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ペステ――革命は内側から始まる  作者: fm344
第一章 アファロス:古びた経済の都
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9節 新たなパズル

「いや、あまりナメないでくださいね。

 知ったばかりの人についていくほど、僕はバカじゃないですから」


 彼に差し出されたグラスを、そっと横に置く。

 それを、ジュリオは再び僕に寄せる。


「何がそんな気に入らなかったんだ?

 最後の台詞とか、王道のあれだったろう?」


 困ったなあ、と彼が小さく呟くのが聞こえる。

 それはこっちの台詞だ、と言い返しそうになった。


「そう言う所です!あんた、僕のことを何だと思っているんですか?」


 強く怒鳴ったせいで、周りの客の注目が集まる。

 それを恥じるかのように、僕は身を竦めた。


「こっち側からしたら、謎が多すぎるんですよ。

 ロメロの居場所、あなたと、あなたが言う“仲間”の正体…」


 彼と目を合わせず、無意識に声を潜めた。


「あなたを信じられる理由…」


 もう一回寄せられたグラスに立腹し、乱暴にそれを口に運んだ。

 ジュリオは、やれやれ、とため息ついた。



※※※



 “手紙の意味”という大きなパズルはようやく形になった。 

 しかし、それに誘発されて、新たなパズルが生まれてしまった。

 疑問が解決し、新たな疑問が生まれた――というわけだ。


 そもそも、第一位要因であったあの手紙は、一つの手がかりに過ぎなかった。

 その目的が分かっただけで、何もかもを鵜呑みにできるわけではない。

 

 っていうか、怪しすぎるんだ。

 あのジュリオって人。

 会話の途中は気づけなかったが、最後の一言で分かった。

 ――彼が僕を誘導していた。

 案内ではなく、誘導。

 それが引っかかったんだ。


 まあ、一旦。

 どうしてここに至ったのかを、軽く振り返ってみよう…


---


 ジュリオに次いで、僕も部屋を出た。


 急に明るくなった視界に目を閉じ、少し新鮮な空気が肺に届くのを感じる。

 同じ家なのかと疑いたくなるほど、あの狭い部屋とこの廊下では雰囲気が全く違っていた。

 廊下(ここ)は中よりずっと清潔で、居心地も良い。 


 周りを眺めていると、誰かの視線を感じた。


《この、威厳に満ちた眼光は…》


 おそるおそる右を見たら、一隅にあの三人の男たちが椅子に座っていた。

 僕を追いかけ回した、あの三人の大男たち。


《ケッ……》


 彼らを見て、思わず固唾を飲む。

 トラウマ――とまではいかなくても、当分は残るほどの嫌な思いをしたのは確かだ。


「待たせてすまなかったな、お前たち」 


 謝罪の精神ゼロで、手を頭にやりながらジュリオは言う。

 待たせたと言っても、一時間も経っていなかったが。


 男たちは、少し退屈そうな顔だった。

 まるで『よくも手間をかけさせてくれたな』と言いたげに。 

 

「どうした?両方そんなつまんなそうな顔をして?」


 ジュリオはこの冷たい空気に、更に水を差すように笑った。

 とうとう気まずくなった僕は、作り笑いを浮かべる。 


「まあ、良い…」と、ジュリオは肩を竦めた。

 何様だよ。

 と、ツッコミたくなった。


「…アレハンドロ。あいつらのこと、君に紹介しよう」


 そう言うと、彼は僕の肩に手を置いた。

 そして、無理やり男たちの方に向けた。


「まず、片目に包帯を巻いている男はロベルト・シントゥーラ…」


 呼ばれた彼は、気まずそうに目を逸らす。


「真ん中に座っている、頬に傷がある男はウンベルト・アブドメン――」


 二人目は、満更でもなさそうに僕を見下ろす。


「――そして、最後の男はジュニオールだ」


 少し違った彼の紹介文に、思わずきょとんとした。


「ジュニオール……苗字は?」


 彼の目線に圧倒され、びくびくと、自信無げに訊く。


「何も。ジュニオールだけさ」


「は、はぁ…」



 腑に落ちないが、今はそのまま飲み込んであげよう。

 いずれ、色々聞ける機会が回ってくるだろうし。


 無責任だが、その不確かな期待に任せることにした。



「で、この人たちが僕をここに…」


 バツが悪そうに、視線を避けながら言った。

 本来なら彼らが取るべき態度をなぜか、僕が取っていた。


「そうだ。でも、あれは私の指令でもあったし、君が抵抗したせいでもある」


 ジュリオは軽率かつ無責任に答える。

 なんてやつだろう。


「ああ、その件については、君のことはもう許したよ」

  

 禿頭――いや、ジュニオールは目を瞑って、まるで僕が迷惑を掛けたかのように言った。


「いや、別に許されるほどのことはしてないけどな!?」


 瞬時に反応。

 理不尽にも程がある。


「まあまあ、そんな事言わずに。

 今はもう味方なんだから、礼儀正しく自己紹介しろ」


 彼はどこか微笑みながら言った。


「礼儀正しい男がよく言うよ……僕の名前はアレハンドロ・オンブロです。よろしく」


 気が進まず、些か淡々とした言い方になった。

 はっきり言って、彼らにまだ気を許せていない。


《流石に怒るか…》


 一瞬浮かんだ不安が、すぐに掻き消される。

 失礼に思うどころか、椅子に座っていた三人は楽しそうにそれを眺めていた。

 その微笑みが、どことなく、僕を小馬鹿にしているようにも見えた。


「――こちらこそ」


 声を揃えて、彼らは言った。

 またもや、不気味な笑顔で。



※※※



「くぁああ〜〜」


 あの家から出たところで、軽く背筋を伸ばした。

 やっぱり自由は気持ちがいい。


「さっきまで縛られていたもんな」


 心が快感に満喫されていく中、主犯は何食わぬ顔で言う。


「いや、あなたのせいですけどね!?」 

 

 あまりの無責任さに思いっきりツッコミを入れる。

 彼はそれにただ笑い、再び前を向いた。

 

「…まあ、正直、縛る必要はなかったけどね…」


 余計な一言を、彼は躊躇なく言った。


《コイツ……》



 没収されていた鞄の中から相棒のベレー帽を手に取る。

 そして、埃や汚れが付いていないかを確かめてから目深に被った。


 やっぱりこの感覚がいい。

 何かが頭を守る感覚が。

 自分が完成されていく感覚が。


《にしても、全然色褪せないな…》


 そのダークウォールナットの幹のような暗い茶色は、見ていてなかなか興味深いものだ。

 確か、これをくれたダニエルに、なぜこの色にしたのかを聞いてみたら――


『君の髪の毛にそっくりだから』

 

 ――とかほざいでいたような気がする。

 馬鹿みたいな理由だと思うと同時に、心が温まるものでもあった。



 ジュリオはその凸凹した帽子を不思議そうに見た。


「変わった帽子だな」


 からかうように、にやけた表情で言う。


「友達からのプレゼントですよ」


 僕は帽子を整えながら、そう言って聞かせた。

 彼にはデリカシーの欠片もない。

 それくらいは分かった気がする。

 気がした、けれど…


「…それで、どこに向かうんですか?」


 僕は、彼に鋭い視線を向けた。

 彼はそれを尻目に、歩き出した。


「自己紹介じゃ、信用はまだ買えなかったのかな?」


 静かに後をついていく。


「あの時、返事しなかったのは、“そういう事”なのか?」


 少し低いトーンで、彼は立ち止まる。

 どうせ、最初っから気づいていた癖に…


「話をしましょう、ジュリオさん」


 太陽の光を受けながら、彼は不敵に笑った。


「変な誘導はなしに…」



※※※



 こういう経緯を持って、僕たちは今、近くの朝飯屋のカフェで話をしている。

 その目的は見た通り、あやふやであるが…



「あなたが、敵ではないことは分かったんです」


 小さな皿に乗ったパンケーキを、小さく切る。

 店員さんは他の客への対応に夢中だった。


「そして、あなたがロメロの知り合いであること、国を変えたいこと。

 鵜呑みにはできないが、だからといって、否定はしません」


 元特権階級者(プロミネンテ)であったことに加え、

 あの手紙の正体を知っていたこと。

 不明な点が多いものの、少なからず事実…


 一片を一口サイズのスプーンに乗せた。


「だったら、何が気に食わない?

 あいつら三人のことなら、さっき仲間だと確定したし、縛りはしたが、乱暴は確かに加えなかった」


 彼は口に食べ物を含んだまま喋った。

 その様子に、少し不快感を覚えた。


「それは分かっている。分かっています…」


 店の扉が開いて、人が出ていく音がした。


「やはり、証拠ではなく、“信用”の問題なのか?」


 彼はどこか余裕のある口調で言う。

 その内容も、まさに核心を突いていた。


「……」


 違うと断言できず、静かに俯く。

 甘く味付けされた生地が、口中に広がった。



 元々、僕の目的はロメロを探すことだった。

 最終的な目標は別だが、このアファロスに来た目的として、

 それが一番ふさわしいと言える。


 だが、なぜロメロじゃなきゃいけないのか。

 なぜ、ジュリオでは駄目なのか? 

 それについては、何とも言えない。

 ジュリオが言う通り、結局は信用の問題かもしれない。


 

「あれ、でしょ…?他にも仲間がいるんですよね?」


 早く食べ終わって暇を余してそうな彼に訊いた。


「ああ、そうだ」


 ジュリオにしては珍しい、そっけない返し。

 しかし、その内容は頼もしいも同然。


 仲間がいるってことは、ある意味、頼れる人がいるってこと。

 信頼できる人がいるってことになるから。


《彼みたいな人ばっかの可能性もなくはないけど…》


「…ロメロはこの街にはいないものの、別の都市で活動をしている」


 三割ほどしか残っていないパンケーキを眺める僕を、ジュリオは見詰めた。


「こっちもこっちで色々動いているし、君が来たからには、進みが早まることは確かだ…」


 僕は、少し目を細めた。



 なぜ信頼できないのか。

 なぜ安心できないのか。

 僕には、分からなかった。


 あれかもしれない。

 今まで、一人で行動をしてきたから、かも知れない。

 一ヶ月近く一人で過ごして、急に変化が早すぎるのかもしれない。


「…なあ、アレハンドロ」


 あくびしながら、人差し指で彼は目を拭く。

 そして、さりげなく。


「その、さあ。自分で確かめろよ」


 彼のその言葉に、耳を傾けた。

 重みはないものの、何か、深みを感じた。


「君は多分、不安が多いんだろう?」

 

 数人の入店音が、後ろから耳に入る。

 それでも、彼の声しか聴こえなかった。


「その不安を失くせとは言わない。私を信用しろとも言う気はない」


 ジュリオは、少し口角を上げた。


「君もそうなんだろう?嫌だったら、逃げられることくらい、分かっているんだろ」

 

 彼は静かに立ち上がり、会計へと向かう。


「だったら、自分で探せ。私を信用できる理由を。その“パズルのピース”を」


 妙に頼もしく見える彼を、静かに見上げた。


《そうだ…》


 彼らを信じるか信じないかは、後で分かればいい。

 少しずつ探せばいい。

 今の僕は、目的に向かうべきだ。

 国を変えるという目標に。

 村(アンコナ)の皆を守るという目標に。


「そう、ですね」


 少し、微笑みながら僕は呟いた。

 外から、太陽が街を美しく照らしているのが見えた。


「そうか。だったら、この質問に答えてくれ。今度こそ…」


 会計を払い終わった彼は、毅然と店の扉に立つ。


「――行くのか、行かないのか」


 僕は腹をくくって、返事をする。


「行って…みます」


 その潔いとは言い切れない返事に、ジュリオは薄っすらと笑った。

 僕も立ち上がって、彼の方に…


「――ちょっと、お客様!!支払いを!!」


「え?」


 気づけば、ジュリオはもういなくなっていた。

 私の奢りだ、とか言ったくせに。

 先に店を出ていきやがった。


「あの野郎…」



 ――ジュリオだけは信用しない。

 心の中で、そう誓った。



※※※



 出口のすぐ隣に、人でなしは立っていた。

 ニヤニヤしながら、指で“行こう”の合図をする。


 僕は嫌々、その後を追った。



 現時刻は、11時。

 僕は意外と長く寝ていたようだ。

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