第69話 夕日の沈む死者の国 3 ―― 黄金騎士は二度死ぬ
黄金の蛇鱗をいただく騎士団の戦列が、轟音と共に割れた。
不死の呪縛に囚われた巨漢が放った魔法の大槍は、大地をえぐり、砕け散った石畳が無数の石礫のように、周囲へと降り注いだ。
そして、その割れた間を、黄金騎士が歩み通る。大地に突き刺さった魔法の大槍を引き抜くと、一直線にこちらへと突進を開始した。レンドルは、自分が標的になっていると悟る。
「こっちに来るわ」
ジークのその声には焦りもない。それどころか、何かを確かめるように、じっと黄金騎士を見つめていた。
「俺が狙いだな」
ジークが素早く玲瓏たる声で呪文を紡ぐと、瞬時に氷の魔法を展開した。
それは、眼前に迫る黄金騎士を遮る巨大な氷壁となって立ち塞がった。
――ドッシャアアン!
だが、黄金騎士の恐るべき突進力は、分厚い氷壁をも粉々に打ち砕いた。
夕日に煌めきながら、砕けた氷の破片が舞い散る中、巨漢がなおも猛然と迫りくる。
あの大きい氷でさえ、魔力を纏って突き進む突撃を止めることはできなかった。
「ジーク、離れろ!」
レンドルはジークから身を離し、青眼に長剣を構えた。ジークもまた、軽やかな身のこなしでレンドルから距離を取った。
これなら後方のタタたちは巻き添えを食うことはないだろう。安堵を覚えたのも束の間、黄金騎士の殺意が、突如としてジークの方へと向けられた。
レンドルは思わず悪態をついた。黄金騎士はそういう男だったのを、今になって思い出した。
彼女が、後ろに下がりながら、再び詠唱を始めた。
あの迫りくる巨漢の男の突進を止める術はレンドルにはなかった。巨漢の屍人が、重装の鎧を持たぬ代わりに、驚くべき速度で迫ってきている。まともに衝突すれば、一溜りもなく、弾き飛ばされてしまうだろう。
ゆえにレンドルは、その手の長剣に魔力を流し込み、すれ違いざまに断ち切る覚悟を決めるしかなかった。
この長剣に流した魔力が、迫りくる魔力障壁とぶつかり合えば、到底耐えられるものではないだろう。縫い合わされた両手を狙うのも不可能に思えた。もはや狙うは足か、槍を持つ指くらいなものだった。
時を遅く感じるよう意識を研ぎ澄ませながら、長剣にも集中して魔力を流すことなど、いまのレンドルにはできなかった。どちらかしかない。
もう大男は目の前だった。レンドルが決死の跳躍を試みようとした、その刹那、黄金騎士が踏み込んだ大地が、一瞬にして氷に覆われた。
大男は氷に足をとられ、体勢を崩して滑り転がっていく。ジークは、それを鮮やかに躱してみせた。制御を失った巨漢はそのまま城壁に激突し、その衝撃で石造りの壁の一部が崩れ落ちた。
ジークは、休むことなく氷の礫を生み出す。そして、瓦礫の中に潜む巨漢に向かって数十発撃ち込んだ。レンドルは、彼女の戦況判断の速さと、魔力の制御の巧みさに驚嘆するほかなかった。
もうもうと土煙が舞い上がる。倒したかどうかの確認ができない。だが、瓦礫の奥底から、禍々しい魔力が膨れ上がるのを感じ取った。この感覚は、サナロアたちを攻撃した、あの刻印魔法の槍が放たれる時の感覚とよく似ていた。
「槍が飛ぶぞ!」
崩れ積もった瓦礫を跳ね除けて、黒い人影が立ち上がった直後、魔力を込められた大槍がジークに向かって飛んできた。
彼女の目の前に、湾曲した氷の盾が形成されたかと思うと、大槍は盾を滑るように流れて、遠くの地面に刺さった。直後、その大槍は大きく爆発し、傍らにいた黄金の鱗に身を包む騎士たちを巻き込んで吹き飛ばした。
瓦礫から、砂埃にまみれた大男がのそりと姿を現した。男は手をかざした。あれは、前に見た魔法の槍を戻すための仕草だった。
だが、槍は戻ってこない。ジークの盾に弾かれた槍は、手元に引き寄せる魔法の有効範囲から外れてしまったようだと、レンドルは推測した。
レンドルは、全身に魔力を流し込み活性化させる。身体強化魔法で極限まで強化しながら、長剣も体の一部のように意識を高め、剣に魔力を練り込んだ。
「う゛かがミいいぃイイッ!」
人の言葉とも言えない、まるで呪いの言葉を吐きだしながら、狂気に満ちた咆哮が空気を震わせた。
その両目は濁った血のような赤い眼をしている。身震いするような禍々しい魔力が全身から溢れ出ていた。
黄金騎士が足を踏み出した瞬間、姿勢を崩して顔面から地面に倒れ伏した。右足の膝から下が原型をとどめないほど、氷の礫によって破壊されていた。
己の足が壊れて動けないと分かっていたからこそ、瓦礫の中から槍を投擲したのだろう。そして槍を失った今、壊れた足で無理やり踏み出そうとして、ついに支えきれず崩壊したのだ。
壁に突撃して、魔力防御が切れたところへ、ジークの氷の礫が直撃し、大男の機動力を完全に無効化したのだった。
あの追撃があったからこそ、ジークに向かって投げた槍は、踏み込んで投げることが出来なかったのだ。
もし、あの足がまともだったら、氷の盾も貫いていたのかもしれない。そう思うと背筋に寒気がした。
黄金騎士は、もはや走れない。あの凄まじい速さで突進することは叶わなくなった。
レンドルの身体は、思考よりも先に動き出していた。瞬く間に黄金騎士の眼前まで肉薄する。この大男の手には槍はない。魔力防御だろうが、その手で防いだとしても、レンドルの剣を防げるとは思わなかった。魔力を流す感覚が、これまで以上に身体に馴染んでいた。
顔を上げた黄金騎士の首筋をレンドルの白刃が一閃する。血飛沫はない。巨漢の身体は力なく崩れ落ちた。頭が石畳を転がり、やがて動きを止めた。
黄金騎士の生首が、こちらを恨めしそうに見ている。赤い眼が虚ろになった。
ぽっかりと開いた暗い口腔には歯がみえない。生前に砕いた歯までは、治せなかったようだ。
間抜けヅラなんて軽口を叩ける余裕など、レンドルにはなかった。
かつて、ルベリア王国の建国の英雄と呼ばれた黄金騎士は、レンドルによって二度の死を迎えた。
この哀れな男の魂もまた、ジークの語ってくれた、星々を渡る旅へと向かうのだろうか。
「レンドル! わたしだ! 上を見ろ!」
唐突に戦場に響いた大声は、女騎士サナロアの凛とした声だった。城壁の上の通路から、彼女がレンドルに向かって叫んでいた。
「屍人が流れ込んでくるぞ、すごい数だ! 門を閉じないと、みんな飲まれるぞ!」
彼女は高所から、戦場の全容を冷静に把握していた。
巨人族の男が外門を破壊した様を目撃していたのだ。そこから屍人が侵入してくるのは当然だった。
「ラクロアンの騎士たちは、どうなった!」
「巨人族の男に負けそうだ!」
サナロアが、さらに状況を告げる。加護を持ち、刻印された魔法の武器を持ったラクロアンの精鋭ですら、不死の巨人族となった男の前では、勝ち目がないらしい。
レンドルは黄金騎士の首を落としたが、事実として、ジークがたった一人で倒したようなものだった。自分はとどめを刺したにすぎないのだ。彼女の方を振り返った。そして、要塞の門を封じる手段に思い至る。巨漢を止めようとした氷の壁だ。これほどの大きさの氷を魔力で支え、さらに門を完全に塞ぐには、彼女の魔法に頼るほかない。それしか方法がないと確信した。
「ジーク! 門に戻る! 来てくれ!」
ジークがレンドルの側に歩み寄ると、彼女の華奢な肩が、荒い息遣いと共に上下していた。
「門へ? どうして……」
彼女の特徴的な長い耳が不安げに垂れ下がり、レンドルをまっすぐに見つめた。
せっかくラクアたちから彼女を引き離したというのに、再び彼らが死闘を繰り広げている門へと戻ると言えば、彼女が不安に駆られるのは無理からぬことであった。
「氷の壁を作っただろ。あの魔法で、門を塞いでほしいんだ」
ジークの銀瞳が、かすかに見開かれた。レンドルの意図する解決策を、その聡明な頭脳で瞬時に理解したのだろう。
「きみの、その力が必要なんだ」
要塞の外で再会してから、まだ数時間しか経っていない。だが、そんな短い時間の間に、レンドルは不思議とジークを信頼できた。彼女がどう出るか。もし、首を横に振ったとしても、それは当然のことだと思った。最初、完全な不信を抱いていたのだから。それでも、縦に頷いてくれるとしたら、それはジークが優しく、そして強い心を持ったエルフだからだ。本当は、彼女を利用することになると分かっていたかもしれない。だからこそ、罪悪感が湧かないわけがなかった。
「すまない、ジーク。折角逃がそうと――」
言葉で全てを伝えきれるはずもない。それでも、詫びずにはいられなかった。
「ううん。レンドルは守ろうとしてくれた。ありがとう」
彼女は静かに、しかし力強く頷いた。彼女のその時の表情を、この先忘れることなどできやしないだろう。レンドルは拳を強く握りしめた。この要塞の命運を、たった一人のエルフの少女に委ねなければならない。その事実に、レンドルはただ無力感を覚えた。
そして赤髪の剣士と、銀髪のエルフの少女は、髪を揺らしながら、死者が押し寄せる門へと駆けて行った。




