第79話 夕日の沈む死者の国 13 ―― 女商人ペルギア
石造りの部屋は広いが、大勢が集まるとさすがに狭く感じた。
それは、屍人に囲まれた要塞の中に、さらに閉じ込められているからだろう。
この部屋の扉は、突入したときに破壊されたのか、なくなっていた。おそらく木製で、屍人を焼くための薪として使われたのだろう。
時折吹く風が外の空気を運んでくるが、浄化された死体が焼かれたような焦げた匂いがする。そこへさらに、血の鉄錆の匂いが混じっていた。
「そうだ。地下の坑道に続く道があった。だが、その道は外から崩されたのか、もう通れんのだ」
騎士団長が、ため息交じりに答える。それはすでに試したと言わんばかりの口ぶりだった。
それを話さなかったのは、希望がないことを伝えたくなかったのかもしれない。
こんな時こそ父は情報を集めていた。どんな小さなことでも利用しようと動く父の姿を、何度も見てきた。
教会の神父を抱き込んで、討ち入る奴隷商人の屋敷の見取り図を手に入れるような、奇抜な発想の持ち主だった。自分たちが知らないなら、知ってそうな奴を利用する。冒険者の心得だと、父は笑っていた。
「黄金蛇鱗騎士団に話を聞いてみませんか」
「なぜだ?」
「塞がった道以外にも、別の抜け道があるかもしれません。捕虜にした騎士団の連中だって、このまま屍人に殺されたくはないはずです。もともと、この要塞に駐屯していた騎士団ですから、何かしら情報を持っているかもしれません」
レンドルの言葉に、会議室の空気がわずかに動いた。
「それに、この要塞は何度も改築されていると兵学院で聞きました。たしかに城壁の作りも粗かった。だから、抜け道も簡単に崩すことができた。それなら、複数あってもおかしくないはずです」
騎士団長は小さく頷きながら、レンドルの言葉に耳を傾けていた。
商人たちが声を潜めて、何かを話している。耳のいいレンドルにも聞こえないほどの声だ。
抜け道があった場合の、次にとる算段でも囁いているのだろうか。
「それに、屍人となった黄金騎士が城壁にぶつかったときも、結構崩れていました」
鎧を着ていなかった。ジークの氷魔法で転んでいた。勢いは落ちたはずなのに、壁は大きく崩れた。
「崩れやすい道だけ一つ潰して終わり、というわけではあるまい。他にもありそうだな」
騎士団長が感心したように頷いている。何か考えがあるようだった。
「その黄金騎士の遺体をルベリア王国に返すことも考えなければな。やつらも、協力的になるかもしれん」
ヘルダイン大隊長が、提案に乗るように身を乗り出した。
「証紋官もいますしな。証紋契約を結べば、奴らにとっても信用に足る担保になるはずだ」
その言葉を聞いて、グリフォート団長は間髪入れずに声を上げた。
「副団長は生きていたな。ここに連れてこい」
それと、と騎士団長が続けた。
「ジーク殿をここに。ラクロアンの代表代理もだ」
伝令が走った。会議室にわずかな希望の光が差したように、声があちこちで聞こえ出した。
ジークも呼ばれたのは、ラクロアンとの諍いの件だろう。
「赤髪の青年、レンドルと言ったな。なかなか見どころがあるじゃないか」
女商人が、値踏みするような鋭い目でレンドルに近づいてきた。
「私はペルギア。名前の通りの商会を営んでいる」
「ペルギア商会?」
「そうだ。私は主に金融商品を扱っている。ところで、どこかで会った気がするが」
「いや。はじめてだと思う」
「ふむ。では、父の名を聞いても?」
「ファレン・ブレイズ騎士爵」
「ああ、ファレン殿だったか。髪色は違うが、顔立ちは確かに似ている」
どこかで聞いた言葉だった。自分でも確かに父と顔の作りは似てきているとは思っていた。ただ髪と眼の色は母親譲りだ。人は、顔よりも髪の色で判断するだろうか。
でもそうか、よく赤髪と呼ばれる。珍しいわけでもないが、他の赤い髪より、少し明るい気がする。太陽の光に当たると、より一層目立つ。それが特徴的なのか。
ペルギアは、レンドルの耳元に顔を近づけてきた。香水の香りが、すぐ近くで漂った。レンドルは思わず魔力を全身に流し、鞘に手を掛けた。
ペルギアが、小声で囁いた。
「ファレン殿は、私の客だ」
ああ、なるほど。父はペルギア商会から金を借りていたのか。それなら、商人同士の交渉見学で見たことがあったかもしれない。
ペルギアは顔を離すと、口元に笑みを浮かべた。
「何度か依頼をお願いしたのよ」
父への個人依頼のことだ。誰かは知らないが、借金を踏み倒したか、あるいはこの商人の命を狙った奴がいたのだろう。踏み倒した程度で、父を呼ぶとは思えない。やはり後者だろう。
彼女は、麗しい雰囲気を持っていた。
そして、まるで蛇のように体に巻き付いてくるような、艶めかしさも持ち合わせていた。
美しい女性は歓迎したいが、レンドルは本能的な怖さを感じて、あまり近づきたくはなかった。
そんなレンドルの警戒をよそに、ペルギアは首を傾げながら、妖艶に微笑んでいた。




