表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第2章 銀髪の少女と閃光
77/83

第72話 夕日の沈む死者の国 6 ―― 誘いの言葉

 ラクロアンの英雄は、巨人族の拳で吹き飛ばされた。


「これで、護衛の心配はなくなったのかな」


 レンドルは、無理にでも軽口を言った。だが、本心からそう思っているわけではない。ラクアたちと戦えばよかったと、心の中では思っていた。


 吹き飛ばされたラクアは、微塵も動かなかった。レンドルもそうなるかもしれないと思うと、背筋が凍る思いだった。


「あんなの食らったら死ぬぞ」


 ダロムが静かに答えた。すると、吹き飛ばされて動かなくなったラクアの元に、髪の長いエルフの女性の姿があった。淡い光がラクアを包むと、一瞬、あの男の腕が動いたように見えた。


「あれは治癒魔法だ。生きてるのか!」


 レンドルは驚き、あの治癒士が誰なのか隣のジークに尋ねた。


「アルティド。エルフ保護区で育った、まだ若いエルフだけど、治癒士見習いの子よ」


 あの治癒をしているエルフは、まだ小さい少女のように見えた。ジークは氷魔法の使い手だ。なら、騎士団長の甥を殺したというのは、あのエルフの治癒士なのだろうか。とてもそうは思えなかった。


「保護区?」


 レンドルは聞きなれない言葉を、素直にジークに尋ねた。


「ラクロアンの中にあるの。戦争孤児だったり、大怪我をして動けないエルフ達が大勢いる」


 初めて知った。そんなものがあるなんて、聞いたことがなかった。

 しかし、ジークの言葉は事実だろう。理由は不明だが、彼女はラクロアンにいたのだから。


「それよりも、あの巨人をどうにかしないと」


 戦意を失ったとはいえ、ラクロアンの騎士たちはラクアを守るため、必死にあの巨人の攻撃を凌いでいた。だが、時間の問題のように思えた。


「ドコダ……ドコダ……!」


 何かを探している。人族の言葉を話していた。聞き間違いじゃなかった。巨人族は普段どんな言葉をしゃべるのだろうと興味が湧いた。雇われ傭兵になるくらいだ。人族の言葉が話せても不思議じゃない。ましてや長命の種族なら、尚のことだ。多種族の言葉を理解する時間は十分にある。


「……ア…カ…ガミ」


 恐ろしかった。巨人族の片言は確かに赤髪と呼んでいた。探しているのは、間違いなくレンドルのことだ。


 あの巨人と戦っているときには、ヘルムを被っていたはずなのに。もしかしたら、階段から落ちた直後は生きていたのかもしれない。赤髪のレンドルと、みんなが叫んでいた。それを聞いたまま永遠の眠りについた。だとしたら、顔も知らなくても、自分を倒したのが赤髪だと認識できる。あれだけ頑丈なら、そうだったとしてもおかしくない。


 ラクロアンの騎士たちが薙ぎ払われた。集団で固まっていたところを、狙われたのか。


「俺たちも距離を取ってたほうがいいな」


 レンドルの言葉に、ダロムとザッサは距離を取った。自分たちも集団で固まっていたら、棍棒に薙ぎ払われて終わってしまう。

 その時、巨人族の男が深くかがみ込むと、一気に飛び跳ねた。


「なにぃ!」


 ダロムが叫んだ。巨人はザッサの方に、文字通り飛び込んでいった。ザッサが回避しようとしたところに、両手で持った棍棒を叩きつけた。彼はなんとか転がりながら避けた。すかさずダロムが巨人族の背後に近づき斬りつけようとするが、巨人が棍棒を背中側に振り回すと、ダロムは急停止した。背中側まで腕が伸びてきた。随分と柔らかい体をしていて驚いた。


 巨人族は人族と違ってあまり知能が高くなく、単純なことしか考えない。服を作る手先の器用さも、文字も、金銭の概念もない――父の仕事の付き添いで、酒に酔った冒険者がそう語っていたのを思い出した。東の国に行ったこともあると言っていた。ただ、そんな腕も知識もあるようには見えなかった。だから話半分に聞いていた。


 本当にそうなのか。あの巨人が得た加護は、祈祷をしなければ得られないはずだ。祈りができるということは、知能は低いどころか、賢い種族の可能性すらある。あの巨人に見合うような鎧も服も、人族が作れるかだって怪しい。


 ジュカを追って他の国から来たのだから、ルベリア王国への地図も見られる。傭兵はお金の計算ができなければ、まともな生活も送れない。稼ぎがあるから、あの巨躯でも食べるに困らない。レンドルは、とんでもない思い違いをしていたと確信した。


 階段の上で効率よく皇国兵を落としていたのは、指示された戦術を理解し、戦い方を知っていたからではないか。剣技に頼る必要のない膂力があれば十分なはずだ。現に英雄ラクアを倒しているのが、その証拠だ。


 思い返せば、レンドルが投げた槍を、丸太を突き出して受け止めるなんて、到底真似はできっこない。あれは防御と攻撃を同時に行った高度な棍棒術だったと、今になって理解した。


 それに、屍人たちは異様な速さと跳躍力だったのを忘れていた。

 あの巨人も屍人なのだから、同じように動けるはずだ。それを理解しているからこそ、跳躍して遠距離から攻撃しようとしたのだ。


 なぜ気が付かなかった。声に出して注意を促せたはずだ。あの護衛騎士たちも、屍人と要塞内で戦っていたのだから、同じ事実に思い至ってもおかしくなかった。だが、誰もが疑うことなく、悠長に構えてしまっていた。あの巨体では飛んでこないと勝手に思い込んでいた。


 戦い方を切り替えないと全滅する。生前よりも、身体能力が上がっている。


 あの男は傭兵なのだ。契約が交わされていたということだ。契約の概念を知っていた。知能が低いなんてとんでもないことだ。


 レンドルは、考えを改めた。目の前に立つは、この要塞随一の強者――戦を知り尽くした、歴戦の戦士に他ならない。


「ジーク。俺が巨人を引き付ける。要塞の外に誘導するから、その間に氷で門を塞いでくれ」


「要塞の外にって、屍人がたくさんいるのよ、死ぬ気なの!?」


 誰もがそう思うはずだ。外に行ったら死者の大群に囲まれてしまう。逃げ場などない。


「大丈夫、すぐ戻るよ。城壁を登るんだ」


「そんなこと、できるわけないじゃない! どれだけ高いと思ってるの!」


 彼女が驚く姿は新鮮だった。色々なことを知っている彼女が、知らないことだってある。それが少し愉快に思えた。


「意外と登りやすいんだよ」


 ジークの顔から生気が消えた。彼女が怒るのも無理はなかった。こんな高いところを素手で登れる人間などいるはずがない。さすがの彼女も、そんなことができるはずがないと思ったのだろう。


「今度、ジークにも登り方を教えてあげるよ」


「高いところは、好きだけど……」


「凄い高いから、デーン王国の黄竜花(こうりゅうか)だって見えるさ」


「それ、一緒に見ようってこと? デーン王国だと『一生、僕があなたを守ります』っていう婚約の誓いなんだけど。私たちって会ったばかりなのに、素敵なお誘いね」


 なんてことだ。恋物語なんて読んでいなかった。サナロアも教えてくれなかった。知らずとはいえ、婚約の誓いを口にしていた。物語に登場するような情緒的なことは、現実にはありえないことだと思っていた。レンドルはどうしたらいいか分からず、言葉に詰まってしまった。


「誰かから聞いた話? 歴史って難しいから、冒険譚や恋物語になるのよ。どうせ読んでないでしょ」


 表情が引きつったレンドルをよそに、ジークは楽しそうに、クスリと笑った。


「でも、本当に登れるの?」


「この城壁はもう登った」


 そう言って、レンドルは腰に差していたナイフを一つ手に取った。


 タタと一緒に登った時は難なく登れた。滑らかに作られているように見えた監視塔よりも、城壁のほうがごつごつしていて、作りが粗い。監視塔よりも登りやすそうだ。


 レンドルは、後退するダロムの方に向かって駆けだした。ダロムが距離を取るのと入れ替わりに、レンドルは巨人族の目の前に立つと、手に持っていたナイフを、巨人族の顔に向かって投げつけた。


 巨人族の男は、腕を曲げてそれを難なく防いだ。魔力防御をしていても、顔に向かってくるナイフは弾くようだ。生前のことを思い出して防いだのかもしれない。


 そういえば、どうしてタタの短剣は、巨人族の目に刺さったのだろう。魔力防御をしていた巨人族の目に刺さるとは思えなかった。灰兎族のタタも、何かをしたのか。魔力を込めた短剣を投げたのか。黄金騎士の大槍は、手が離れても魔力を纏っていた。


 そして、鎮魂の風(まぬけヅラ)のような、魔力を斬り裂く剣や、ジークの氷の剣のような魔法を使ったのかもしれない。


 レンドル自身も、黄金騎士の魔力を斬り裂いて両手を落とした。怒りに身を任せて、どうやったか今でも思い出せないが、魔力防御も万全ではないということだ。


「また両目を塞いでやるぞ! かかってこい!」


 巨人族の男を誘うと、男の表情が歪んだ。激昂した男は棍棒を手に、こちら一直線に突進してくる。この誘いは、婚約の誓いではなく、ただの挑発だったようだ。


「アァァアアカガミィ!」


 完全にレンドルに狙いを定めたようだ。狙い通りだ。それを確認すると、レンドルは門に向かって駆けだした。身体強化をかけながら、ゆっくりと魔力を眼に集中する。


 レンドルの世界が徐々に速度を落としていく。


 視界の端には巨人族の男が、棍棒を振り上げているのが見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ