第80話 夕日の沈む死者の国 14 ―― 恋物語の姫と騎士
会議室に、ラクロアンの代表と、ジーク、そして、黄金蛇鱗騎士団の副団長が揃った。
「要塞の地下への通路は複数ある。すべて同じ坑道につながっている」
黄金蛇鱗騎士団のマクネス副団長は、グリフォート騎士団長の問いに、素直に答えた。
その見返りとして、彼が提示した条件は、黄金蛇鱗騎士団の無条件解放。
捕虜、奴隷を除く全員を武装解除したうえでの解放。
黄金騎士の亡骸の無条件譲渡。
また、黄金騎士が使用していた武具、大槍の返還だった。
当然、商人たちからは反対の声が上がった。身ぐるみをはいで、武具もすべて徴収すべきだと。
騎士団長は商人たちのその要求を飲む代わりに、戦後の様々な資金の協力を彼らに求めた。
結局、装備は全て徴収することで、マクネス副団長は合意した。
吹っかけてみただけだと、マクネスはそう言って笑った。
僅か五分ほどの話し合いで終わった。
そして、要塞からの撤退に異を唱えた人物が、もう一人いた。
ラクロアンの盟主ラクアが重傷のため、臨時の代表がここに呼ばれていた。
多国間の協力で成り立つラクロアン。その小国の一つ、アイアンロック王国の代理人でもある。
自ら紹介したので、そうなのだろう。
豊かな鉄鉱脈が広がるその国は、もともと周辺国をまとめていたゴト王国の一部だったが、圧政に苦しみ、独立した歴史を持つ。
この国で採掘できる鉄は質がよく、サンガード皇国への流通量もかなり多い。海路で皇国に運ばれてくるらしい。
幼馴染の船員フォルロが、そんな外国の事情をよく教えてくれたものだ。
それが楽しくてレンドルも色々と質問をしていた。
その代理人は、宮廷魔術師のロズベルグ・アシュロハイトと名乗った。伯爵の地位にある男だ。
「ラクロアンは、要塞に留まりますよ」
物腰静かに伯爵が言った。赤を基調とした魔術師の装いに、優雅な装飾が施されている。一見しただけで、彼の地位の高さをうかがい知れた。
「要塞に残るなど、宮廷魔術師の言葉とは思えませんな。凄まじい数の屍人に囲まれている」
騎士団長が、冷ややかな目で厳しく批判した。
「この要塞をサンガードが放棄するなら、ラクロアンがそのまま使わせてもらいますよ」
「放棄ではない。一時撤退だ。なぜラクロアンに無償で譲渡する話になる」
「皇国がいない間に、ルベリアが取り戻しにくるかもしれません。折角手に入れた要塞を、また渡すのですか」
「軍を残したとて、ルベリアの本戦力がくれば、どのみち要塞は落ちる。要塞を攻め落とすまでの時間が多少伸びるだけだ。屍人との戦闘で、我々の戦力はさらに少ないのだからな」
「では、領有権を放棄しないのであれば、軍の一部を残せばよろしい。我々ラクロアンの軍と同じ程度には残さねば、あぶないでしょうな」
伯爵の言う「あぶない」という言葉は穏やかな言い方だが、皇国が少ない兵力を残すなら、そのまま制圧するという意味にも聞こえた。同盟を結ぶかもしれない相手に対して、なかなか強烈な脅しをかけていた。
商人たちから、皇国も軍を残すべきだと声が上がった。要塞にも商会の拠点を作ることはできるし、そのために、この戦に資金を投入してきていたのだから。
「ラクロアンは、儂を脅す気か」
「とんでもない。誤解ですよ。ラクロアンが取り返しに来た時の話です」
「軍を分断すれば、それこそルベリアに攻め込まれる。愚策でしかない」
騎士団長の声は静かだが、この伯爵の言葉を真っ向から否定していた。ジュカの治療のお陰だろう。顔色は悪くない。身体の心配はなさそうに見えた。
それにしても、伯爵は相手を苛立たせることに長けているようだった。ぎりぎりの言い回しが鼻につく。この人物のやり方なのだろうか。
「いいだろう。ラクロアン軍が要塞に残るなら、好きにしろ」
「ほう! よろしいのですか」
「要塞の食料は全て焼き払う。現時点では要塞の領有権は皇国のものだからな。そのあと皇国が離れる。自由にしろ」
「なんと……。これから同盟を結ぼうと言う相手に対する仕打ちがこれか」
「何を言う。同盟はもともとの約束だ。そもそも、ラクロアンが、この要塞の攻略に乗って来ただけのことだ。コルタナ要塞はいらない。援軍は送る。その代わりに、一緒にルベリアの領土を割譲しようとな」
騎士団長も、相当な人物だった。食料がない状態で何日も持つわけがない。外には屍人がいるのだ。水や食料を補給する前に飢えて屍人になるだけだ。
もし、外の屍人が掃討できても、ルベリア軍が包囲しにきたら、それこそ終わる。
「どうやら、要塞は諦めねばなりませんか。では、氷の門を塞ぐ魔法使いについても、話をしましょう。正式に彼女を返していただきたい」
レンドルが、銀髪のエルフに視線を向けると、一瞬だけ彼女と目線が交わったが、ジークはすぐに視線を落とした。外套の端を強く握りしめて、しわを作っているのが見えた。
レンドルが伯爵に身体を向けると、この男がジークを見ていることに気づいた。
「ふう、なるほど」
口元に手を当てて何かを呟き、考えているようだった。口を隠すようにしていたので、レンドルの耳には届かなかった。
ロズベルグが彼女を見ていることに、何となく嫌な気分になった。そこで、レンドルは一歩前に出た。
伯爵がそれに気づくと、レンドルの方を向き、にこやかに微笑んだ。
本部会議に呼ばれた理由は、ジークの引渡しについてだった。一番自分に関係のある話だった。ジークはこの男と話をするのを拒んでいるように見えた。
「ジークは自分の意思で、ラクロアンを離れた。返すも何もない」
「赤髪の騎士。あなたが黄金騎士を倒した――レンドル殿ですな」
短く鋭く「そうだ」とレンドルは答えた。突き放すつもりで言葉を返した。
「聞きましたよ。ジーク殿の手を引いて連れ去ったそうですね」
目の前の男は、わざとらしく大げさにため息をついた。その様子に、思わず拳を握りしめた。
「姫を救った騎士気取りですか。恋物語の登場人物になったつもりですかな?」
本当に人を苛立たせるのが上手かった。




