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ペステ――革命は内側から始まる  作者: fm344
第一章 アファロス:古びた経済の都
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14節 口論寄りのディベート

「――説明してもらおう。ラウル」


 ジュニオールは部屋に入らず、扉に寄りかかっている。

 ラウルは、震えながらその目を見詰めた。


「ジュニオール…なぜお前が…!?」


 探偵は焦りもせず、怯えもせず、ただ隅で二人を眺めていた。

 高みの見物だとでも言わんばかりに。


「それはこっちのセリフだ。

 …まあ、一つ言うなら、鍵を閉め忘れた」


 彼は家の鍵を指にぶら下げ、その甲高い金属の音が鳴り響いた。

 彼らも、ジュリオの悪い癖を知っていたのだ。


「じゃ……ロベルトやウンベルトも…」


「――ああ。外で待ってる」


 クソッ――とでも言いたげに、ラウルは舌打ちをする。


「そうか…」


 ラウルは周りを見渡し、何か、使えそうなものがないかを探す。

 分かっての通り、部屋には何もなかった。


「もう諦めろ。お前とそいつでは何もできないことくらい分かってんだろ」


 フン。

 それを聞くと、探偵は鼻で笑った。


《何だ…》


 その落ち着いた様子は少し気に障ったが、ジュニオールは、敵意の強いラウルだけを注目した。



※※※



 ジュニオールは少し前から、ラウルの態度に変化が起きていたことに気づき始めた。

 最初はジュリオに対して変な視線を向け、嫌味は言わなかったが、それでも反発が明らか。 

 そんな彼が、ここ一ヶ月、急に静かになったのだ。


 もちろん、特別おかしいことではないが、少し奇妙でもあった。

 …それと並ぶように、あの変な年寄りもバーに来始めた。 

 しかも昨日、アレハンドロの来店により、違和感がより明瞭になった。

 それは恐らく、ロメロの名前を聞いたせいだと、ジュニオールは察した。


「――説明しろ、ラウル」


「……」


「なんだ?そんなに言えないことなのか?

 まあ、勝手に人の家に入ったぐらいだから、それなりの理由ではあるだろうな?」


 問い詰めるようにして、ジュニオールは怪訝な眼差しを向ける。

 その挑発に、ラウルは少なからず立腹した。

 

 汗ばむ手を握り締め、ラウルは口を開ける。


「ジュリオ……」


 音にもならないほど小さな声で、呟く。


「え、なんて…?」


 上手く聞き取れず、ジュニオールは訊き返す。


「…ジュリオの…ためだ‥」


 ラウルは先ほどより僅かに大きな声で答える。

 は?――というかのように、ジュニオールはラウルを見詰めた。

 

 確かに、言葉は聞こえた。

 聞こえたからこそ、ジュニオールは眉を寄せたのだ。


 聞き間違いじゃないか。

 そう質問する前に、

 

「お前が聞いた通りだ…ジュニオール」


 と、少し震える声で、ラウルは先んじる。

 低くも、高くもない。

 表情無き声に、ジュニオールは一歩下がった。


「…何を?」


 ジュニオールは、少し拍子抜けした声を漏らす。

 が、身を縮めはしなかった。


「…友達のことを思って何かおかしいか?」


 ラウルは真剣に訊く。

 その目を見て、ジュニオールは困惑した。


 態度だけではなく、言動にも“友達(ジュリオ)を思う”ような部分を見なかった。

 だから、ジュニオールは眉を寄せた。 

 尚更、彼の目が確信に満ちていたからだ。


「おい、だから何を…」


「――“おかしい”、とでも言うのか?」


 ジュニオールはもう一歩後ろに下がる。

 その大きな体で、床を踏み鳴らした。


 普段は深く濁った青色のラウルの目が、天井から差し込む光によって、水のような、透き通るような青となっていた。

 しかし、それによって彼の険しい目つきも、溜め込んでいた不満も露わになった。


「そりゃそうさ…おかしいさ。普通に考えたらこれは意味のない、おかしい行動だ…」


 開き直ったかのような、ふてぶてしい笑い。

 ラウルは一人で話し始めた。


「俺だっておかしいと思うさ。俺みたいなヤツが勝手に人の家に入るなんて、今まであり得なかった」


 ウザい。

 鬱陶しい。

 ジュニオールは、泡を食ったように慌てて言葉を失う。


「けど、その必要があったんだ。ジュリオが危ないかもしれなかったんだ…

 だって、誰だってそう思うだろう?俺のそういうところは、

 ――ジュリオへの信用はとっくの前に変わったさ」


 しどろもどろ。

 それにはまだ達さない、不完全燃焼な言い分。

 ラウルは話し続ける。


「俺がおかしいのは認める」


 全開。

 百八十度開き式の窓でも足りないくらいの、開き直りっぷり。


「…でも、それ以上にジュリオがおかしかった」


 意地の悪いとも言える、ハキハキと話す声。

 少し、トーンを下げる。


「ジュリオが....ジュリオが、変わった」


 急に静まる声。

 かろうじて、ジュニオールは拾うことができた。


「ああ、最初は嬉しかったさ… 友人が元気になったからな。

 でも、やっぱり。あいつはどこかおかしいんだ… 

 …今のジュリオは正常じゃないんだ…」


 薄暗い、薄黒い光。

 それに、ラウルは思わず瞬きをした。


「娘の名前を平然と口にした。あのジュリオがだ。そのあとバーを任され、何か月も帰ってこないで…」


 歯ぎしりをして、少し荒ぶれる心を落ち着かせようとする。

 しかし、それは意味を果たさない。


「きっと…きっとこれはロメロのせいなんだ…ヤツがジュリオに何かをした!

 そしてジュリオは…また身を危険に晒す。あの時と同じように。笑いながら…」


 ――またこの話か。

 とでも言うように、探偵はため息をついた。


「勝手な妄想をっ…」


 ラウルを止めようと、何かを言おうとした時。

 ラウルは突然、大きな声を出した。


「じゃあ教えろよ!」


 その声は恐らく外にまで聞こえただろう。


「なぜそこまで話を聞いてあげたのに、

 なぜそこまで頼ってくれたのに、

 なぜそこまで特別に扱ってくれたのに、

 なぜあいつは…なぜ今は何も言ってくれないんだ? 

 なぜ…なぜ俺を信じないんだ?」


 いつも礼儀正しくバーの店員をやっている裏では、彼は物凄いストレスを抱いていた。

 それは怒りよりも、寧ろ困惑に近いもの。

 先程も言った通り、彼にしか分からないこと。

 その思いをひたすら隠し、誰にも言わず、伝えようとせず、抑えようとした。

 しかし、人間である以上、それは敵わない。


 

 ジュニオールは、最後の一文一句まで言って、息切れしたラウルに対して。

 

「お前、何を言ってんだ?」


 それは冷たくも、彼には珍しい落ち着いた口調だった。


「はぁ…?」


 ラウルは呼吸を整えながら彼を見る。

 ジュニオールは、頭の艶を手でなぞった。


「お前、ジュリオを舐めすぎじゃねえか?」


 ラウルの青い目を直視。


「はぁ…」


 ラウルは絶句した。


「――はぁってなんだよ?事実を言ってるまでだ」


 ジュニオールは乱暴でありながらも、ロベルトみたいに感情的になるほどではない。

 むしろ、彼は口論が得意なタイプだ。


「お前の話を聞いてると、お前はジュリオをただの自己満足の道具としてしか見ていないようだな」


 その結論。

 もしくは暴論に、ラウルは顔をしかめる。

 気を害す。


「お前が怖いのはジュリオが変なことに巻き込まれることじゃねえ。もしそれだったなら、お前はもっと早く動いていたはずだ。

 だから。お前が本当に恐れているのは、特権階級者(プロミネンテ)がお前のことを忘れてしまうことだ」


 ジュニオールは図々しい態度を取った。

 しかし、その発言は至極冷静。

 ――的を得ていたのだ。


「お前は今まで、“プロミネンテの友達”という凄い称号に頼ってきたんだ」


 彼は念押しした。

 釘を差した。


 もうこの時点でラウルとの口論――いや、ディベートの勝敗が決まった。


「ッんなこと…!!」


「――では答えろ。」


 ラウルは萎縮する。


「ジュリオはお前の友達――本当にそうなら…」


 ジュニオールは彼に、言葉よりも鋭い視線を向ける。


「――なぜお前はジュリオのことを疑ってるんだ?」



 ラウルはジュニオールの言葉に強い打撃を受けた。

 なぜなら、ジュニオールの発言を辿れば、最初から自分が原因だという結果に至るからだ。

 彼は今までその可能性を否定し、ジュリオを根本原因だと思い続けていた。

 

「疑ってなんか…あいつがおかしいから、正常じゃないから心配を…」


「そりゃジュリオは正常じゃないさ!!」


 ジュニオールは彼の言葉に素早く反応した。


「そりゃあいつも変わって当然だ」


 少し息継ぎをしてから、続けた。


「別にあいつの過去を知ってるわけではない。それについては、なんにも分からない。

 けど。一つだけ言ってやるよラウル」


 言わずと知れたことを、ジュニオールは言う。


「それがどんなに苦しいものだったって、人間である以上乗り越えなきゃいけないんだ。

 ジュリオも、いつまでも過去に囚われるわけにはいかない」


 ジュニオールの脳裏を、数人が掠める。

 ロベルト、ウンベルト。

 彼自身やジュリオ、そして他の仲間。

 彼らは、苦しい過去を乗り越えている。

 少なくとも、彼にはそう思えた。


「正常も異常も…変化があるからこそ、ジュリオはジュリオだ」


 そう。

 変化しない人はどこにもいない。

 “コルプス”にも、他国にも。

 皆、必ず変わる生き物だ。


「でも…」


 ラウルは言葉を紡ぐ。


「それ…本当に乗り越えたって言えるのか?」


 ラウルが小さな声で、ジュニオールに尋ねる。


「そう見せかけているだけで、ずっと心に闇を持ち続けているんじゃないのか?」


 先程とは段違いな、弱々しい声。


「あいつは、変わっているんじゃなくて、ずっと同じように…」


 ジュニオールは割って入る。


「お前は――それすら、ジュリオを疑うってのか?」


 ラウルは、それを聞いた瞬間。

 あっ、と素っ頓狂な声を上げる。


 何かを疑う事とは、その真偽を認めていないことでもある。

 ラウルは、友達の成長を疑い、認めなかったのだ。


「実際、ジュリオのためと良いながらも、お前は自分のために動いてきた。

 ジュリオのバーを引き受けたのも、彼の話を聞いてあげたのも、全部拒否できたことばっかだ。

 なのに――お前はそれをジュリオのためと言い、疑いながらも引き受けた」


 そう。

 一回もジュリオはラウルに何かを強要したわけではない。

 彼が勝手に、ジュリオの頼みを引き受けたのだ。


「それは決してジュリオが必要にしていたことではない。

 ジュリオが必要としていたのは、いつだってお前の意見だった。

 でも、お前は恐れたせいで、それをしなかった」


「……恐れるって何を?」


「『プロミネンテの友達でいなくなること』をだ。」


 

「ハハハ!!」


 と、探偵は感嘆の笑い声を上げる。


「……」


 ラウルはただ黙った。

 もう説明をいらなかった。

 最初からいらなかったのだ。

 彼が必要としていたのは、現実を言われること。 

 ――自分の本性を見せられることだった。



※※※



 ラウルは昔から自分の人生に深い意味を見いだせなかった。

 それは単に楽しくないからではなく、特別だと言えるような部分がなかったからなのだろう。

 誇って話せることがなかったから。

 変わった武勇伝がなかったから。

 特別な何もなかったから、ラウルは空虚だった。


 しかし、それはあるプロミネンテの存在によって変わった。

 普通の中層民(デセンテ)が一生で目にすることがないような人物と、彼はばったり出会ったのだ。

 更に、彼はその友人になれた。


『つまらない運命に逆らった』象徴として、彼は数年もジュリオと過ごした。

 そして紛れもなく、そこには友情もあっただろう。

 嘗て金髪だったあの髪を黒く染めたのは、それを示すような意味でもあったのだ。


 しかし、ジュリオが変わり始めて、その特別さが薄れるように感じた。

 またつまらない日々に戻る。

 その恐怖に彼は耐えきれず、次第にジュリオを友人ではなく、“失ってはいけない称号”と見始めたのだった。



「もう一度言うが、おかしいのはお前だ――

              ――ラウル。」


 無言。


「最初っから、ジュリオを信頼していなかったのは、お前の方だ」


---


 突然。

 部屋中に奇妙な雰囲気が生まれた。


 それはラウルとジュニオールの会話によるもので、新鮮とも言える、鮮やかで優しい空気。

 先程の剣呑なものとすれ替わるように、現れたのだった。



「…ジュリオはな、俺に言ったんだ。なぜお前に何も言わないのかを」


 ジュニオールは静止したラウルを見ながら、文字を一つ一つ、丁寧に思い出しながら言った。


「それが、予想以上に単純で…

 ――一緒に話せる友人がいなくなったら、困るから――だってさ」

 

《そうか…》


 ラウルの目から、少し、汗に似たようなものがこぼれた。

 しょっぱいが、同時に甘い。

 昔試しに食べてみた、熟す前のりんごの味のようだった。


 ――このままでは、ジュリオの友人ではなくなる。

 それは完璧にラウルの妄想であり、彼の歪んだ精神が作り出した物だと、彼は初めて気づいた。 

 心配の必要が最初っからなかったのだ。


「今話した事、あいつに直接言ってもらえ。俺はそれに協力する」


 ジュニオールがそう言い、ラウルは目についた水粒を指で拭いた。

 ジュニオールの頭皮が輝き、顔の威圧感が少しだけ優しくなった。


「ああ。きっちり説明させてもらう…」


 彼はジュニオールの方へ歩き出した。



 そしてここで、ラウルの革命への第一歩が始まり、ジュニオールやジュリオ、アレハンドロなどと共に、その人生が大きく動き出す…

 ――そういうはずだった。



 ――ある男がいなければ。



「では、共犯ってことで間違いないな?」


 ラウルの頭に、左手で構えた拳銃を突き立て、探偵は訊いた。

 それは答えを求めた質問ではないことを、ラウルは瞬時に理解した。


《あ、コイツがいたんだった…》


 

 それを見ていたジュニオールは一度瞬きをしてから困惑した。


 いつの間に、銃を出したのか。

 いつの間に、ラウルに近づいたのか。


 頭の中を整理するのに一秒。


 なぜ引き金を引くのか。

 なぜラウルを撃つのか。


 それを理解するのに二秒。


 この大きな音の発生源。

 ラウルが地面に倒れる理由。

 命の源が流れ出す様子。

 彼が右手に持っている紙切れの正体。


 反応するまでおよそ三秒もかかった。



「っは?」


 ジュニオールは銃を向けられながら、自分の足元を眺めた。

 先程まで立っていたラウルは無抵抗に倒れ、その命の源が、床一面に広がって行く。



 彼の青い瞳は輝きを失い、その生命は、額の大きな傷から外に出ていった。

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