第57話 がんばって、ちーちゃん!
「こう、やって、腕を振ることで遠心力をつけて、手のひらではなくどちらかと言うと手首を相手に叩きつける感覚でですね……」
「……ぶるんってしたよ!?」
「……ええ、メリーがこの訓練をやってる時はいつもこうですの」
「……千鶴ちゃん、ちゃんと拳法覚えられそう?メリーさんの胸ばっかり見てない?」
「まあ、ルテお嬢様もずっと目を奪われてらしたので《《素養》》がある方はしょうがないのかと」
うーん、昨日からちーちゃんと劈掛拳の訓練を始めたんですが、どうにも集中出来ないみたいでちょっと困ってます。
劈掛拳、動きがダンスにやや近いのでダンス系リズムゲーに慣れてきたちーちゃんならイケるかなと思ったんですが……。
まあ、ちーちゃんはちっちゃいですし、リーチの問題もあってやや遠目の間合いで効果を発揮する劈掛拳は難しいんでしょうか?
とりあえず、ルテみたいに八極拳の方に適正がある可能性もあるのでそっちも練習させてみましょうか。
……八極拳、みんな好きですよね。
貼山靠とか……、いえ、「てつざんこう」と言ったほうが日本だと通りがいいですかね。
明らかに大技っぽくて映えますもんね。
なーんてやってたところに。
──緊急連絡です。魔王軍の出現が観測されました。貴族の皆様は迅速に装備を整え、戦場へ向かってください。また、肆の魔王の出現を確認。大規模な概念変化が予想されます。総員、万全の準備で臨んでください。繰り返します。魔王軍の出現が観測されま……──
来やがりましたね!
って、しかも肆の魔王じゃないですか!
ええい、ちーちゃんにはまだ基礎の基礎を教えてる段階だと言うのに!
……まあ、中国拳法自体は肆の魔王に対して特に効果が無いので問題無しとしましょう。
「来たね……メリーさん。今回は私も連れて行ってくれるんだよね?」
「私もだよ!私だって、役に立ってみせるんだから!」
しかし、今回魔王戦初参加なお二人はモチベが高いですね……。
わかってます?死ぬかもしれない場所に同行するんですよ?
……いや、ちーちゃんは死なないんですけど。
「肆の魔王、わたくしと相性が悪いので撃破にはベルや千鶴さんの力が必要……になるはずですの。どうかよろしくお願いします」
「ただ、一番の成果は皆様が無事で戻ってくることですから。そこはお間違えないようにお願いいたしますね?……無事に戻ってきたら、デザートに1品追加いたしますので」
……あの、セイラさん?その皆で無事に帰るぞ的ないい感じのセリフ、本来私が言うところじゃないです!?
「……なんかセリフ盗られた気がしますが、対肆の魔王戦。行ってみましょうか」
こうなったら、絶対皆で無事魔王を倒して帰ってめちゃめちゃ手のかかるスイーツを要求してやるんですからね!
☆★☆
ということで、いつもの装甲車で吸血姫主従を拾って《《穴》》へとやってきました。
時間は午後4時頃……のハズなんですが周囲は真っ暗です。
まあ、それも当然ですね。
なにせ肆の魔王は「意志を持つ暗黒物質」が正体なんですから。
ただその、正体が暗黒物質って所が非常に厄介でして……。
「資料通りなら、この、周りを暗くしてる霞全部が魔王なんだよね?」
「でしてよ。支配領域が自分の躰そのもの。この空に浮かぶ暗黒物質をほぼ全て消し去らない限り肆の魔王は死ぬことがない……。本当、厄介極まりない相手。もう少し、潔さを持ったほうが良いのではないかしら」
まあ、それに関しては今回特攻装備とも言える寓話霊装を持ってる人間が一人居るので大丈夫なんですけどね。
「では、作戦なんですが……」
とりあえず、原作で見たちーちゃんルートの戦い方を参考に、このメンバーとシナリオ上のキャラとの戦力の差異を考えて調整した策を皆に伝えます。
……戦う前から魔王の詳しい性質を知ってるのって、正直だいぶチートだと思うんですよね。
いや、一応今までの王が戦ってきた様子からの研究資料は存在するんですが、「仮説」と「確定事項」には埋められない差がございまして……。
……いや、ここでト書きさんが嘘をついていて実際にはぜんぜん違う性質を持っていたりすると酷いことになるんですが、そこはまあ、……信じて良いんですよね?
【大船に乗った気で居ていいよ。タイタニック以外の】
じゃあ、コスタ・コンコルディア号で。
【座礁するじゃん!】
……ふむ、こっちの世界だとコスタ・コンコルディア号座礁事故は起こってなかったと思うんですが。
とりあえず、ト書きさんはあちらの世界で起きてこちらで起きてない事故を把握している……と。
【お?そういうの探るのはあんまり良くないと思うな?自慢じゃないけど、カマかけには弱いよ?】
ほんと自慢じゃないですね。
まあ、私もカマかけには弱いですし気持ちはわかるのでこの辺にしておきましょう。
……変につついてむやみに敵対されるとこちらが困るだけですからね。
ではまあとりあえず……。
「ちーちゃん、お願いできますか?」
「おか……メリーさんのお願いを私が断る事なんて無いよ!」
私達が動く前に、真っ先にちーちゃんに突撃してもらいましょう。
ただし……。
「待って待って待って!忘れ物!これを持ってないとダメでしょ千鶴ちゃん!」
「……あ!わすれてた!ベルさんありがとう!」
ちゃきっと《《ビスケットで出来た扉》》を盾の様に構えるちーちゃん。
ええ、あの意志を持つ暗黒物質・肆の魔王の攻撃はほぼ全てが魔法・魔力による攻撃。
ならば、おかしなおかしの家の魔法に対する絶対防御で防いでしまえば良いのです!
そうして、《《お菓子の盾》》を構えたちーちゃんは笑顔で駆け出し……。
「あっ!」
5秒後に転んで盾を粉々に砕きました。
……もう!多少改善したとは言え、運動音痴なんだから気をつけて走らなきゃダメでしょ!
で、TAKE4。
「こ、今度こそ行ってくるね……?」
やや小ぶりになったビスケットの扉を構え、ロールクッキーのすね当てをつけ、クレープのマントを身につけたちーちゃんは慎重に歩き出しました。
……描写の抜けてる2TAKE分の事は聞かないであげて下しあ。
とりあえず、足元が見えづらい荒野で走るのは危ないねって事だけは言っておきます。
「……じゃあ、私達も行きましょうか」
「足元に気をつけて……ですの!」
「いや、流石にあそこまで見事に転んだりしないよ!?」
「……とりあえず、太陽光が遮られていることで『ガラスの靴』はともかく、私本人としての全力は出すことが出来そうでしてよ」
「念のため、私は影から見守ってます」
そして、距離を開けて歩き出す私達。
どうしてこんな作戦を取るかというとですね?
「あ、攻撃が始まりましたの」
「がんばって、千鶴ちゃん……」
肆の魔王は、《《穴》》に最も近い敵を狙うという性質を持っているからなのです。
そう、機械的に、他の脅威が存在しようがなんだろうが、問答無用で一番前の個体を狙います。
これが、肆の魔王相手で無いのなら私とルテが囮として最前線に出て攻撃を回避しながら反撃を続ける形での戦闘を繰り広げることが可能なのですが……。
暗黒物質で形成された刃物、魔力によって生み出された火炎、雷撃、黒く光る粒子ビーム……と、肆の魔王はとにかく手数が多く、火力も高く……。
真っ当に戦えば、私とルテだって普通に死ぬ戦力の持ち主なのです。
これが、支配領域というルールを自分に優位な戦場の構築ではなく、純粋に自分の強化に使用している魔王の脅威。
がんばって、ちーちゃん。
この肆の魔王全体を私達が射程に捉えられるまで、もう少しだよ!
☆★☆★☆★☆
なら、最前線でお菓子の家を展開して中に引きこもればいいんじゃね?と思った方もおられますでしょうが、出来ない理由があるのです。
詳しくは次回にて。
ということで開始しました対魔王戦。
今回の執筆BGMはFF4サントラより「巨人のダンジョン」でした。
ラストダンジョン後半で流れる曲ですね。
あと貼山靠、普通にこれの読みがてつざんこうなんですが、ゲームに採用するに当たって読みやすいように字を変えたのがバーチャファイターで有名になった鉄山靠ですね。
職場でも、建付けの悪い鉄扉を締めるのによく使います。
んで、次回から本格的な魔王戦が開始します。
更新予定は10月5日20時。
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