第73話 夕日の沈む死者の国 7 ―― 作戦会議
巨人族の男が棍棒を投げつけてきた。世界が、レンドルよりも遅く動いているように感じられた。
跳躍してその棍棒を躱し、城壁を走りながら門までたどり着く。城門から飛びかかって来る屍人を瞬時に斬り落とした。
こんなことができるのも、身体強化魔法のお陰だ。使えば使うほど、効率よく魔力を流せるようになってきていた。
そのまま要塞の外を見ると、暗がりの中うっすら人影が見える。夕日の沈んだ方向には、あと十数メートルのところまで、死者の大群が迫っていた。死者の国コルタナか。地図が書き換わるなと、思わずそんな冗談を思い浮かべた。
ドォン、ドォンと地響きがする。レンドルが振り返ると、巨人族の男が追いかけてきていた。迷わず門を潜り抜け、城壁に沿って死者たちから離れるように走り出した。身体強化したレンドルのほうが、彼らよりも早い。
巨人族の男がかがみながら、門を潜り抜けたのが見えた。こちらを睨みつけると、残ったもう一つの棍棒を投げてきた。レンドルはすぐにかがんだ。頭上をかすめて棍棒が転がっていった。狙いは外れたが、投げるのは得意なようだ。そういえば、《角牛飛ばし》の二つ名をもつ傭兵だった。この要塞に角牛はいないが、投げても減らない屍人たちがいる。そのうち、レンドルの周りには、屍人の山ができあがるだろうことは、想像に難くなかった。
「下手くそ! 全く当たらないぞ! こっちに来い!」
巨人族の傭兵が、人族の言葉を理解しているからこそ、挑発は功を奏した。巨人がまた咆哮を上げた。怒りの色が声に乗っている。
屍人たちが、レンドルに向かって殺到する。命の匂いでも感じているのだろうか。屍人同士は襲わない理由もきっとあるのだろう。ただ、仲間になろうとは微塵も思わなかった。すると巨人はその屍人を掴んで、こちらに向かって投げつけてきた。
何体も掴んでは投げつける。屍人は地面に打ち付けられて、そのまま動かなくなった。バラバラになった死体が、次々とレンドルの目の前に転がってくる。生前の悪臭が再び蘇る。鼻を摘まみながら、レンドルはさらに速度を上げた。今はまだ追いつかれないが、監視塔の近くの城壁を登る時が一番危ない。
レンドルは、巨人族と屍人たちとの距離を少しでも離そうと、さらに力強く踏み込んだ。
「レンドル!」
城壁通路からサナロアの声だ。屍人たちのうめき声の中でも、よく通る凛とした声だ。そして、自分の耳がいいことを、両親に感謝した。
「サナロア! 油だ! 俺が登ったら、あいつを燃やすぞ!」
一瞬の間があった。レンドルは飛んでくる死体を見ながら、監視塔の方へと向かった。
そうだ、ロープか何かを頼むべきだった。そうすれば、より素早く登れるはずだ。
「わかった! 屍人が近い! ロープも下ろすぞ!」
すると、サナロアの声が再び響いた。その的確な状況判断に、レンドルは胸中で舌を巻く。言葉を尽くさずとも、彼女は全て分かっていた。戦場の一角で交わされた、ごく短い作戦会議はこれで終わりだ。
レンドルの目の前には、灰兎族の男と仲良く登った監視塔が見えてきていた。背後からは、うめき声と巨人族が大地を揺らす音が耳に届く。追いかけっこは、もういいだろう。
「冷えてない油樽を奢ってやるからな」
要塞の外にはレンドルしかいない。誰も聞いてなくてもいい。軽口を叩くのを忘れない。喧嘩屋ベックは、いいことを教えてくれた。思わず笑みがこぼれる。彼には、冷えた酒を奢ろうと思った。
戦場で冗談を言えるやつは、生き残れるんだ。




