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ペステ――革命は内側から始まる  作者: fm344
第一章 アファロス:古びた経済の都
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8節 手紙の意味

「ノタムに✕(バツ)ってかっこいいよなー」


 いずれ友人になるリコが、頗(すこぶ)る子供っぽい、生意気な口調で言った。

 

「それなー。俺も、こんなダセェのやだ」


 隣にいたビクトルも調子に乗って、少し大袈裟に相槌を打った。


 

 確か、これは国民学校に通っていた頃の、ある放課後の些細な出来事。

 詳細はよく思い出せないが、子供たちは手首の見せ合いっこをしていて…

 まあ、本当に全く分からないが、何かしらの流れでこの話に行き着いたのだろう。


《…この時は、まだ……》


 そして、僕はというと…

 ――その部屋の一角で、静かに彼らを見詰めていた。 


 記憶が正しければ、この頃の僕はまだ、彼らみたいな人たちを毛嫌いしていたはずだ。

 いや、それは少し違う。

 毛嫌いではなく、どちらかと言えば”無関心”に近い状態だった。

 

 例の事件から一、二ヵ月。

 引っ越してから数週間経ったくらいで、何もかも馴染めていない頃―― 

 ――一人になりたくてどうしようもないような時期だった。


 でも、孤独って辛くないの?

 普通ならそう思うのかもしれない。


 はっきり言って、その意見はもっともだ。

 憂鬱、寂寥感、喪失感。

 争いと同じように、孤独からは良いものは生まれない。


 それでも、僕は同時に、「孤独」を「平穏」として捉えていた。

 心が休まる――傷つかないための方法だと思っていた。

 無縁こそ、平和だって思っていた。


 それ故に、自分がやっていたことがどれほど身勝手で、周りが傷つくものであったことに見向きもしなかった。


《“できなかった”と、言えなくもないけど》

 

「かっこよさは微塵(みじん)もないわ!!」


 確か、それはマルタの発した言葉。

 手を腰にやりながら、仁王立ちで少年たちの前に現れたのだった。


 彼女は若い頃から強い性格を持っていた。

 女子であるにも関わらず、同い年の男子との言い合いは日常茶飯事。

 特に、ビクトルやリコが悩まされていた覚えがある。


「「なんでだよ?」」


 リコとビクトルは声を揃える。


「何もないよりはかっこいいだろ!」


 リコは訴える。


「そうだそうだ!!」


 ビクトルは彼を追うかのように、慌てて言う。

 マルタは一対二の不利な場面に、口を噤んだ。


「え…えっと…」


 自分から入る割に、(たちの悪いというか何というか)、彼女は口喧嘩に弱い人だ。

 しかし、そんな彼女を庇うとでもいう風に、先程まで隅で本を読んでいた彼女は応える。


「だってその✕(バツ)印は、自分の立場を剥奪された人がもらう“罰”だからよ。

 高雅な身を貶(けな)す。そういう意味よ」


 冷静に、でも同時に二人を煽っているかのような口調が部屋に響き渡る。

 男子二人は、突然話に入り込んだ彼女を睨みつけたが、彼女は澄まし顔で躱(かわ)した。


「よく言ったわルシアちゃん!!」

 

 余りにも頼もしい助っ人に、マルタは感嘆の声を上げる。


「授業で習ったことだし、知ってて当然よ」


 至極当然にルシアは応える。

 偽の微笑みを備えて。



《微笑ましいかもしれないが…》


 ――どうでも良い会話だ。

 この時はそう思っていたに違いない。


 そして、まるでそれが分かっていたかのように。

 見透かしていたかのように。

 突然、彼女は鋭い視線を僕に向けた。


『――そうでしょ、アレハンドロくん?』



※※※



「おいっ」


 少し、心配気味の声が僕を起こす。


「何ぼーっとしてんだ?」


 それは、確かにジュリオの声。

 まだ、彼との会話は終わっていない。


「あー、悪い」


 頭を抱えて、小さく呟く。

 ジュリオは訝しむようにこちらを見詰める。


 寝ぼけが直ってないのだろうか。

 一瞬、彼が何かをポケットに仕舞ったような気がした。

 

「まあ、良い…

 それより、君の名前はいつ言ってくれるんだ?」


 彼は場を軽く流ししつつ、僕に詰め寄った。

 流石に言い逃れなんて通用しないだろう。


《名前くらいなら…》


 嘆息してから、彼を睨み返す。


「僕の名前は…アレハンドロ・オンブロです」


 僕ははっきりと、きちんと答えた。

 ロメロの時と違い、僕の名前には少しの関心を示した。


「オンブロ…なるほど」


 先程と違って、白を切ることなく、何かが分かったかのように、

 何かを見つけたかのような様子で笑った。


「…これで私は名前を言ったし、君も言ったことになる。

 では、立場的に、君の質問に答える前に、君が私の質問に答えてくれ…」


 彼の視線は、急に剣呑なものになる。


「――私を、探していた理由はなんだ?」


 先程までの軽薄さが嘘のようだった。


「あのバーに行くまでして私を尋ねたからには、それに見合った理由があるはずだ」


 彼の口調と表情が若干真剣になり、ポケットにしまっていた手を組む。

 僕も彼を睨み返した。


《ほお…猫を被っていたってのか…》


 一瞬そう思った。

 でも、それは僕の勝手な思い込みだったのかもしれない。

 危機感が足りなかっただけなのかもしれない。


 ベレー帽を被り直そうとしたが、持っていないことに気づいた。

 あの男たちに没収されたのだろう。



「…ロメロを、探しに来ました。彼の知り合いです」


 警戒心を強めながらも、正直に答えた。


 万が一、ここで争いを始めた所で、その結果は見え見え。

 しおらしく――ではないが、慎重に言葉を選んで行動するべきだ。

 

「ロメロ…?」


 彼は探るように言う。


「ああ、知ってるさ。昔は友人だった。

 …でも、彼を探してるのに、なぜ私を?」


 彼にとって、十分な答えでないようだ。

 少し端折ったのかもしれない。


《っていうか、「昔は友人だった」と言ったな…》

 

 ――今も友人なのか?

 自分に問いかけるが、その答えは分からない。

 身のため、深掘りもできない。


 それに、彼は追放されてもなお、“ほぼ”プロミネンテのようなものだ。

 彼ほどの人間なら、僕一人潰すことなど造作もない。

 もし、僕の計画を知ったら、通報されるかも知れない…

 それは御免だ。


《だったら、何を言えと…》


 この期に及んで、自分が不味い状態だと自覚した。


「――もしかして、」


 彼はいつもと同じく、内心を読んだかのように、煽るような口調で言った。


《まさか…》


 その方を向けば、彼は手の間に何かを握っていた。

 やはり、一歩出遅れたようだ。


「もしかして、この手紙が関係してるのか?」


 その手には、あの紙切れがあった。

 バーの住所しか書かれてない、ロメロからの手紙。


「“特に何も書かれていない”。誰だってそう思うだろう。

 君もそう思ったんじゃないか?」


 ジュリオは少し乱暴に、その紙切れをパラパラと振って見せた。


「…どういう意味ですか?」


 自分の物が、勝手にいじられている気分。

 ――と言うより、人から貰った贈り物が弄ばれているような気分だった。


「ハハッ、見てみな」


 彼はそう言ってポケットに手を突っ込む。


「おい!?それは!!」


 取り出したライターのようなものを、彼は少しずつ手紙に近づける。

 

 なんだコイツ…

 真剣になったと思ったら、こんな手を…

 やっぱイカれやがったのか…!?


 ロメロの唯一とも言える手がかり。

 一瞬腰を引いた僕だが、今は彼に向かって鋭すぎる、敵意に満ちた視線を向けた。


「ジュリオ、本当にそれは…!」


 彼はこっちを見て、うっすらと笑った。


「――黙って見てろ」


 次の瞬間、カチッと音が鳴る。

 すると、装置に火が灯り、手紙が炎を上げて燃え始めた……わけではなかった。


《文字…か?》


 ジュリオがライターを仕舞うと同時に、僕は大きく息を呑んだ。


「ハハッ、すごいだろ?」

 

 彼は満足そうに、手紙を隣のテーブルに置いた。



 そこで、ある疑問が頭を過った。

 ――どうしてジュリオは隠された文字の存在を知っていたのか?


 どれだけ注意深く観察したって、普通は気づけない。

 もし、そんな簡単に見えるものなら、僕か義父(とう)さんがとっくに解読していたはずだ。



 眉をひそめて、文字を読もうとしたが、距離があって見えなかった。

 ジュリオは視線を床に落とし、目を瞑ってから、再び僕を見た。


「実はアレハンドロ…君を待っていたんだ」


 僕は静かに顔を上げた。

 

《何だよ急に…》


 咄嗟すぎる告白に、にわかに呆然とした。


「…待っていた?」


 オウム返しに、訊き返す。

 彼は微動だにせず、頷く。


「あぁ。君が必要なんだ」


 急に向き直ったかのような態度に違和感しか感じなかったが、

 それでも、その言葉を聞き逃さなかった。


「――この国を変えるために」



 その瞬間、手紙の本当の意味を理解した。


 

 つまり、だ。


 手紙の目的は"ロメロを探す"ことではなく、

 僕を"ジュリオに会わせる"ことだったのだ。



※※※



 実は、ロメロがアファロスに家を持っていることは、到着後に確認した。

 だが、誰もおらず、近所の人に聞いても、“しばらくは見ていない”という。

 なので、この疑問の答えは、ある程度予想していた。

 いや、分かりきっていた…

 

 ――なぜ彼(ロメロ)は僕にバーの住所を教えたのか?


 それが今なら分かる。彼は――

 ――ロメロはこの街にいない。


 手紙を渡した時点で、彼は自分が不在になることを知っていたのだ。

 だから、ジュリオのバーの住所を教えた。

 ジュリオはバーを離れないから。

 ジュリオはアファロスを離れないから。


《全てが繋がった…》


 心の中で、長い間探したパズルのピースがやっと見つかったかのような満足感を覚えた。


「だったら、僕がここに来た理由が…もう…?」


 ジュリオは意味ありげに微笑んだ。


「もちろん。そして、それがどれほど危険なことかも分かってる。君もだろ?」


 彼は涼しく、落ち着いて言った。



 さも、「用が済んだ」と言わんばかりに背を向けると、彼は扉の方へ向かった。


 その時、ふと、天井に小さな穴があることに気づく。


《あれは…》


 そこから差し込む光が、テーブルの上の手紙を照らし始める。

 おかげでようやく。

 そこに書かれた文字が読めた。

 


         「PESTE(ペステ)」



 単純な言葉。


 僕はそれを読んで不意にも苦笑した。

 その言葉を見るのは、これで二度目だ。


 そして、僕が立つ準備をすると同時に、ジュリオは扉の前で立ち止まり、尋ねた。


「来るのか?

      ――それとも、来ないのか?」 

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