表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第2章 銀髪の少女と閃光
94/100

第88話 精霊の祝福をあなたに 1 ―― 赤雷

 レンドルの身体にはまだ熱があったが、夜風が涼しく、心地よかった。


 ぽつぽつと、雨が降り出していた。

 風に運ばれた細かい雨が髪や頬に当たるが、すぐに乾いていった。


 星空を覆う雲の切れ目は遠く、本格的な雨をもたらす雨雲はまだ先だ。

 そして、空が光るのが見えると、ほんの少し遅れて轟音が聞こえる。

 深夜か、朝には激しい雨が降るかもしれない。


 女商人ペルギアと別れた後、レンドルは監視塔の一つへと向かっていた。

 そこは、レンドルの部隊が今夜を過ごすことになっている場所だった。


 夕食を取る時間がなかったせいで、空腹を覚えていた。

 硬いパンに、ぬるくなったスープでもいい。

 今は少しでも口にできれば、それでよかった。


 篝火(かがりび)の近くで、赤い羽根突き帽子が揺れるのが見えた。

 ペルギアに聞いた名前をすぐに思い出した。奴隷商人のエドマンと言っていた。


「いいからこい!」


 その男が、あろうことかジュカの手首を掴み、無理やりに引きずっているのが見えた。


「離して!」


 悲痛な叫び声は、ジュカのものだった。


 エドマンの周りには、冒険者風の男と女が五名、武器を構えていた。

 奴隷商人を守るような様子で、皆随分と装備がよさそうに見える。


 その周りを囲むように《酒樽と蒼い狐》の旗が掲げられている。レンドル部隊に組み込まれた傭兵団だ。

 傭兵たちは殺気立ち、おのおのが武器を手にしていた。

 十人ほどの傭兵たちが、今にも飛びかかりそうな勢いだが、なぜか躊躇しているようにも見える。


「いいか、俺は正式な依頼を受けてるんだ。邪魔をするな!」


 エドマンが大声で叫んでいる。ジュカを連れ去る依頼ということか。すぐに剣牙族の依頼だとわかった。


 サナロアの姉イステアが剣を構えているが、その存在感はまるでサナロアが立っているかのように見えた。

 イステアのそばには、傭兵団の団長が腕を血に濡らし、苦悶の表情を見せている。団長の視線の先には、ジュカがいる。

 団長の足元には幅広剣が落ちている。利き手を斬られたようだった。


 不思議なことに、奴隷商人エドマンからは異質な魔力を感じた。その気配は異様で、レンドルの肌を刺すようだった。

 放たれる力は強くもなく、厚みもない。ただ、小さく刺すような痛みが、本能的にその男に近寄るなと告げていた。

 傭兵たちもこの異質な魔力に当てられ、本能的に危険を察知しているのかもしれない。

 なぜ商人から、それほど異質なものを感じるのだろうか。


 そして、冒険者たちとは別に、洗練された魔力を纏った男が、大剣を肩に乗せて立っている。

 魔力は静かに揺れていて、それでいて大きな濁流にすぐにでも変わるような、得体の知れない恐ろしさが襲う。


 短く切りそろえた白髪の男、一目でわかる獣人の顔立ち。

 上半身は裸で、浮き出た強靭な筋肉が鋼のように引き締まっている。


 その男が持つ分厚い剣の腹には、刻印(ルーン)された文字がびっしりと刻まれ、淡く青白く光っている。


 レンドルの信頼する傭兵、灰兎族のタタと白髪の男が対峙していた。

 タタからも、研ぎ澄まされた魔力が溢れ出し、周囲にまで及んでいる。

 明らかな殺気をその獣人に向けている。タタが、これほどまでに殺気を放つことなど見たことがなかった。


 つまり、相手の獣人は敵だ。


 レンドルの身体は、燃え上がるような感覚そのままに、駆けだした。


 腰の鞘から長剣を抜いた。

 金属音が風に乗って届いたのか、それとも魔力を感じ取ったのか、その獣人がレンドルの方を向く。

 鋭い黄色い双眸。尖った獣の耳がピクリと反応する。


「なんだこの魔力!? だれだッ!」


 獣人が吠える。開いた口には、鋭い牙が見えた。


 ――まさか剣牙族!


 その直後にエドマンが叫ぶ。


「あ、赤髪! おい、ガルルガ! あいつを何とかしろ!」


 獣人族の男は、ガルルガというらしい。


「目の前にいるのは灰兎族――無音のタタだ。並じゃねえんだ。お前の雇った護衛たちでなんとかしろ」


 タタは二つ名持ちだった。なるほど、気配もなしに近くにいることがある。


 レンドルは腰ベルトから素早くナイフを抜き、ガルルガに向かって投げつけた。

 刺さる必要はない。タタならそれを利用して、うまくやる。

 予想通り、それに合わせてタタは男の背後へと音もなく一瞬で回り込んだ。


 しかし、男はレンドルの投擲したナイフを容易く素手で打ち払うと、体を反転させて器用にタタの攻撃を受け流す。直後、大剣が薙ぎ払われる。反射的に身を伏せたタタの頭上を、大剣が通り過ぎていった。


 奴隷商人の護衛と思われる冒険者の一人が、レンドルの前に現れ、すぐに剣を払ってくる。

 容赦のない鋭い斬撃に、レンドルは殺しにかかってきていると悟った。


 この冒険者だけが手練れだとわかった。


 レンドルは剣を受け流し、長剣の柄で頭部を打ち付けた。鈍い音とともに、冒険者はその場に崩れ落ちた。

 最短で殺しにかかった点は見事だが、狙いが単純すぎる。残りの護衛たちも慌てて武器を振るうが、レンドルはあえて集団の中へ突っ込んだ。


 連携も牽制もない寄せ集めなど、恐れるに足らない。

 すべての攻撃を受け流し、籠手のない手足を切り払い、体当たりで体勢を崩していく。瞬く間に、護衛たちは次々とうめき声を上げて(うずくま)った。


 ガルルガとタタが剣を打ちあっている。

 大剣が棒きれのように振るわれるが、タタは難なく対応している。

 タタの動きは別格だ。


 敵の懐にタタが潜り込もうとするが、白髪の獣人の見事な体術に、タタの短剣は空を斬る。

 ガルルガの鋭い膝蹴りを回避すると、タタは距離を取った。


「レンドル。こいつ、サナロアを蹴り飛ばして怪我をさせた。ジュカが治療しようとしたら、その商人が連れ出した」


 タタは両手の短剣の柄をカチリとぶつけ鳴らして言った。

 その言葉に、レンドルの背筋に、ぞわりとするような冷たい感覚が走った。


 タタの簡潔な説明で状況を把握できた。連れ去るジュカを助けようとして、サナロアが蹴られた。

 それを見た姉のイステアが剣を抜いた。獣人が切りかかって、傭兵団長が庇ったのか。

 大体そんなところだろう。もう、それでいい。


 レンドルはエドマンに詰め寄った。


「奴隷商人のエドマンだな。ジュカの手を離せ。今すぐにだ。伯爵の両手は落とさなかったが、今度は何の躊躇もないぞ」


 氷のように冷たいレンドルの威圧にエドマンの顔が引きつる。

 脂汗を流しながらも、必死にジュカの腕を握りしめたまま言い返した。


「護衛が一瞬で……クソッ! こいつは逃亡奴隷だ。だから捕まえたんだ。俺は正規の依頼を受けてるんだぞ」


 そう言うと、エドマンがジュカの手をさらに引っ張る。ジュカは逃れようと抵抗しているが、叶わない。

 レンドルは鋭く踏み込み、奴隷商人の手首を切り払った。何のためらいもなかった。

 引っ張り合う力が一瞬で失われ、勢い余った二人はその場に尻餅をついた。


 次の瞬間、レンドルの身体から赤い光が(ほとばし)り、ばちばちと激しい音が響いた。全身を赤い稲妻が駆け抜ける。


 声を上げる間もなく、その場でレンドルは膝をついて、動けなくなった。

 何が起きたのか、まったくわからなかった。

 魔法の攻撃を受けたのか。奴隷商人から感じた異質なものの正体だったのか。


 全身には凄まじい激痛がいくつも走った。

 視界は完全に奪われていた。

 耳には耳鳴りだけが響いていた。


 レンドルの脳裏には、蒼髪のサナロア、そして銀髪のジークの泣き顔が、代わる代わる浮かび上がっていた。

 意識が遠のいていく。途切れるのは、もう時間の問題だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ