第7話 運試しの訓練兵
レンドルは兵舎に着くやいなや、貯めていた資金を金貨袋に詰めた。急いで部屋を出る。
晴れた空。たった今、流れる白い雲が太陽を隠したところだった。
兵舎を出ると訓練所から声がする。休日になったにも関わらず、剣や弓に励む者や、戦術盤で議論する同僚たちの姿があった。
剣戦場の横を通り過ぎようとすると、横から声がかかる。
「レンドル! 慌ててどこにいくんだ?」
声のほうを見ると、同室のロッサルが、剣の訓練中だった。
剣戦場でよく剣を交える相手だ。投げナイフの技も教わった。
面倒見のいい同僚で、他の仲間からも信頼が厚い。
レンドルは腰にある金貨袋を、見えるように叩いた。
「まさか――集まったのか!?」
「運よく手に入れたんだ――だから俺も、神殿で運試しをしてくる」
ロッサルが眩しそうに空を見上げた。
「訓練の後に俺も神殿に用があったんだが――日が高いな。レンドル、急いだほうがいいぞ」
手を前に出し親指を立てたロッサルに、レンドルは右手を挙げてそれに答えた。
兵舎から神殿までは、少し走って十分ほどかかった。長い階段を駆け上り、神殿に入る。奥へ進もうとしたところで、声がかかる。
「そこの騎士様。ご用は加護の祈祷でしょうか」
白い服の女が立っていた。白いヴェールに金色のサークレット。上から蒼いコルサージュを着ている。
上品な立ち振る舞いだった。
レンドルは、無意識に耳に目がいった。耳はとがっていない、人族だ。
少し息を整えながら、答えた。
「あの、騎士じゃないです。広場にいた白衣の人に、昼までに来られれば聖跡で祈祷に間に合うと言われて」
「そうでしたか、大丈夫ですよ。お名前をこちらにお書きください。受付をいたしましょう」
そう言うと、胸元で小さな金属が光った。円の中に線が刻まれている。神殿の印だ。
「あなたは、神官ですか?」
「私は神殿書吏のアスフィです。受付や案内が主な仕事ですよ」
神殿の入り口には、机がひとつ置かれていた。帳面に名前を書き、銀貨と銅貨の入り混じった革袋を渡す。
「初めて来たんですけど、これで足りますか」
小さく金属が触れ合う音が鳴った。アスフィはにこりと微笑んだ。
「確認してまいりますね」
布を張った衝立の向こうへ姿を隠す。寄進された額を数えているようだった。
ネオネスに値引きしてもらったとはいえ、足りるか心配になってきた。銀貨三枚分はあったはずだ。
十数秒が、やけに長く感じた。
アスフィが戻ってきて、空になった革袋を、レンドルの前に差し出した。
「ありがとうございます、レンドル様。受付は終わりました。ご案内します」
そう言って、もう一度、微笑む。レンドルは、大きく呼吸をしてそれを受け取った。
アスフィがそのまま案内するという。先に進む彼女の後をついていき、小さな広間で待つことになった。その間に、加護についての説明を受ける。
「加護は、選ばれた者にしか授かりません」
アスフィの声は静かだった。
「もし得られた場合は、神殿騎士へ引き渡されます。そして――何を得たかは、神官にも私にも話してはいけません」
レンドルはわずかに眉をひそめた。
「……話せないんですか」
「はい。それが決まりです。そうしないと、何を得たのかを巡って、争いが起きますから」
淡々としていたが、冗談ではなさそうだ。過去に、あったのだろう。
「加護を得られなかった場合でも、祈祷料は返りません」
髭面のガダンのことが、一瞬記憶を刺激した。
「それから騒ぎを起こし、神官を襲おうとして、その場で斬り捨てられた者もいます」
だからガダンは、広場と港で暴れたわけか。
なるほど、と思った。同時に、少し背筋が伸びた気がした。
説明を受けてしばらくした後、部屋を移動した。
走ってきたせいで、まだ鼓動が落ち着かなかった。額の汗を拭い、ゆっくりと呼吸を整える。一呼吸、二呼吸と繰り返すうちに、鎮まっていく。
やがて、広間から背の高い白衣の男が歩いてきた。広場で誘ってきた、あの男だった。
「今日は、あなたが最後の祈祷者です。私はネオネス、神官の補佐をしています」
静かな声だが、神殿内に響く。
「よくいらして下さいました」
「まとまったお金が手に入ったので、来ました。それと、駆け込みで来てしまって、すみません」
「大丈夫ですよ。ルベリア遠征のことは私も存じています。――加護を授かれるとよいですね」
「母が炎の魔法を使っていたので、俺も使えるようになると嬉しいんですけど」
「そうでしたか。火の加護を授かるといいですね」
「だから、少し期待しています」
「ここで加護を授かった人はみな、強く願っていました。あなたもそうしてください。――では参りましょう」
広間へ向かう途中、ネオネスから色々と教えてもらった。
火の魔法のことを口にしたからか、ネオネスが魔法についてどれくらい知っているか、尋ねてきた。
ほとんど知らないことを伝えると、流れるように、彼の口が教えてくれた。
魔法は、ほとんどが先天的な才能だという。一定以上の魔力がなければ、鍛錬することすら成立しない。魔法を現象として発現しなければ、魔力を伸ばすこともできない。多くは、その前に魔力が尽きてしまう。
後天的に使えるようになる方法もある。それが、魔法の加護や身体強化の加護を得ること。精緻な魔力操作を身に着けること。
魔力を扱えるようになると、魔力そのものを強く感じ取れるようになる。そして、加護は魔力と魔力操作の適性を得る。
母さんが魔法の話をしてくれたときも、そんなことを言っていた気がした。
「詳しいんですね」
レンドルがそう言うと、ネオネスはフードをわずかにずらした。長い耳が、一瞬だけ覗いた。
――手の固さといい……エルフの魔法戦士なのか。
広間に着くと、太陽の光が差し込み、大理石の柱に反射している。柔らかな明るさを満たしていた。
神殿の奥まで足を踏み入れるのは、これが初めてだった。
目の前には祈祷場がある。天井からの光が、そこを静かに照らしていた。荘厳な雰囲気だった。
広間に足音が響いた。祈祷場の奥から、ネオネスと同じ白衣を着た人物がこちらに向かってくる。
傍らには剣を携え、ローブを纏う者が数名控えている。先ほど暴れる者もいると聞いた。そういう時のための護衛なのだろう。
そして、アスフィが話していた、斬り捨てる役目は、きっとあの人たちが担っている。
だんだんと鼓動が速くなる。胸の奥で、はっきりと脈打っているのが分かった。
――ここで、すべてが決まる。




