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銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第2章 銀髪の少女と閃光
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第91話 精霊の祝福をあなたに 4 ―― 紅蓮

 魔獣となったガルルガの大剣が、レンドルの頭上にあった。

 それが、凄まじい勢いで振り下ろされ、脳天へと肉薄する。

 剣で防ごうにも、防いだところで一刀両断(いっとうりょうだん)にされるだろう。


 レンドルは、頭上に掲げた長剣の柄から、斜め下へ刃を傾けた。


 大剣を片手で軽々と振り回す膂力(りょりょく)。武器の強度。刻印された魔法剣の脅威を考えれば、何度も打ち合うことはできない。

 武器だけでなく、あの鋭い牙も鎧の上からでも穿つほどの破壊力はあるだろう。

 一度か二度の攻防で、終わらせる必要があった。


 ガルルガの振り下ろした大剣を、レンドルは刃を滑らせるようにして受け流し、そのまま魔獣となった男の首を狙った。


 レンドルの長剣は何の抵抗も感じなかった。

 切っ先がガルルガの首をすり抜けた。剣すら溶かすように斬っていた。


 莫大な魔力と厚みを持った魔力防御も、まるでなかったかのようだった。

 レンドル自身も驚き、信じられなかった。


 ガルルガの体は、剣を振り下ろした勢いのまま前のめりに倒れた。

 切り落とされた魔獣の首がエドマンの足元に転がった。


 主を失った体躯は、規則的に血を吹き出している。

 肉体が死に至ったことに気がついていないのだ。

 死を知らぬ心臓が、なおも脈を打ち続けていた。


「あひぃいいあぁあッ!」


 エドマンは、悲鳴を上げながら後ろへと飛び退き、篝火(かがりび)のない暗闇の中へ逃げ込んでいく。


 気づけば、灰兎族の傭兵は音もなく暗闇に溶けていた。僅かな光と闇の境界線で一瞬目が合った。

 音のない追跡者が確実に奴隷商人を捕らえてくれるだろう。

 身体強化された体で、監視塔の重い油樽さえ運べたのだから、引き摺って来ることも容易いはずだ。


「イステア。さっきの赤雷が心配だ。念のために何人か、タタの後を追ってくれ」


「そ、そうね。タイロン、フィル、二人で行って。私たちは、他の冒険者たちを」


 上ずった声で返事が返ってきた。イステアが驚いた表情のままで、こちらを見ている。

 何かおかしなことを言ったわけでもないが、彼女の反応に引っかかった。


 呼ばれた軽装の二人がすぐに、タタの向かった先へと駆けだす。所属の分かる旗を掲げていた。正しい対応だった。

 《酒樽と蒼い狐》の傭兵団は、レンドルが倒した冒険者たちの武器を回収しながら、素早く捕縛(ほばく)していく。


 ジュカが団長に近づき手当てを始めている。彼女の体から青白い光が見えた。

 傭兵団長の傷口を拭った後には、傷跡すら残っていなかった。


「ありがてえ。さすがジュカだ」


 傭兵団の団長は苦笑いを浮かべる。深手に見えたが、これも一瞬のうちに治った。

 ただ、血を大量に流していたことを考えれば、しばらく動かないほうがいい。


「イステア。サナロアは?」


「監視塔の休憩所で休んでるわ。ジュカと行ってあげて」


 金属音を響かせ、松明を掲げた集団がこちらに向かって来ている。

 騒ぎを聞きつけた衛兵のようだった。


「一体何の騒ぎだ」


 その声には聞き覚えがあった。

 明かりの先には顔に包帯をしたままの、ノックス大隊長がいた。


「なんだ、レンドルか。――これは魔獣なのか」


 白い毛に覆われた巨躯を見たら、誰でもそう思うはずだった。


 大隊長の周りには数名の騎士と、衛兵がいる。十名ほどの戦士を、大隊長自ら引き連れている。


「そいつは、剣牙族の傭兵でした。その獣人が魔獣になりました」


 それを聞いてノックス大隊長の眉間にしわが寄った。

 獣人が魔獣になったからといって、すぐに信じられるほど簡単な話ではない。


「獣人族に伝わる秘術なの。意識を保ったまま、一時的に魔獣になれる」


 ジュカがすぐに応えた。この場で答えられるのは、彼女しかいない。


「なんでそんなやつが、この要塞にいるんだ?」


 レンドルはノックスに、獣人は奴隷商人のエドマンと一緒にいたことを伝えた。

 包帯の下には険しい表情を浮かべているようだった。

 仲間の傭兵が追っていることを伝えると、すぐに連絡兵が駆けていった。


 その直後に暗闇から、追跡に向かった傭兵たちに連れられて、エドマンの顔が見えた。


「捕まえたよ。暴れたから、ちょっと拘束したけどね」


 暗闇から戻ってきたタタが言った。奴隷商人がレンドルを認識すると、恐ろしい化け物でも目にしたかのように叫ぶ。


「魔獣を殺した赤髪の化け物だ! あああァッ!」


 エドマンはまだ荒ぶっていた。


「お前は何を言ってるんだ。どう考えても化け物はガルルガだろ。俺は人族だ」


 一瞬の沈黙のあと、タタが口を開いた。


「レンドルあのさ。魔法の剣を斬って、そのまま魔獣の首を落とせる人族なんて、どこにもいないよ」


 我に返ったような衝撃だった。タタの言うとおりだった。


 魔獣をそんな容易く殺せるなんてことはありえない。

 父でもそんなことはできない。ずっと、この目で見てきた。

 何人もの冒険者たちが連携をしながら、魔法と罠も使って倒す。


 イステアの驚いた表情を思い出し、思わず彼女を意識すると、引きつった苦笑いをしているのがわかった。

 彼女の反応は正しかった。自身の認識だけが狂っていたのだ。


 今さらながら気づいた。手に入れた力は、規格外だった。


 ――加護の力、なのか。


 また、遠くで空が光り、雷鳴が轟く。その光が要塞に近づいてきているのがわかった。


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