表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第2章 銀髪の少女と閃光
91/94

第85話 夕日の沈む死者の国 19 ―― 力があっても、思い通りにはいかない

 もう外は真っ暗になっているはずだ。

 訓練兵の朝は早い。こんな時間に起きているなんて考えられないことだった。

 ほんの数日前までは。


 夕食も食べていない。だが、空腹は感じていなかった。

 目の前にいる男への怒りがそれを忘れさせていた。


「しょ、正気か? レンドル殿――」


 宮廷魔術師の声は、ひび割れている。レンドルの長剣は、まだ下ろしたままだ。それでも、後ずさる足が石畳を擦る。


「伯爵は、力づくで払わせると言っただろ。冗談で俺を脅したのか」


 レンドルは、剣を下げたまま一歩踏み出した。


「ま、待て」


 伯爵が両手を挙げる。指先が小刻みに震えている。


「ジーク殿!」


 悲鳴に近い声で、伯爵がジークの名を呼ぶ。


「レンドル……わたし――」


 震える声が、レンドルの耳に届く。


 そして、レンドルは、彼女がこの後に口にするであろう言葉が予想できてしまった。


「戻るから」


 彼女は、ラクロアンに戻る決断をした。

 レンドルは自分のしたことが、彼女の気持ちを大きく揺れ動かしたことを理解した。


 彼女はラクロアンから離れて、サンガードにいる父親の元へと向かう。そしてエルフの森に戻る。そうなることを望んでいるはずだ。


 どこで間違ったのだろうか。何がそうさせたのか。

 考えようとしても、答えがわからないままに、混乱していた。


 商人からも、皇国の指揮官たちからも、どよめきが沸き起こる。


「おぉ! それは良かった。レンドル殿、ジーク殿は戻ると――ひぃッ!」


 レンドルは、剣を上げ伯爵の首元に突きつけた。


 安堵に緩んだ悪党の顔が、また強張る。


「ジークが戻ることと、俺への侮辱とは関係がない」


 本当はこんなことをしても意味がない。伯爵の言った侮辱など口実だ。彼女は戻ると言った。


 その悔しさが、レンドルを駆り立てる。

 その思いが、剣先を加速させた。


 刃が、伯爵の首の横をすり抜ける。


 薄皮一枚を斬った。


「待って! レンドル!」


 ジークが大きな声で叫ぶ。


「わたし、あなたのことを……」


 ジークの声が崩れる。両手で口元を覆い、それ以上は言葉にならないようだった。


「レンドル。真に彼女を思うなら、その剣を納めたほうがいいわ」


 ペルギアが、静かにレンドルを諭す。


 レンドルは伯爵から剣を引き戻した。ジークの銀瞳が、涙で揺れていた。


 要塞の外で、同じように口を覆い、涙を流し、喜びに満ちていた彼女とは違う。

 悲しみに震え、苦しみに涙し、望まないラクロアンへの協力を選択する。

 祈るように両手を組み、震えている。


 レンドルは歯を食いしばった。ぎり、と歯がきしむ。


 長剣を鞘に納めた。金属が擦れる、乾いた音だけが響く。

 彼女が望まないなら、もうそれでよかった。


 レンドルの冷えた心は、急激に温度を取り戻し、背中が熱くなった。

 これまで怒りに身を任せて戦ってきた。それは、仲間を傷つけた相手に対してだった。

 今、この熱は自分自身に向けられている。どこにも行けない熱がこもった。


「レンドル――ごめんね。ごめんね」


 繰り返す謝罪に、レンドルは首を振ることしかできなかった。

 彼女が謝る理由などないのに、そう思わせてしまった自分を殴りたかった。

 今更それがわかったところでもう遅い。彼女の選んだ道は曲げられない。


 銀狼に母を殺されたときは、恐怖と絶望に支配されるだけだった。

 小さかったとはいえ、力のない自分を呪った。

 だが、加護の力を得て、魔力を扱うことにも十分な自信が付いた。

 未だに信じられないが、強敵をも倒せた。


 力を得たからこそ味わう、胸を締め付けるような無力感は、初めて味わうものだった。

 どんなに力があっても、思うようにいかないこともあると知った今、ただただ苦しいだけだった。


 この手で彼女の手を取ったのに。

 自分の剣のせいで、その手が離れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ