幕間 ネオネス ―― 権能
小さな机に、きしむ椅子。
座ると、ぎしぎしと音が鳴った。
ネオネスは仲間と一緒に捕らわれの身になり、何年もサンガード皇国に居る。
ここベギラダの神殿で、神官の真似事を仲間に強いてきた。
処刑されない代わりに、《加護》を与える役割を担うことになった。
それは、証紋契約によって縛られた制約だった。
目を閉じる。これまでのことを思い返していた。
◆
すべては、処刑台から逃れるための嘘だった。
あの日、サンガード皇国のサンブラント皇帝と、ネオネスと仲間たちは和平調停のために、開けた森の一角にいた。中立だったルベリア王国の立会いのもと、戦争は終わるはずだった。
だが、それに反対するルベリア王国の刺客と、エルフの森の反対派による襲撃があった。共に戦ったものの、皇帝は守れず、ネオネスたちは駆けつけた皇国騎士団に捕らえられた。
彼らから見たネオネスたちエルフは、皇帝を殺した仇だった。
仲間は捕まり、ネオネスも抵抗しない代わりに、サンガードに連れていかれた。
サンガードとエルフの森の争いは終わらず、そして、ルベリアとも戦争となった。
「仲間を殺さないでほしい。代わりに、サンルードの聖跡を聖域として祀り、《加護》を与える」
処刑されるはずだった。死を目前にした仲間を助けるため、ネオネスは、皇国の建国神話を利用した博打に出た。
初代皇帝サンブラントは、死した英雄サンルードの《加護》を継承した。ならば、その血を引く者がこのサンルードの聖跡で祈れば、再びその《英雄の加護》を授かる可能性がある。そうネオネスは嘘をついた。
この場所は――聖域であると。
実際にはサンルードが死んだ場所は、青き月に還れなかった魂を、命の神リヴィータが抄ったものだ。
命の神が触れた莫大な力が、そこに渦巻いていた。
それをサンブラントが触れ、《加護》やその力を手に入れた。
だから、サンルードの聖跡――聖域からは力が無くなっている。もう存在しないのだ。
ネオネスの権能でサンルードの血筋を識別し、仲間のエルフが《聖樹の恩恵》で身体強化の《加護》を付与する。それを、聖域の力だと信じ込ませた。
だが、このでたらめにブルード侯爵が飛びついた。
彼は血眼になってサンルードの系譜を探していた。後で調べて分かったことだが、聖人サンルードが実は放蕩者で、各地にその血を遺していたという。
その真実を知る彼は、サンルードの血を探すべく、ネオネスのこの識別する能力を必要としていたのだ。
聖域はない。聖域によるものだと誤認するように、ずっと立ち振る舞ってきた。
いつまで、この茶番を続ければいいのか――。
◆
廊下に足音が響き、執務室に女性が入ってきた。
「ネオネス、そろそろ時間よ」
目を開けて、声のほうをみた。神殿の受付をしているアスフィだった。
彼女の耳は人族と同じで丸い。だが、エルフの血を薄く持っている。
十数年間ともに歩んできた森の仲間だ。だから受付を任せられた。
この神殿は、入り口以外に扉がない。
扉を全て外されていた。密室を作らせないためだった。
「今日は次の人族で最後よ。あなたに声を掛けられたと言っていた」
「広場で会った赤髪の子だな」
「そう、真っ赤な髪で、あなたと同じくらい背があった」
「なら、間違いない」
そう言って笑った。
神殿の入り口から、礼拝所の広間に来るには、いくつかの小部屋を通る。
前の祈祷が終わるまでは小部屋で待機し、順番に進む。
待機室に赤髪の人族が入ってきた。間違いない、あの時の青年だ。
酔っ払いの冒険者に絡まれたが、手を差し出してきた人族だった。
若く、誠実で、有望そうな若者だったので、祈祷料をかなり下げた。
「あの子、サンルードの血なの? わざわざ声をかけたって」
「いや、まだ視ていないが、祈祷料は下げた。身なりは悪くなかったから、支払いできるかもと思ってな」
「……あなた、それで貴族に目を付けられたのに、懲りない人ね」
「生きていくために、必要な資金だからな」
仕方ないといった表情を浮かべたアスフィに、苦笑いをして答えた。
赤髪の青年は、まだ騎士ではないと言っていたが、握った手には剣に時間をかけていたのが分かった。
立ち姿も良かった。育ちがよさそうな雰囲気だった。
貴族か何かだったのだろう。
――銀貨三枚を集められたのか、大したものだ。
魔力を練り上げると、銀瞳がうっすら銀色に揺れた。
対象とした人物や魔物、固定物の簡単な映像として映し出される。
家族の情報も見ることができる。血統も《加護》もだ。
これは《加護》や祝福ではない。創造主からネオネスに与えられた《権能》だった。
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┃+ レンドル・ブレイズ(サンガード皇国) 17歳
┃
┃+ 父『ファレン・ブレイズ』(サンガード皇国・騎士爵)
┃ ファレンは自分の実父が竜眼のシュバーツだと知らされていない。
┃ 突きを得意とし、魔物討伐で武名を馳せる。
┃ 皇帝より騎士爵を下賜される。
┃ 父父『ギル・ブレイズ』(死)
┃ 父父父『ゼイル』(死)
┃ 父父母『ルルサ』(死)
┃ 父母『フラン・ラミル』(死)
┃ 父母父『ロベルト・ラミル』(死)
┃ 父母母『フローラ・グラル』(死)
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「ファレンは有名な剣士だ。レンドルは息子だったのか」
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┃+ 母『エルザ・ユルズ』(死)
┃ 母父『ヴァイス』(死)
┃ 母父父『サンルード・ヴォルテニア』(死)
┃ 母父母『ミリアレーネ・アズ=シルヴァン』(死)
┃ 母母『リンコ・ユルズ』 (神聖ヴォルテニア帝国)
┃ 母母父『モーリア』(大商人・死)
┃ 母母母『アプナ・ユルズ』(神聖ヴォルテニア帝国)
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「聖人サンルードの血――レンドルは自分が神聖ヴォルテニア帝国の王の直系だという事実を、知っているのだろうか」
「ん、シルヴァンのミリアレーネだと。あの娘の血か……。レンドルの耳が少し尖っていたのも、そういうことだったのか」
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┃+ 銀狼に母親を殺され、復讐の誓いを立てた。
┃+ 幼少期から剣技の訓練を受けてきた。
┃+ 正規訓練兵の中でも優秀な成績を収めている。
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「銀狼――アステリオの被害者か……」
レンドルにも色々と事情があるようだな。
サンルードの血脈ならば、《加護》の継承ができる。
丁度良かった。この後ブルード侯爵が来ることになっていた。
サンルードの血脈の話なのだろう。
あの男が来る理由は、いつもそれだ
「ネオネス……あの青年の案内は右の小部屋でいいの?」
しばらく、情報を辿っていると、思いのほか時間が経っていたようだ。
アスフィが、心配そうにこちらを見ている。
《加護》の祈祷は午前中のわずかな時間と定めている。あまり時間がない。
それ以上は負担がかかると、監視役の人族に説明をしていた。
「いや、中央の小部屋へ。私が祈祷場まで案内しよう」
――《加護》を与えよう。
広間の礼拝場には、三つの入り口がある。
最終的に、どれも祈祷場へ続いている。
どこから、《加護》を与える偽装のことが漏れるか分からない。
執務室に籠らず、神官の補佐にいそしむ小細工を欠かさなかった。
中央の小部屋に案内したレンドルに、声をかけた。
やがて、赤髪の青年は《加護》を得た。
それも、初めて見る《加護》だった。




