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ペステ――革命は内側から始まる  作者: fm344
第一章 アファロス:古びた経済の都
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13/29

11節 避けては通れない段階

  途中で、ジュリオと僕の間で謎の沈黙が続いた。


 それは気まずさによるものではなく、恐らく、お互いの警戒心…

 ――いや、信頼の低さによるものだった。


 無理もない。

 実際、彼と初めて会ったのは数時間前。

 逆に、こんな短時間で会話が弾んだのは、多分、凄いことだろう。


《決して光栄ではないが…》


 でも。

 これから協力する仲になるって言うのに、この感じではなぜか落ち着かない。

 なので、何かしら話題を振ることにした。


「今日……いい天気ですよね」



 数十分前までうっすらとしか見えなかった城壁が、段々と近づいてくる。

 いや、近づいてるのはこっちか…



「……」


 ジュリオは無言で、歩き続ける。

 しかし、その表情であろうものはなんとなく、目に浮かんだ。


「……もっと良い話題があっただろうに…」


 どこか寂しげに、ジュリオは呟く。


《……》


 彼は今、憐憫の眼差しを向けているに違いない

 頑張って、会話を弾ませようとした僕に対して…

 いつもなら逆なのに。


「くぅ…」


 余りの恥ずかしさに、思わずしゅんとした。


「…まあ、そう悶々と考えるモンじゃないと思うよ、会話なんか」


 彼は励ますかのように、同時に煽るかのようにそう言った。

 そのせいで、恥ずかしさに“悔しさ”と言う感情が加わった。


「そう言えば、こっから仲間に会いに行くんですよね…」


 別の話題へと、無理矢理切り替える。

 そのあからさまな行動に、ジュリオは苦笑いをした。

 いつもなら逆なのに。


「ああ、そうだ。

 バーのやつらを除いた、また別の三人」


 すでに見えなくなった湖の代わりに、無数の建物が僕たちを囲んでいる。

 その光景に少し、圧迫感を覚えた。


「“バーのやつら”って、あの三人のことですか…」


 質問ではなく、確認。

 ジュリオは振り返らずに、適当に頷く。


 言うまでもなく、それはロベルト、ウンベルト、ジュニオールのこと。

 あのバーで出会い、僕を追いかけ回した挙句、強引にジュリオの元に連れて行った男たち。

 ほぼ言葉も交わしていないわけだが、ジュリオに仲間として紹介された以上、

 そう飲み込むことにした。


《バーと言えば…》


 ふと、ジュリオとその知り合いの間で何度か話題に上がった、ある名を思い出した。

 

「バーにいた、あの黒髪の店員…ラウルさんは違うんですか?」

 

 今度は確認ではなく、素直な質問。

 聞いた話から考えるには、結構な縁がある人であったように思えた。

 なので、そのいわゆる“立場”が疑問だったのだ。

 

「ラウル…?

 …まあ、彼はただの友人だよ。私たちの思想とは一切関係ない。

 しばらくの間、彼にバーを任せている」

 

 ほんの僅かだが、彼は動揺した。

 言葉同士の感覚とイントネーションに、少しだけズレがあった。

 違和感があったのだ。

 

「…知っての通り、バーは中心部に近い上、私自身は元プロミネンテだ。

 だから、あまり注目を浴びないように、街の外れで集まることにしている…」


 手振りを加えながら、彼はそう説明した。 

 納得の行く話であったし、理に適ったものであるのは否めない。

 否めないけれど…


「――とはいえ、長い間離れていると怪しまれるからな… 」


 彼は補足のニュアンスで、そう呟いたのだろう。

 ふーんと、僕は曖昧に相槌を打った。


《怪しまれる…》


 それもまた考える間でもなく、“警察や司法に”って意味なのだろう。

 が、彼の話には裏があったように感じた。

 まだ取れない裏が、あった気がした。

 だって、彼は怪しまれる以前に、なぜか“バーを避けている”ように見えた。


《すでに怪しい…でも…》


 ――でも、僕には関係ない。

 そう思ったから、黙ることにした。

 はっきり言って、人の友人関係にいちいち顔を突っ込むことはできない。

 したくない。

 そこまで僕は暇な人ではないのだ。

 探りを入れなくたって、いずれ分かる。


 …無責任だが、今回もその不確かな期待に任せることにした。



 

 ざわざわ。

 ぞわぞわ。

 急に喧騒が大きくなった気がして、不意に顔を上げた。


 アファロス城壁。

 立派な北門が目前に見える。

 今度はうっすらではなく。

 甚(はなは)だ頑丈で、攻め崩すことが愚かしく思えるほどに、濃くはっきりと。

 

《造りが違う…》


 昨日の夜には気づけなかったその圧倒的な外見に、身震いを感じる。

 その門を背景に、多くの警備兵や行商人が周囲を巡回していた。


 おいおい。

 めっちゃ栄えてるじゃないか。


 先程ジュリオと話をした、“離れれば質素になる理論”が、少し疑わしくなった。 

 

「ところでアレハンドロ、君はどうやってこの街に入ったんだ?」


 今思いついた風に見せかけて、タイミングを見計らっていたであろう質問を投げかける。

 警備の視線を避けながら、僕は少し考える。


「…正面の、入口から入りました」


 ジュリオは少し意外そうに、僕のことを見る。

 なぜそんな顔をするのか、少し不思議に思った。


「それは、どうやって――?」


 彼は眉を潜め、小声で訊く。

 

「ある荷車の中に隠れて入りました。運転手に金を払って、見つからないように、頼んで…」


 大まかに説明すると、彼はほうほうと、一二回頷いた。

 それでも、念の為に、彼の方に腕を差し出した。


「それに、この印(ノタム)を描いてもらい、おかげで問題なく潜入成功…!って感じです」


 手首を一瞬だけ見せると、僕はすぐさま袖を直す。

 ジュリオはマジかとでも言うような笑みを見せて、やれやれと、ため息をついた。


「ハハッ、ほんと命知らずだな。もっと簡単な方法があるってのに」


 呑気で爽やかな笑みに、今度は僕が小首を傾げる。


《簡単な方法?》


 何のことだろう。

 別の入り方があるとでも言うのか…

 

「…そう言えば、さっき、“外で集まっている”と言いましたよね?

 それって、正門から出入りするってことですか?」


 少し険しい顔をした僕に、ジュリオは笑いかける。


「私は問題ないが、君の場合は厳しいんじゃないの?」


 は?

 思わず、声に出してしまう。

 その上擦った声に、ジュリオはへらへら笑った。


「面白いな、アレハンドロは。分かっているだろうに」


 静かな路地の角を曲がった途端、彼は足を止めた。

 ここはどこだ?

 なぜ門の通りから離れた?

 その質問をする前に、ジュリオは気さくな口調で僕に告げる。

 

「さて、――着いたぞ。」


 え?

 着いた?

 どこに?


 彼の歩く先を、おずおずと目で追う。

 目をパチパチさせながら、薄氷を踏んでいるような感覚が、脳を掠める。


 古びた家。

 端的に、平たく言えばその表現が妥当だろう。

 建設から一世紀が経っていると言われても信じてしまうくらい、廃っている。

 古びている、老朽化しているのだった。

 それは外見だけでなく、雰囲気そもそもの話。

 

 ジュリオは一片の迷いや抵抗を見せず、その扉に近づく。

 そこそこの強さで、コンコンと、二回軽く叩いた。


 人が住んでいるのか。

 こんな家に。

 こんな小汚い所に。

 故郷(アンコナ)で一番古びた家と、いい勝負をしているだろう。

 

《…認めてやるよ》


 離れれば質素になる理論。

 決して、間違ってはいなかったみたいだ。



「誰だい?」


 しばらくすると、扉に空いている小さな穴から声が聞こえた。

 一応ジュリオの側に移動していたため、若干その口調を捉えた。


 しゃがれた、冷たい声。

 少し高いが、どこか年を感じる。

 なので、女性…老婆のものであると分かった。


「俺だよ、ロサさん。ジュリオだ」


 深く考えず、そう答えるジュリオ。

 急に、当然のようにその一人称を変えた。

 変えやがった。

 まあ、でも正直、こっちの方が自然でピンとくる。


「…やっと来たか。で、そっちの若いのは?」


 びくん。

 会話の矛先が、いきなり僕に向けられる。

 非常に、強い警戒心を感じ取る事ができた。


「俺の知人だ。心配いらない」


 友人でも仲間でもなく、知人。

 その言葉選びに、少し感心した。


「あ、アレハンドロと申します…」


 少しばかり進みの早い会話に、口ごもった挨拶が入る。

 非常にむやみなタイミングで。


 ふん。

 老婆はどうでも良さげに、気のない返事をする。

 警戒の矛先はジュリオを向く。


「…ったく、その調子じゃ、いつ厄介なやつを連れて来てもおかしくない」


 全体として無表情だが、呆れも感じ取れる口調。

 きな臭くなってきた空気を尻目に、ジュリオは鼻で笑う。


「さぁね」


 急に低く、いつも以上に謎ぶいた声をする彼。


 老婆は不快そうにため息をつき、

「入れ」と、凄く冷たい口調で言った。


 扉が開くと同時に、彼女の姿が現れる。

 白髪だらけの頭

 酷い猫背。

 …でも、年の割には皺が少ない方だった。


「何を見てる?」


 老婆は鋭く僕を見返す。


「なに、も…」



※※※



 彼女はロサ・オンブリゴ。

 年齢は低く見積もっても七十歳以上。

 アファロスを出たことが一度もない。

 それらの情報だけを、拾うことができた。


 ああ。

 あと、ジュリオとは仲が悪い。

 いや、でも仲が悪いほど良いとも言うし…

 それは良いってことなのか…

 まあ、その所は置いておくとして、一応は信頼できる人ではあるようだ。

 

 彼女は、僕たちを家の中の一番奥で、独特な柄の絨毯の敷かれた部屋へ案内した。

 凄く湿っていて、非常に古臭い。

 年季の入った木材に、風通しの悪い窓。

 それに加え、近くにあるアファロス壁のせいで、長い間、

 光がほとんど入っていないとロサさんは教えてくれた。


《壁の近くは不便が多い…》


 ジュリオの仮説は、益々(ますます)信憑性を上げた。


「アレハンドロ、これから見ることは誰にも言わないでくれ」


 少し恐れ多い口調でジュリオは、耳打ちする。

 少し、緊張したけど。


「――さもなければ…」


 その後の発言で、緊張は一旦崩れる。

 冗談とも本気ともつかない絶妙な口調に、僕は特に動揺せず、はいはいと、ただ軽く受け流した。


 老婆はその掛け合いを残念そうに見る。

 そして絨毯をゆっくりと動かした。


《何だ…》


 床に隠された扉。

 不穏な空気を漂わせながら、露わになる。

 それを開けると、下へ梯子が続くのが見えた。 


「そういう、ことか……」


 何をするのかが、すぐに理解できた。


「来る頻度はほどほどにしろ」


 彼女は小声で言い残し、部屋を出ていく。

 行くぞと、ジュリオは梯子に手をかける。

 僕も、その後を追った。


 

 降りた先は、完全に暗く狭い地下通路だった。

 空気は地上の数倍湿っていて、意外に寒い。

 気になって手を少し伸ばしてみれば、ペタッと、すぐ壁に触れる事ができた。


《地震でもあったら洒落になんねえ…》


 生まれて初めて、閉所恐怖症でないことに感謝する。

 その一方、ジュリオは十分慣れた様子で、ポケットからライターを取り出して火を灯した。

 おかげで、壁が見える程度には明るくなった。



 壁はおそらく、セメントのようなものでできており、そこら中には穴や変なケーブルの通り道がある。

 でも、何を繋げているのかはさっぱり分からなかった。

 それに、地面は硬い土のままで、そこらへんに凹みがある。

 なので、注意して歩くしかなかった。


 ジュリオは用心深く、下を向きながら歩いている僕を振り向く。

 そして、何かが思いついたように、意地の悪い笑みをしてみせた。


「ここにはゴキブリが多いから、踏まないように気をつけろよ」


 子供でも思いつきそうな嫌がらせ。

 僕をからかっているつもりなのだろう。


「ハハ、ゴキブリなんて怖くないよ」


 少し、意地を張るように言い返す。


「まあ……君の背中にいるやつ以外はね」


 彼の口調を真似て、にやにやした。


「なっ…!?」


 ジュリオは慌ててシャツを脱ごうとする。

 それを見て、僕は不意にも笑ってしまった。


「ハハハ…冗談に決まってるじゃないですか!」


 笑いすぎたせいで、少し痛くなったお腹を押さえた。

 自分からする割に、ジュリオはこういう冗談には弱いらしい。


「冗談…?」


 呆れと安堵を融合したような目で、彼は僕を見る。

 瞬間、痛みが頭を走った。


《痛(いた)っ!?》


 僕に軽く、げんこつを一発くれた。

 意外に痛い。


「――まあ、当然の報いか…」


 頭を抑えながら、僕は小さく呟いた。



※※※



 しばらく歩くと、再び梯子が現れた。

 それを登ると、今回は廃墟のような倉庫に出た。

 おそらく、ここはもう壁の外。

 許可書なしに、出ることができたってことだ。



「――アレハンドロ。これから、仲間となる人物を数人紹介する」


 ライターをポケットに仕舞って、埃を手で叩き落としながらジュリオは忠告のように言った。

 分かっていたことだが、改めて、緊張を感じた。


「ちょっと気が強い連中だけど、きっと上手くやれるさ」


 彼は手で"ついてこい"の合図をする。

 足をすくめる間もなく、僕はそれに従った。


 

 倉庫は非常に広く、小さな家なら数軒入りそうなほどだった。 

 また、入り口の方向には壁はなく、物の出入りには適した構造だと思う。


 しかし、その広さの割には物が非常に少ない。

 空の箱や樽だけが、そこら辺に散らかっている。

 どれもそれなりに古そうで、あの老婆の家と似た――不気味な雰囲気――を宿していた。

 けど、天井にある大きな穴から太陽が覗き込んで場所を十分なほどに照らしていたため、恐怖とまではいかなかった。


《にしても静かだな…》


 工場地帯の近くにあるはずなのに、外からの人の気配などは一切感じられない。

 そもそも、入り口や、壁の穴から見るには、周りにも廃倉庫がいくつかあるらしい。


「あれを上がるぞ…」


 そこら中にある崩壊寸前の柱から、遠くにある階段が垣間見える。

 それを上った先には扉があり、ジュリオによると、そこに彼ら(仲間)がいるとのこと。



 ぼんやり進んでいると、何かが聞こえ始める。

 人や物音。

 そう、確実に人がいる。

 そして、近づくにつれ存在が感じられようになった。


「また騒いでるな…」


 呆れた顔をしながらも、ジュリオは階段を上がり始めた。

 その一歩一歩が、僕の耳奥で何重に響く。

 

《はぁ…》


 あの壁の向こうにいるのがどんな人たちなのかは少しも想像がつかない。

 が、それでも、仲良く…

 ――いや、協力する必要があるのは間違いない。


《まあ、アンコナの時と比べたら、大したことじゃないかもしれないな…》


 よく考えてみたら、

 今の自分は、あの頃の自分とは違う。

 あの頃の僕は何も望んでいなかったし、望む理由すらなかった。

 けど、今の僕には望みと、それを叶えるための度胸と理由。

 ――今回は守るべきものがある。


 ジュリオに三段ほど遅れて、僕も上がり始める。

 それと同時に再び、上から口論らしきものが聞こえ始めた。


 片方は少し低く、でも抑揚のある女性の声。

 もう片方は柔らかく、非常にはっきりした男性の声。


「……」


 ジュリオは扉の前に立ち、僕を顧みる。

 晴れない表情を見て、心の不安を察したようだった。


「…準備は、良いか?」


 扉を開ける前に、彼はまたもや意地悪な笑みを湛えた。


 正直、自信はない。

 でも、この国を変えたいなら避けては通れない階段である。

 ……段階である。


 僕は首元に手をやり、ベレー帽を整えてから、覚悟を込めて答えた。


「ええ、今まで以上に」

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