↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ペステ――革命は内側から始まる  作者: fm344
第一章 アファロス:古びた経済の都
PR
12/29

10節 面白い豆知識

「この街の面白い豆知識、聞きたくないか?」


 知らない通りを歩いている途中、ジュリオは何気ない発言をした。


「聞かなくても、どうせ言うんでしょ…」


 通勤ラッシュが過ぎた今、道路に人は少ない。

 おかげで、暑苦しい物は日光だけで済んだ。


「随分と厳しい口振りになっているねぇ…」


 誰のせいだ?

 ――なんて言ってしまったら、僕の負けだろう。

 彼の、ぐうの音も出ない反論を聞かされて完敗するに決まっている。


《…って、なんだよその思考!》


 勝手に負け組になっていた自分に、首を振ってみせた。


「…ジュリオさん」


 息を漏らしながら、僕は軽快に歩いている彼に語りかける。


「今更会話がしたいという気持ちは分からなくはないです。が、その前に、人としての何かを忘れている気はしませんか?」


 先程から凛々しい様子を見せている彼だが、この僕にとっては鬱陶しくしか見えなかった。


「何だ?風呂なら昨日入ったはずだけど…」


 いかにも芝居がかった、素知らぬ顔を彼は平然とする。

 脳の奥がムカッと震えるのを感じた。


「謝罪です、謝罪!!」


 またもや、我慢できずに声を上げてしまう。

 その反響が自分に返ってくると、思わず身を竦めた。

 

「…それなら、少し悪いと思ってるさ」


 ジュリオは笑みを絶やさず、目つきだけを和らげる。

 三人の時と同様に、少したりとも謝罪の意が感じられなかった。



 僕を縛るように命令したことはともかく、先程の件も謝罪をしてもらっていない。

 これと言った対応もしてもらったわけでもなく…

 あれ?

 もしかして、僕って結構悲惨なのか……


 自分が少し可哀想に思えてきた。


「まあ、良い…」

 

 へそを曲げながらも、追及は止めた。

 彼にダメ出しが効かないことくらい、解っている。


「で、そのさっき言っていた豆知識ってやつ、何なんです?」


 自分から逸らした話を、造作なく元に戻す。

 正直、少し気になっていたのだ。


「ふふん、気になるか」


 彼はくすりと笑った。

 そして、嬉々とした視線を僕に寄越す。


「この街を歩いて、気づくことはないか?」


 悪い顔をして、彼はそう尋ねた。


《真面目(そっち)系かよ…》


 いきなり投げかけられた質問に、少し戸惑う。

 その意図もそうだが、答えも意外と分からないものだ。


 そもそも、このタイミングでそれを訊いて来るってことは、このあまり長くない道程でも分かることであるのだろう。

 “観察していれば”、十分分かることであるのだろう。


「一つヒントを言えば、この街の特徴に関係している」


 彼は人差し指を僕に向けて言う。

 僕はそれに、再度眉を潜めた。



 この街の特徴と言えば、第一に浮かんだのはメリク湖。

 街の中心にあり、そこから四つの川が派生している。

 そしてその川は、街を四つのエリアに分割する。

 東西南北。

 面白い作りだとは思うが、色々と不便な気もしないではない。

 結局、住めば都なのだろうけど…


《で……なんだろう?》


 僕はまだ西と北エリア(の一部)しか見れていない。

 ジュリオのバーと家、目的地は北にあるし、当然と言えば当然。

 全然と言っても、本当に全然。

 彼もそれを分かって訊いただろうから。

 南は貧困層。

 北は可愛い子が多い。

 など、各エリアの特徴は無視して良い。


 僕は周囲の家々を見つめる。


 少し汚れたレンガや窓。

 中心部とは違った質素な造り。

 広場や、商店街の少なさ。

 ロミル橋も、言われてみれば中心部から遠かったはずだ。

 

 ここで、僅かに閃いた。


「家が…古くなっている?」


 ぽつりと、かろうじて聞こえる声で呟く。

 ジュリオは感心して、二回拍手した。


「ご名答だ」


 不思議に、その声から奇妙な落ち着きを感じた。

 今のが試練だったとでも言う風に。

 いや、それは思い込みかもしれない…


「…あれを見ろ」


 彼は、僕が先程から見入ってる場所。

 少し遠くに、複数ある建物の隙から見えるあの大きな湖――メリク湖を向いた。


 僕からすれば、四千コド(二キロメートル)――いや、それ以上あってもおかしくない。

 この街の水事情をすべて解決できるくらいの水量を備えている。

 何より、美しい。とても、美しい。

 …ただ、街の高低差が全体的に少ないので、小説のような、

 丘から見下ろすような光景は実現できないことだけは、少し残念。


「――中々デカいだろ?この国でも最大級なんだ」


 ジュリオは僕の表情を覗くようにして、しれっと横に並んだ。

 僕はそれに、鋭い視線を向ける。


「あれが…あの中心から離れると、設備が怠るんですね」


 突然、主要道路に入ると僕は小声で言った。


 正午が過ぎたと言えども、人の往来は止まない。

 中には急いで職に向かったり、何かの予定に遅れるまいという一心で車を走らせている人だって、いるにはいたのかもしれない。

 それでも、朝と比べれば十分穏やかだ。


 少しズレた鞄の持ち手を、肩に掛け直した。


「ああ。街の構造上、しょうがないことだけどね」


 彼は気負いもなく、軽やかに僕の前を歩く。

 

「金を持つ人は内側で身を潜め、そうでない人は外側に追いやられる。

 決して珍しいことでもない」


 そうなのか。

 言われてみれば、そういう気もしなくもない。

 円心円状の都市で、均等に人が分布できることなんて、確かに考えにくい。

 

「君が見てきた住民のほとんどは前者。後者は主に工場で力仕事をしている」


 ほうほう。

 こくりと、僕は深く頷いた。

 これには、少なからず思い当たりがあった。

 寧ろ、ジュリオに言われずとも、街のあちこちでそれを学んできたはずだ。


 ジュリオは思案顔をしている僕を顧みて、微かだが、意味ありげに微笑んだ。

 

「メリク湖という中心と、城壁という境界線。

 ――その役割が、何だか興味深くないか?」


 振り向いたまま、彼は楽しそうに言う。

 快活に笑う彼に、僕は小首を傾げた。


 何を、言ってるんだ…?

 いや、何が言いたいんだろうか?

 彼はこの話通して、何を伝えたいのだろうか?

 会話の内容は、ひとまず分かった。

 としても、先の話はまだ読めない。

 その意図が、結論が、良く分からないのだ。


《もしかして、また僕を誘導して……》


「――まあ、アレハンドロには難しいか…」


 僕からの返答が来なかったせいだろうか、彼は勝手にそう結論づけた。

 はぁ、と。

 脈絡のないその言葉に、僕は思わずため息をついた。


「なんでそうなるんですか…」

 

 腑に落ちない部分の多い話だったけど。

 だけど、けれど――これもそうだ。

 後で分かれば良い。

 そういう類(たぐい)の話であるだろう。

 


 そうだそうだと、一人で納得していた時。


「――久しぶりぃ、ジュリオ!」


 正面から、老人らしき声がはっきりと聞こえた。

 その声に、僕より早く、ジュリオは止まった。

 

「お、久しぶりだなあ、ダナン」


 ジュリオは目を見開き、愛想よく返す。

 おそらく、友人でもなければ、ましてや、親戚であるわけでもないだろう。

 知り合い――と、僕は勝手に察した。


《何事だ…?》

 

「少し心配したよ、最近、全然きみを見かけないからねぇ…」


 落ち着いた、柔らかい口調。

 より、その左手に掴んでいた、少し高級そうな杖に目が行く。


「こっちも色々忙しいんですよ。まあ、暇があれば、バーに寄るようにはしてますが」


 ジュリオはやけに、鮮やかな様子を見せる。

 それでも、いつもの不気味な雰囲気は隠していなかった。


 今更だが、彼の外見よりずっと、その嘘でも本当でもあるかのような、

 奇妙な雰囲気を宿った話し方が、一番の特徴だと思った。


「この前、きみのバーに行った時も、ラウル君しかいなくて少し心配したぞ…」


 ごほんっと、少し心配になる大きさの咳払いに続き、皺(しわ)だらけの目元を僅かに細めた。

 ジュリオは場の雰囲気に合わせるかのようにして、小さく笑った。


《ラウル…》


 確か、あのバーで見た名前。

 あの黒髪の店員の、名前だったような気がする。


「うん?もしかして、どこかに行く途中だったかい…?」


 僕の存在にようやく気づいたらしく、彼は小さく訊いた。

 僕は、軽く挨拶代わりに頭を下げる。


「な、なぜそれがっ!?」


 いつものような、大袈裟な態度を見せるジュリオ。

 その仰々しい反応に、年寄りはカッカッと笑った。


「やっぱ君は面白いやつだぁ…

 特権階級者(プロミネンテ)にこんな人がいたなんてねぇ。

 ――まあ、君たちは急いでるだろうし、無駄話はここまでにしとくよ」


 苦笑気味に言い残して、彼は踵を返した。

 その様子を眺めるジュリオの笑顔も、少し意味深長なものに見えた。


「あの人は前者…それとも、後者ですか?」


 少しの間を置いて、随分と間抜けな質問を、僕は躊躇なく尋ねる。

 しかし、ジュリオは機嫌を損ねた様子を見せなかった。

 

「さあね」


 彼は肩を竦めると、再び歩き出した。

 


※※※



 この後もちょくちょく、ジュリオの知り合いに会うことがあった。


《結構顔が広いんだな…》


 彼は意外と、この街、この人々に馴染んでいる様子だった。

 住民側も、彼を特別扱いはしなかった。

 (プロミネンテであることは、常に気にかけていたが)。


 しかし、

 そんな彼が国を変える存在であることは…

 

 ――誰一人も予想していないだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。