第67話 夕日の沈む死者の国 1 ―― 蘇りし絶望の巨躯
破城槌で打たれたような轟音と共に、要塞の門が吹き飛んだ。
あの重い扉が吹き飛ぶなんて思いもよらなかった。
吹き飛んだ門にぶつかった兵士たちが何人か見えたが、無傷であるはずがなかった。
急造とはいえ、あの門を作った工作兵たちは賞賛に値するはずだ。
一体どうして、あれほど大きく重い門が吹き飛ぶなんてことがあるのだろうか。
「なんだ! 何の音だ!」
ラクアは答えを求めるように叫んだ。だが、レンドルから眼を離さない。振り下ろそうとした剣がそのまま止まっている。この男も、後ろで起きたことを、本当は理解しているはずだ。
門を通る時に、あの巨躯が横たわっていたのを、必ず見ているはずだったからだ。
「巨人族だ。あんたも見ただろ」
レンドルは短く答えた。
「なんだと――」
ラクアは言葉を忘れたかのように、門へ体を向けると、剣を構えなおした。
門から覗き出た首に、レンドルは最悪の予感が現実となったことを知り、戦慄を覚えた。
本当に最悪としかいいようがなかった。外に運び出されていたはずの巨人族が、屍人となって蘇ったのだ。
倒したはずの、あの巨体が何事もなかったかのように、巨躯を屈めて門をくぐり抜け、立ち上がって周囲を見回している。
何かを探しているのか。そうだ、殺した相手を探しているのだ。
――俺を探しているに違いない。
黄金騎士や、目の前のラクアとは比べ物にならないほどの魔力が溢れ出ている。
これだけ離れていても、まとわりつくような魔力に、思わず唾を飲み込んだ。
それは、生きた人族や魔獣とは違って、死に触れたような感覚だった。
屍人が放つ魔力は、生前とはまったく違う魔力に変貌していた。
なぜかわからないが、魔力量が、信じられないほどに増えていた。
レンドルは、身がすくむような恐怖を感じていた。
そして、ラクアもそうだったのか、素早く体ごと門に向けた。
巨人族の男がこちらに気が付いたように、不敵に笑ったように見えた。
無言のまま、大きな足で地面を踏みつけながら、向かってきた。
それに、おかしいこともある。両目はタタの短剣と、レンドルが刺した剣で見えなくなったはずなのに。
それが今、赤い眼となって、こちらを睨みつけていた。
あの巨人も加護持ちだとタタが言っていた。
再生なのか、治癒なのか、レンドルには判断がつかなかった。
ラクアが光の剣を振るうと、巨人族の男に当たった。
――バシュッ!
巨人族の男の体には、一瞬で分厚い魔力が湧き出て、濁った銀色に光った。灰色が混じった銀色といったほうがいいのかもしれない。
光の斬撃は、巨人の体に傷一つつけることなく、霧散して飛び散った。
魔力で作られた光の剣は、魔力防御によって容易く防がれた。
「ちぃッ!」
ラクアが舌打ちを一つすると、素早く懐に入り斬りつけたが、強靭な魔力防御に弾かれた。
上半身が裸で防具がない。あの魔力防御なら、着ける必要すらなかったのだろう。
レンドルたちが戦ったときは、恐らく油断があったのだろう。棍棒の上を走って来るなんて、思いつきもしなかったはずだ。
先ほどラクアと対峙したとき、レンドルが魔力防御をしてもなお、ラクアは光の剣を振り上げていた。
だから、魔力防御を切ることができる攻撃だったのは間違いないだろう。
フェザインの魔力を纏った剣や、ランパルザの持っていた刻印魔法の剣と同じだ。
そして、さらに光の斬撃として飛び道具のように使うこともできる剣だ。
その剣すら、屍人になった巨人には通用しなかった。直接剣を当ててもダメだった。
どうやって、あの魔力防御を超えて、肉体を傷つけることができるのだろうか。
レンドルは近くに居た兵士に声を飛ばした。
「タタを治癒士のところまで運んでくれ」
兵士は頷き、タタを背負って走り出した。
タタと一緒にいた数人の兵士も、それを守るように駆けていった。
恐らく巨人族の男は、本当ならこちらに向かってくるはずだった。レンドルを見つけたからだ。
殺した相手を見つけて、復讐を果たす。未練といえば未練なのかもしれない。
だが、ラクアが攻撃してくれたおかげで、蘇った傭兵はラクアに向かって拳を振り下ろした。
凄まじい轟音とともに地面がえぐれた。黄金騎士の投げた大槍のような爆発でも、ここまでではないだろう。ラクアは飛びのいて、躱していた。
ラクロアンの騎士たちも、巨人族に向かって剣を振るい始めた。
あの屍人の群れを掻い潜ってきた。おそらく全員何らかの加護を持った騎士たち。
その攻撃すら、何事もないようにしている。今気が付いたが、騎士たちの持つ剣も、刻印された場所が光っていた。
ラクアほどの刻印ではないが、小さく刻まれているものだった。
全員が、加護持ちで、全員が、刻印魔法の長剣だった。
このままラクアたちを見殺しにするか、それとも、共闘したほうがいいのか。
ラクアの背中を狙うべきか。どうしたらいい。
今度はあの巨人族の拳が、レンドルに振り下ろされるかもしれない。
直接巨人に手を掛けたのだから。その可能性は拭えなかった。
レンドルは、静かに後ずさりながら、ジークの手を取る。
「逃げるぞ」
最初、ジークの手には力がなかった。弱々しいものだった。
「あの巨人族に殺されるぞ。ネオネス――お父さんに会うんだろ」
彼女の手が、レンドルの手を強く握った。




