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ペステ――革命は内側から始まる  作者: fm344
第一章 アファロス:古びた経済の都
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15節 生きてきた証

「実に長い話だったな」


 探偵は銃を正眼に構えたまま、扉の方を向く。


「は…」


 ジュニオールは混乱しそうな頭を必死に抑え、目の前の状況を理解しようとしていた。

 だがそれは敵わず、指一本も動かすことができなかった。


「少し感動的ではあったものの、同時に凄く無意味で無駄な会話だった気がする」


 彼は銃口に問題ないかを確かめながら、非常に落ち着いた態度で言った。


 ジュニオールは、自分の頭から汗が流れ始めるのを感じ、呼吸が荒くなった。

 そして、自分の顔に赤い液体の粒が飛び散ったと気づき、それを腕で拭こうとしたが、それもできず膝をついた。


《痛ぇ…》


 彼はあの探偵に右脚を撃たれたのだった。


「すまないが、あまり勝手に動かないでくれ。

 この銃を持っていても、君一人で精一杯なんだ」


 防音もどこまで効くかも怪しいしな――と、付け加える。

 ジュニオールは痛みを耐えながら、目の前で倒れたラウルの死体を再確認した。


《本当に死んでる…》


 クソとでも言うように、彼は唇を噛み締めた。


「なぜ…なんでラウルを…?」


 ジュニオールは俯きながら、さえない口調で聞いた。


「膝の傷は気にしないのか?」


 怪我よりも他人を優先。

 探偵も少し驚き、でも冷静さを失わなかった。


「そうだな……理由は案外簡単だ」


 彼はくしゃくしゃになっていた紙切れを取り出し、ジュニオールに見せた。

 ジュニオールは顔を上げ、その内容を読み、唖然とした。



        「『PESTE(ペステ)』」



 探偵は容赦なく、その言葉を読み上げる。


「要するに、国家制定使用禁止用語に対する法律、第31条:犯罪·反国家組織の組織名及び組織構成者の名を使う·言及することを…」


「いい…」


 ジュニオールは亡きラウルを見詰めながら、唸るように呟いた。


「すまないが、彼が犯罪者になってからでは遅い。“災いは未萌に防げ”っていうやつだ」


 探偵は肩をすくめ、首を軽く横に振りながら言い、銃口を再びジュニオールに向けた。

 今回は、頭に当てるとでも宣伝するように、銃を二回、上下に動かした。

 

「だからって、殺す必要は――!!」


「――あったさ。十分に」


 死んだ犬のような目をジュニオールに向け、その無機質な声で彼を黙らせた。

 そして少しだけ目を細めて、ため息ついた。


「今になっては遅いかもしれないが、彼(ラウル)の言っていたことは一部正しかったと認める。

 そのジュリオってやつは、お前ら並みの調べ甲斐がありそうだな…」


 ジュニオールは鋭い眼光を光らせる。

 その目を見て、探偵は銃を下ろした。

 そして、ジュニオールに近づいてしゃがんだ。


「そんな視線を向けた所で状況は変わらない。

 お前も、そいつも同じさ。

 ――死ぬほど無力だ。」


 その言葉を聞くと、ジュニオールは顔から力を抜いた。

 そして、僅かに眉をひそめた。


 ――死ぬほど無力。

 それは、ジュニオールが幼少期から一番嫌いで、恐れていたことである。


「まあ悲しむことはない。なにせ、死ぬ時は皆、同じ土に帰るからな」


 ジュニオールはそれを聞いて、なぜか、少し笑ってしまった。


《ああ…これ、前にも…》


---


「君たち三人、身体(からだ)の割には随分弱いね」


 ある男が、彼をロープで縛りつけ、動けなくしてから話しかける。

 その男の仲間は怪我をしたので、傍で治療をしてもらっていた。


「それはテメエらが小賢しい真似をしたからだ」


 ジュニオールは鼻血を垂らしながら、臍を曲げて言う。

 他の二人は意識を失っていて、隣に縛られて座っていた。

 

 ――雑魚二人。

 そんなヤツらに負け、今までにないほど悔しかったのだった。


《この会話…》


「言い訳するなよ。君たちが負けた理由は一つで、明確。――無力を恐れた」


「無力?」


「ああ。聞いた通りだ」


 男はそう言い、椅子に座って説明を始めた。


「君って恐らく、強いメンタルを持っているんだ。もちろん、過信とまでは行かないけど」


 ジュニオールは黙って見詰める。


「そして、君たちの動きもそれに従った、正面から有利に戦う――喧嘩ではとても強い戦法だ」


 男はジュニオールの顔色を窺いながら話を進めた。


「だけど、一つだけデメリットがあるんだ…」


 男はにっこりして、黒目を輝かせた。


「君たちは有利に戦おうとしている」


 説明を続けた。


「君たちは不利を恐れるあまり、それを避けているんだ。だから君たちは、相手が不利だと安心してしまう。

 “相手が不利=自分が有利”という単純な思考のせいで、“相手=自分=不利”の時、何もできなくなる」


 ジュニオールは首を傾げ、男にその理由を聞いた。


「だって、不利か有利か――無力か有力かは一瞬で変わる。永遠に継続することじゃない。

 それでも、君たちはその一瞬にしがみついているんだ」


 ジュニオールは男の話に理解と納得ができた。

 できたが、一つ聞きたいことがあった。


「だったら、どうしろと?」


「――もっとしがみつけ。」


 男は瞬時に返答し、ジュニオールは困惑した。


「しがみつくって、何に?」


 予想通りの返事を貰って、男は少し安心した。

 そして、

 

「そりゃもちろん、“その一瞬に”だ。」


 と、平然と答えた。


「は?でも、お前はさっき…」


「勘違いしないでくれ、私は別に君たちの姿勢(やり方)を否定してる訳ではないんだ。

 もはや好きと言っても良いくらいだ」


 男は息継ぎをして、真面目な顔をした。


「ただし、どうせなら、それを貫いた方がいいと思う。

 君はその『有利にいたい』、『無力は避けたい』という目標を常に狙い続けるべきなんだ」


 側にいた男の仲間は、彼をニコニコしながら見ていた。


「無力を認めるな。いつだって有利を狙え。

 そうすれば、君たちは強くなるさ。」


「そんなの求めた所で…」


 ――死ぬ時は死ぬ。

 そう言うとしたが、それがもうすでに男に伝わっていた。


「それはそうだ。――人間は皆、同じ土に戻る。」


 彼はジュニオールと目を合わせ、彼を指差した。


「――ならせめて、自分は良土に戻ろうじゃないか」


---


《どうでもいいことを…》


 突然、彼はケラケラ笑い出し、自分の負傷した膝を、抵抗なく触った。


《死ぬ時に思い出すのは、親の顔で十分だ》

 

 探偵は彼の異常な行動に気づき、警戒して下がった。


「…どいつもこいつも……そんなにアイツを舐めてると痛い目に遭うぞ」


《なっ!?》


 探偵が引き金に力を入れようとした瞬間。

 ジュニオールはズボンの右ポケットからナイフを取り出す。


 そして脇目も振らずに、それを投げつけた。


《やはり隠し持っていたか…》


 先程、探偵はジュニオールが何かを隠していたことに気づいていたのだ。


《その傷で…》


 刃物を投げたタイミングで、ジュニオールも探偵に突っ込む。

 猪突猛進。


「良いぞ、良い判断だっ」


 初めて見せるような笑顔。

 向かって来るジュニオールに向けて発砲する。



 一発。


 尖った先が肉に入り込む。

 探偵はナイフを片手で受け止めた。


「痛えなぁおい…」

 

 ジュニオールは立ったまま、微笑む。

 探偵はナイフを投げ捨て、目の前の光景に目を凝らした。


「何…」


 探偵は、僅かに戦慄した。


《弾(たま)がかすった…》


 ジュニオールの首から、少量の血が垂れる。

 しかし、肉が削れた程度に過ぎなかった。


「…いつだって、俺は有利さ」


 首から流れる血を右手で触ってから、また走り出す。


 一発。


 肩が跳ねた。

 それでも止まらない。


 二発。


 肉が裂ける。

 それでも足は前へ出た。


「いい加減っ!」


 探偵は銃を捨て、向かって来る巨人を殴った。

 しかし、その拳は難なく止められる。


《なっ》


 そして、より大きな拳が彼に向かう。



「ゲホッ」


 吐血。


「……」


 静寂。


「……何だよ」


 ジュニオールは薄い笑みを浮かべながら、探偵を見下して言った。


「――俺のほうが強ぇじゃねぇか」


 探偵はため息をつき、距離を置いた。


「ドンッ!!」と、何かが倒れる強い音が部屋に鳴り響き、勝負は終わった。


 そう。

 ジュニオールが最後の拳を打てずに…

 ――戦は終わったのだ。



※※※



「中々良かったぞ」


 探偵は服についた血を確かめながら、微笑んで言った。

 その、わざわざ銃声を小さくするように頼んだはずの銃を、見詰めながら。

 少しは聞こえたのだろうかと、そんなつまらないことを考えながら。


「そうか…お前も、“年寄り”にしてはよくやったんじゃねえか」


 ジュニオールは仰向けで、自分の体が少しずつ軽くなっていくのを感じた。


「ふん、もう気づいていたのか?」


 彼は先程捨てた銃を拾い、銃口を自分の袖で拭いた。


「…ジュニオール、一つ聞きたいことがある」


 簡単な前置き。

 探偵は銃を額に向ける。


「この仮面は、どうやって見破った?」


 “ついでに”。

 そう思っての、くだらない質問。


「お前にはなかった…ゲホッ!!」


 ジュニオールは声を上げて咳込む。


《すまないな、ラウル、ロベルト、ウンベルト、皆、そして……》


「何が?」


《――そして、後は任せた。》


「――生きてきた、証がぁあ!」


 探偵は再び微笑み、引き金を引いた。



 そして、禿頭を輝かせ、

 いつものように笑いながら――

 

 ――ジュニオール・ブラソは眠った。

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