第75話 夕日の沈む死者の国 9 ―― 積まれた油樽
油樽を運ぶ兵士たちが、次々と目の前に積み上げていく。
いつの間にか、灰兎族のタタも樽を運んできていた。微かに魔力を感じるので身体強化をしているのだろう。小柄でも力がある。
「隊長と副官のせいで、この油樽が燃えそうなんだけど」
サナロアは、タタの軽口に一言も返すことができなくなっていた。
「タタ、大丈夫か。すまなかったな。ラクアは、なんていうか危険な奴だった」
「うんうん、大丈夫。それにしても、ジュカの治癒はすごかったよ」
タタを治してくれたのは、ジュカだった。会う約束をしていたし、精霊のことも聞いてみたい。ロープを掴んだ左手がまったく問題なかったことも、感謝を伝えたかった。
「それで、この油樽、どうするの? これ、燃えやすいから危ないんだよね」
タタは、両手を腰にやって積み上げられていく油樽を見上げた。
篝火もたくさん焚いているし、確かに火が付いたら危険だった。
「さっき屍人燃やすのに使ったんだけど、すごい勢いで燃えるんだよ」
タタの言葉に、レンドルは頷いた。
「それはいいな。城壁の外にいる巨人を燃やすんだ」
「やっぱり、あの傭兵も蘇ったんだね」
「ああ。それに潰したはずの両目が治ってた。タタが言ってた通り、加護の力だと思う」
「自分自身を再生する加護ってことだね。レンドルが階段から落として倒せたのは、運が良かった」
その通りだ。運が良かった。再生する力を使う前に、階段から落として倒せた。そうでなければ、叩き潰されていたに違いない。
「その再生する力は随分強力だね。もしかしたら、燃えながらでも治るかもしれないよ。燃えやすいけど、油は足りなくなるんじゃない」
言われるまで気づかなかったが、確かにそうだった。潰した眼すら治るほどの再生力がある。燃えながらでも再生してしまうかもしれない。
「まだ油樽はある。全部持ってこさせよう」
サナロアが、兵士たちに素早く指示を出した。積み上げられた油樽は十を超えている。これだけあっても、レンドルは不安をぬぐえなかった。
「屍人になった黄金騎士は、首を落として倒した。もし燃やしても再生するなら、巨人族の首も落とすしかない」
レンドルは、ゆっくりと立ち上がり、腰の長剣を確かめるように柄に左手を乗せた。
サナロアがレンドルに向かって、ため息交じりに呆れたような声を出した。
「あの巨人族の首を落とすなんて、できる気がしないぞ」
立ち上がった巨人には、そもそも剣が届かない。そして魔力防御もある。あの太い首を斬るにはどうしたらいいのだろう。
城壁通路に首を出してきたときに斬る。登っている最中に首を斬る。それくらいしか思いつかないが、レンドルは心の中で頭を抱えていた。
そして、レンドルは自分自身で少し驚いた。あの巨人族の男が、城壁を登って来ると思っていることに。
「この高さだしさ。要塞に入ってこれないなら、ほっといてもいいと思うな」
タタの言葉に賛成だ。下手に手を出したら、こちらが殺される可能性だってあるのだから。
その矢先だった。城壁通路の下から黒い影が上空に飛ぶと、嫌な音と共に、通路に落ちた。それは、すぐに立ち上がった。巨人が投げつけた屍人以外考えられない。
風のように距離を詰めたサナロアが、素早く切り伏せる。レンドルより早く剣を抜いていた。タタを見ると、短剣に手が掛かっていた。二人は目が合うと、思わず吹き出しそうになった。あまりにも早すぎた。
彼女の反応速度は尋常じゃない。魔力は感じなかった。なのに身体強化をしたかのような速さだった。判断力の速さが、彼女の持ち味なのだとレンドルは思った。
「サナロアの結婚相手は大変だと思うな。絶対に頭が上がらないよ」
そう言ってタタは耳を揺らすと、レンドルを見て笑った。
だが、レンドルはすぐに意識を外に向けた。この高さでも、投げつけて届いたのだ。レンドルは城壁の外を覗いた。青き月と反対側の城壁には、もう光がなかった。
「急いで壁に油を流してくれ!」
レンドルが兵士たちに叫ぶ。タタたちは素早く動き出し、城壁に沿って油を流した。
篝火から、一つ木材を手に取ると、レンドルは油に火を付けた。確かに勢いよく燃える。熱風が頬を撫でた。
火が空に上りながら、城壁を伝っていく。暗闇の中、巨人族の両目が赤く光る。そして、火に照らされた巨人族の傭兵の手が見えた。すでに、城壁を登り始めていた。




