトと目を合わせる。


 ジュニオールと共に、“いつものように閉め忘れた裏口”の鍵を持ってきた二人。

 友人であるジュリオの家の外で、ジュニオールがさっさと用を済ませて来るのを待っていた。

 

「流石に時間かかりすぎじゃないか?」

 

 普段通りの不安気な口調。

 ロベルトは、ウンベルトと目を合わせようとする。


「さあな…」


 ウンベルトは至って冷静に相槌を打つ。


「別の誰かが入り込んだりしていたらどうする?また、面倒なことになる…きっと」


 妙に落ち着きのないロベルトの様子。

 ウンベルトは珍しくしびれを切らした。


「その場合はどうしようもない。あの馬鹿(ジュニオール)のせいでしかないだろう」


 それもそうかと、ロベルトが少し気が抜けたように言う。

 ウンベルトはそれを横目に。


「まあ、でも、行ってみて損はないな」


 頬の傷跡を掻きながら一歩前へ出た。

 

「用心だ」


 無愛想なその言動に、ロベルトは微かに頷いた 

 そして二人は余す時間もなく、すぐさま正面の玄関に向かった。



「何もなさそうだな…」


 廊下に足を踏み入れると、ウンベルトは小さくぼやいた。

 一方で、手にはある武器を構えていた。


 ――簡易ボウガン。

 それは知り合いに作ってもらった、いわゆるプロトタイプの武器。

 釘を高速で射出できるらしく、そのうえ携帯がしやすい。

 二人はその性能を試すために、また、万が一の備えとしても、ずっとそれを持ち歩いていたのだ。

 …機会が来ないことが望みではあったけど。


《馬鹿が、何もやらかしてないと良いが》


 ウンベルトは、無意識にロベルトの前を歩いた。

 

「何か、変な匂いがしないか?」


 ロベルトは突然止まる。

 ウンベルトは、辺りを見渡した。


「ああ、そうみたいだな」


 隅の部屋に近づけば近づくほど、奇妙な匂いが空気に紛れ込んでいたと気づいた。

 匂いというより、“存在”が。

 身に沁みるくらい、はっきりと。


「これ、もしかして…」


  


  途端、沈黙。




「え、おい、ロベルト」


 はっと、ウンベルトは目を見開く。

 今、確実に何かの音が聞こえた。

 しかし、はっきりとは聴こえなかった。


「…銃声だ」


 ロベルトは、ウンベルトが瞬けるよりも早く、壁に貼り付いた。

 右手を震わせながら、眼帯を強く押さえた。


 ――なぜ分かったのか?

 ウンベルトは、そんなどうでもいいことを聞かなかった。

 到底、そんなことが聞けるほど彼は冷静じゃなくなったのだ。


「ジュニオールが…」


 ロベルトは寒気を感じ、息を呑み込む。


「……」


 ウンベルトも同じように、身震いを感じる。


 なぜなら、ジュニオールは銃を持っていない。

 昔から武器の使用を強く拒み、“素の力”だけを求めていたのだ。

 それが命を落とすことに繋がっても。


「行くぞロベルト」


 前を向いて、彼はボウガンをぎゅっと握った。


 一体、ジュニオールは死んだのだろうか?

 あんなに元気で、威勢に満ちていた彼は一体、何と遭遇したのか?

 

 歩数を重ねれば重ねるほど、ウンベルトの自問は膨れていった。

 膨張と言い換えてもいいだろう。

 どちらにしろ、彼は“何か”に待ち伏せされているかのような、奇妙な既視感に心が支配されていく感覚を覚えた。

 やがては、風船のように爆裂してしまいそうな、禍々しい予感も混ざっていった。

 


「…ロベルト」


 あの部屋の扉から、僅か数歩の距離。

 扉は閉まっていた。


「少し待ってくれ。先に見に行く」


 ウンベルトは呟いた。


「えっ…」


 ずっと無口だったロベルトは、台詞にもならない、小さな、頼りない声を吐いた。

 

 そして、そのまま。

 彼は何も言わなかった。

 ウンベルトを止めようとせず、ただその言葉に従って、その場に立ち尽くす。



 ウンベルトは振り返ろうとせず、一歩ずつあの部屋へと近づく。

 右手にはボウガン。

 左手では、汗ばむ手を握りしめていた。


 深呼吸。


 彼は、扉の前で一瞬立ち止まる。

 行っていいのだろうか。

 それとも引き返すべきだろうか。


 少年時代の彼なら、きっとそのように自問していたに違いない。

 けど、今の彼には。ウンベルトには。

 ――進む以外の選択肢はなかった。



 ギイイイィィ…

 予想以上に大きな音。


 ウンベルトは迷わず、三発ほど正面に射った。


 壁、机、影。



 それが空振ったと分かると、彼は姿勢を低くして中へと入った。


 

 絶句。



 ジュニオールの死体を見て、ウンベルトは目を見開く。

 後ろ。


 後方から、ロベルトではない誰かの影が伸びていることに気づく。


 発射。

  

 部屋中に銃声が鳴り響き、壁に大きな穴が開いた。


「しくじったか…」


 探偵が言うとともに、部屋中は煙で覆われ始める。


 煙幕。

 探偵の一次的な混乱を活用して、ウンベルトも発射した。


 一発。

 二発。


 そのうち後者が探偵の膝に当たり、無抵抗に膝つく。


 ウンベルトは刹那も待たず、探偵の前方へと移動。


 行動は封じた。

 視界も封じた。


 ボウガンを前へと突き出し、迷わず仕留めを撃つ。


 一発。

 命中。



 見事に、その釘は額の真ん中に的中した。

 したが、中から血液は垂れなかった。


《まさか》


 顔を上げると同時。


「ウンベルト、大丈夫か!」


 廊下からロベルトの声。

 ウンベルトは素早く振り向いた。


「逃げろ、ロベル――」


 バン。


 ウンベルトは、ばたっと地面に倒れる。 

 探偵は背後から現れ、額の穴がより開いたラウルの死体を眺めた。


「見事だったな。お前と私だけだったら、紛れもなくお前が勝っていた」


 何気ない風に呟き、探偵はラウルの死体に刺さった釘を抜き取った。


「ロベルト、ジュリオに――!」


 彼の言葉に耳を貸さず。

 ウンベルトはやるべきことをする。


 探偵は再び、それを遮ろうとした。


「おい、ウンベルト!!」


 ウンベルトは踏みつけられている顔を、どうにか数センチ上げる。


「…お前も死ぬぞ!逃げろ!」


 ――俺のことはもう構うな。


 そう叫ぶと、探偵の足に一層力が入った。


 ロベルトは彼の言葉を聞いて、目を泳がせる。


 逃げる。

 逃げる。

 逃げる。

 逃げなければ、死ぬ。


 ロベルトは唇を噛んで、一心不乱に走り出した。


「ッチ」


 柄にもない舌打ち。

 探偵は嘆息した。


「お前はあいつ(ジュニオール)と違って、随分合理的なようだな」


 痛む手で銃を取りながら、探偵は悠々と言った。


「だからアイツより弱いんだよ」


 ウンベルトは笑う。

 何の抵抗もせず、ただ横になって、ジュニオールとラウルの死体を確認した。


《糞…》


 状況がなんとなく分かり、少し苦い顔をしたが、すぐさまいつも通りの無表情に戻した。


「にしても…こんな大物が来ていたなんてね」


 ウンベルトは少し視線を上げる。


《いつの間に…》


 ノタムを隠しきれなかった。

 探偵は微かに感心するも、それでも銃を向き続けた。


「王冠ノタムが、こんなところで何の用だ?」


 銃口を覗きながら、ウンベルトは脇腹を手で触る。


 探偵は無言で彼を見続け、少し遠ざかるロベルトの気配を感じた。


「時間稼ぎはよせ」


 冷徹にそう言ってから、彼の後頭部と首の間に銃を突いた。


「一応言っておくが、仲間の居場所を教えてくれたら、病院に連れてやっても良いんだぞ」


 ウンベルトはその非常に間抜けな質問に小声で笑った。

 笑うごとに腹の痛みが増していったにも関わらず。


「この腐った国で生き続けるためにか……?」


 くすりと、ジュニオールが笑うように見えた。

 ただの、幻覚に過ぎなかったけど。


「…はっ、冗談じゃない!」


 彼は口から血が滲み出るのを感じつつ、笑顔を絶えなかった。


「ふん。そうか…」


 探偵はその覚悟に敬意を示し、引き金に指を当てた。



※※※



 飛び散った血液を袖で拭き、ゆっくりと銃口をポケットに仕舞う。


《あいつも今のうちに…》


 探偵は部屋を出ようとするが、おかしい。

 なぜか、足を動かせなかった。


「…」


 その正体を目にして、思わず言葉を失う。


《まだ息の根が…》


 彼はそれでも進もうと、左足を動かそうとした。

 しかし、それも既に掴まれていた。


 なぜ。

 誰が。

 彼はそう慌てながら、それを必死で振り払おうとする。

 しかし、先程膝を撃たれたせいで、抵抗ができなくなっていた。


「ドタンッ」と、大きな音と共に、探偵は床に倒れる。

 その強い衝撃に一瞬目を瞑って、少し経ってから開けた。

 その時。



《なんだ……死んでいるじゃないか》



 ウンベルトが、自分の前にいた。



「ハハハ…」


 探偵は突然、一人で笑い出す。

 腕で顔を覆いながら、何か、“面白いもの”を思い出したかのように。


「まあ、そっちは目的じゃないし…」


 囁くと、彼は深く呼吸をした。

 そして。


「さて、後始末はどうするか…」


 自分の周りの死体を見て、それが中々面倒臭くなることを悟った。

 ――悟ったが。


「でも、予想以上に十分な成果が得られたな」


 ポケットから取り出し、例の紙切れを眺める。



 すると、突然。

「ブブブブブ…」

 と、ポケットから何かが鳴る音がした。


《こんな時に…》


 大きな嘆息に続いて、彼はまだ世間に知られていない道具――

 ――“携帯電話”を取り出した。

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