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銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第2章 銀髪の少女と閃光
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第68話 夕日の沈む死者の国 2 ―― 開かれた死者の門

 ジークは潤んだ銀瞳で頷き、力強くレンドルの手を握った。その手は剣で鍛えられたものだとわかったが、柔らかな女性の手だった。


 サンガードの神殿にいた彼女の父ネオネスは、歴戦の戦士を思わせる佇まいだった。その父親に鍛え上げられたのか。ネオネスは神殿で魔法の知識も教えてくれた。父親も魔法戦士なのだろう。


 しかし、ジークの表情には複雑な感情が浮かんで見えた。ラクアの異様な力に疑念や恐怖があったのだ。レンドルもあの男に何かされたような、言い知れぬ感覚があった。


 それにしても、どうして彼女に手を差し伸べたのか。レンドル自身も分かっていなかった。彼女が母親と同じエルフだからか。星巡りのことや歴史のことを教えてくれたからか。タタが倒れた今、この戦場で自分の部隊を守るのが、百人長となった自分の役目じゃなかったのか。彼女は、剣も魔法も使える戦士だ。それなのに、どうして――。


 ジークが話してくれたことが、頭によみがえる。他の星で会ったことがあるなんて、そんな都合のいいことがあるわけない。サナロアの恋慕の物語でもあるまいし。壮大な星巡りの詩に、のめり込みすぎただけだ。今は、ジークを安全な場所に連れて行くことだけ考えよう。それだけでいいはずだ。


 二人は、タタを背負った兵士たちのあとを追うように走り出した。


「赤髪!? 待て!」


 ラクアの声を無視して走った。あの男が巨人を止めるなら、それでいい。


 また地面を揺らすような轟音が聞こえる。振り返ると、ラクアとその騎士たちは、巨人族と戦うことを選んだようだった。ラクアが、何か倒す手を考えているなら、それで構わない。次の瞬間、巨人族の男が振り回した腕で、何人かのラクロアンの騎士が吹き飛ばされていた。


 ジークの魔法なら傷をつけることができるかもしれない。だが、傷つけるだけでは不十分だ。いつのまにか両目は治っていた。それに、あの巨体で動き回っているということは、膝裏を斬った脚の傷も治っている。

 今は戦うべきじゃない、危険すぎる。得体の知れない敵と戦うなんて馬鹿げている。そんなことを考えながら走っていると、タタを背負った兵士たちに追いついた。


「レンドル小隊長? あの巨人は」


「さっきの騎士、閃光のラクアたちが戦っている」


「あいつ、あのラクアだったんですか? なんでタタを攻撃したんだ。援軍じゃなかったのか」


 驚いた兵士たちが口々に言った。そう、援軍だと知らされていたはずだ。だから要塞内にも旗が掲げられている。死体処理も、一緒にやってたはずだ。それなのに、タタを攻撃したのだ。疑問に思うのも無理はない。ただ、説明しようにもできない。いきなり殺されそうになった。それじゃあ何の説明にもならないし、信じてもらえないだろう。


 兵士に背負われたタタを見ると、革鎧のお陰なのか、そこまで血は流れていないようだ。傷は意外と深くないかもしれない。


「タタ、生きてるか」


「痛くて死にそうだよ」


 すかさず、タタが返事をした。いつもの軽口のように聞こえたが、痛みを我慢しているだけなのかもしれない。どちらにせよ、急いで治癒士の元に行かないといけない。ジュカやレレイラに診てもらうのが一番だ。


 治癒士たちは今頃、怪我人の治療で手いっぱいだろう。ジュカとの約束もあったが、この状況では話もままならないかもしれない。


 ふと黄金に光ったものが見えた。夕日に当たって眩しくて、思わず目を細める。そこに見えたのは、ルベリア王国の黄金蛇鱗騎士団だった。この状況だからだろう。鎧と剣を返されたのだろう。


 ひと際大きい槍を持った男を取り囲みながら戦っていた。間違いない。黄金騎士だった男が屍人になって暴れていた。自国の英雄と戦わなければならない彼らにとっては、屈辱でしかないだろう。しかし戦わねば、あの騎士たちも屍人になってしまう。


 黄金騎士は、防具の類は身に着けていなかった。国に身体を還すために防腐処理をされたからだ。鋼のように鍛え抜かれた肉体が見える。そして大槍を自在に振るう姿は、戦場でどれほど勇猛だったのかを雄弁に語っていた。英雄譚に語られた人物とはかけ離れていたが、ああなってしまっては、悲しさを感じるだけだった。


 そして、切り落とした両腕は縫い合わされているのがわかった。できるだけ綺麗な姿で還す必要があった。グリフォート騎士団長の戦友が、そうだったように。


「何で満月じゃないのに、夜を彷徨う者(アンデッド)がこんなにいるんだ!」


 誰かの悲痛な叫び声が、周囲の騎士や兵士たちに響いた。誰しもが疑問に思っていたことだった。


(けが)れた精霊」


 ジークが、一言呟く。


 その言葉を耳にした瞬間、レンドルの脳裏に一冊の本の記憶が蘇った。昔、妹のフィーネと夜に読んだ死者の国を描いたあの冒険譚だ。


「死者の国――エルザリアの最後の姿だ」


「レンドルは歴史が苦手だったんじゃないの?」


 ジークを見ると、疲れた表情だが僅かに微笑んでいた。ラクアに何かされた影響は、もう消えているように感じた。


「冒険譚は好きなんだ。これ全部が、精霊の悪戯(いたずら)だっていうのか」


 死者の国なんて、おとぎ話だと妹のフィーネが言っていた。そんなことはなかった。ルベリアの英雄すら死者の誘い手となった。


「どこに精霊なんているんだ」


「精霊術士なら、わかるらしいけど」


 希少な精霊術士なんて、エルフの国の話だ。こんな血生臭い場所にはいない。


「あの魔力の動き、精霊が祝福しない限り考えられないもの」


 呪いだとしか思えなかった。死者が生き返ったなら喜ぶべきことなのに。命を貪り尽くそうと襲ってくる屍人にするなんて、狂っている。たとえ精霊の仕業だと分かったところで、どう止めればいいのか見当もつかない。


 精霊紋といえば、ジュカだ。もしかしたら彼女なら何か知っているのではないか。


 この要塞は、本当に死者の国になりつつあった。

 祝福された屍人が、残った命を貪るための狩場になっていた。


 そして、死者の門はもう開かれていた。


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