第78話 夕日の沈む死者の国 12 ―― 脱出への道
炎に包まれた巨人族の屍人を討ち取った後、レンドルは急遽作られた中層回廊の皇国本部へと向かった。
石造りの広い部屋には、重苦しい空気が澱んでいた。中央の長机を囲むように、騎士団長のほか、諸侯や身なりからして貴族とわかる者たちが集まっていた。
その周りには、大隊長や中隊長といった指揮官クラスの顔ぶれも揃っていた。そして異質なのが、豪奢な上着に羽根突き帽子を被った商人が数名混ざっていることだった。
この場にいる小隊長は、レンドルだけだった。
元々中隊長以上の顔ぶれが集まる会議に、レンドルは招集されるような立場ではなかった。黄金騎士の打倒と、ラクロアンとの諍いを原因として、今回の会議に呼び出されたのだ。
レンドルの元に伝令が訪れ、急いで本部に駆けつけると、騎士団長から会議に呼ばれた理由を告げられた。皆が集まる数分前のことだった。
商人たちへの状況説明をノックス大隊長が行い、一通り終わったところで、商人の一人が質問を始めた。
「つまり、我々は、この要塞に閉じ込められているというわけね」
沈黙を破り、口火を切ったのは黄色い羽根突き帽子をかぶった女商人だった。戦場には不釣り合いなほど身綺麗な恰好をしているが、苛立たしげに腕を組んでいる。ほかの商人たちも、派手な上着を羽織っていたり、装飾品を身に着けていたりと、一目でそれとわかる装いだった。
「門を閉ざして籠城するのではなく、外の屍人を迎え撃てばよいのでは?」
「それは、ルベリアとの戦が終わったばかりの我々に死ねということか?」
大隊長のヘルダインが、低く威圧的な声で答えた。彼は見事な大盾兵を運用し、あの苛烈な弓の嵐の中を突破した指揮官だ。その甲冑には無数の傷が刻まれ、顔には疲労と怒りが色濃く滲んでいる。
「それが、あなたがた武人の仕事でしょう?」
白けた眼を向けながら、女商人が反論した。その様子を、レンドルは冷めた目で見ていた。戦は終わったはずだ。これから戦う相手は、いわば魔物の類だ。この戦争の契約にはないことを、武人の仕事として片づけられても困る。
「商人風情が、誰に向かって口を利いている。お前たちなど戦争がなければ、なんら平民と変わらんぞ」
「その商人風情に戦の資金を請うたのが、サンガード皇国でしょう。誰のおかげで、ルベリアに遠征できたのか、少しは考えて口を開いてもらいたいものね。ヘルダイン大隊長が、私の商会に対して、侮辱の言葉を吐くのであれば、今後の関係も見直さないといけませんわね」
商人は鼻で笑い、まったく引く様子を見せない。大隊長の威圧的な視線は、商人の女には通じていないようだ。
「それにしても、こんな人数を集めて、威圧的に物事を進めるつもりとは。軍とはかくも怖いものですね」
まったくたじろいだ様子もなければ、恐れも微塵も感じさせなかった。随分と肝の据わった女商人だ。戦場に足を運んでくるくらいだから、それなりの覚悟はあるのだろう。そもそも、なんで商人がいるのかわからないが、商売になるから、いると思うことにした。
「それに、出立したときとは随分と顔ぶれが違いますわね。指揮官が大勢死んだのね。そうなると、戦後補償も大変そうに思えますわ。お金って、生きてるときも、死んだときもかかるのよね」
皇国軍のつわものたちを見回すと、さらに女商人は続けた。
「戦後処理にも時間がかかりますし、次のルベリア王都への進軍も、ままならないのでは?」
ほかの商人からも同調する声が上がった。
「聞けば、ラクロアンとの同盟も締結できるか怪しいものだと」
その言葉を受けて、武人たちの間には、一気にざわめきと殺気が広がった。明らかに表情を硬くする者、激昂して剣の柄に手をかける者など様々だ。要は図星なのだ。商人たちは、武人たちの痛いところを何の遠慮もなく踏み躙っていた。
「それに、その赤髪はなんだ? そんな若造が、こんな大事な会議に出てくるとは、随分と皇国軍は人材不足と見える」
別の商人だ。赤い羽根突き帽子を被った男が、あからさまな侮蔑の視線をレンドルに向けてきた。
「口を慎め。この戦の一番の功労者だ。その若造が、黄金騎士を倒したのだ」
ヘルダインが、商人たちを鋭く睨み据えた。
その言葉に、商人たちが一斉にレンドルへ驚きの眼を向けた。
「なんと? 若い騎士とは聞いていたが、お前がそうなのか」
レンドルが、上官である騎士団長に一度視線を向けると、グリフォートは静かに口を開いた。
「レンドル百人長だ。この戦の終結の楔となった若者だ。儂から諸君らにも紹介をしたくて呼んだのだ」
「そうか。お前がラクロアン軍の邪魔をしたという男か」
赤い羽根突き帽子の商人が、忌々しげに顔をしかめる。会議に呼ばれた理由である、ラクロアンとの諍いのことだ。
「お前がエルフの魔法使いを連れ出したおかげで、ラクア殿が重傷を負ったのだ。そのせいで、同盟が破綻寸前だ。私の商会の大きな利益が、無駄になるところだ」
男は憎々しげにレンドルを睨みつけた。
「いいか、同盟が成されなければ、ラクロアンと陸路での商売ができんのだ。それに、東の国ともだ。余計なことをしてくれたな。剣の才能があろうが、商売の邪魔をする奴は許せん。まったく、どうしてくれる」
理不尽な言いがかりに、レンドルは短く息を吐いた。
「俺は命を狙われた。殺されればよかったとでもいうのか。エルフは関係ないだろ。海路を使えばいいだけだ。つまり、あんたの商売の才能の話だ」
レンドルは苛立っていた。自分だって、死ぬかもしれなかったのだ。思わず悪態をついた。
「な、なんだと貴様。海路を使うには、皇国で何年も商売をしなければ許可が出んのだ」
「なら、時間の話だ。俺には関係ない。文句があるなら、ラクロアンに言え。エルフの女が一人いるかいないかで、生死にかかわる程度の同盟だ。文句を言うような奴らに、あんたが賭けて負けただけだ。賭けの才能もないんだろ」
自分でも驚くほど饒舌に言葉が溢れ出た。商人は、唇を震わせながら、むっとした表情で言葉を詰まらせていた。
不思議だ。加護を得てから、随分と頭が回るようになった気がする。それとも、魔力制御のお陰なのか。
「レンドル百人長。その辺にしておけ。お前が戦う相手は、商人ではない」
激昂する商人を遮るように、騎士団長が静かに、だが重みのある声で諫めた。
「どのみち、この要塞から出なければ、皆死ぬ。食料も限られている。外からの補給も期待できる状況ではない。商人諸君に集まってもらったのは、この絶望的な現状を伝えるべきだという儂の判断だ。金勘定にも必要だろう」
騎士団長の言葉は重い。事態は深刻だった。
「グリフォート騎士団長。他の要塞の門は使えないのですか」
ヘルダイン大隊長が問いかけると、騎士団長は重々しく頷いた。
「他の門も屍人が集まっていると報告を受けている。数えきれないほどだ。すでに滅びた古い国の戦士までいるようだ」
コルタナ要塞の周辺にはかつて国があったが、どれも滅んでいる。その時の亡骸まで屍人となって立ち上がっているとなると、事態はさらに深刻だった。いや、肉はとうに朽ちているはずだ。魂を求めるだけの骸骨まで混ざっているということか。
長い沈黙が続いた。重い空気が部屋に垂れ込めていた。
だが、レンドルの頭の中には、一つの活路が浮かんでいた。
黄金蛇鱗騎士団が現れたとき、仲間のタタが口にしていた。
本部の建物は、外につながっているということだ。
レンドルは、一歩進み出た。乾いた革鎧が軋んだ。
「騎士団長」
レンドルの呼びかけに、グリフォート団長が頷く。
「こんな状況だ。遠慮はいらん、自由に発言するがよい」
レンドルは、この騎士団長のそういうところを気に入っていた。軍人らしさの中に垣間見えるその柔軟さが、皇国を強くしたのだろう。でなければ、兵学院や騎士院のような教育機関を作ろうとは思うまい。
「本部の建物は、外につながっているはずです」
この場にいる全員が、レンドルが口にした言葉に驚いたように顔を見合わせた。
「でなければ、あの建物にあれだけの騎士たちがいたとは考えられません」
地下通路の存在を、レンドルは確かめずにはいられなかった。
「黄金蛇鱗騎士団は、地下を通って来たのでは?」




