第65話 閃光のラクア 5 ―― 氷の魔法剣
ジークが氷の礫を放った。数体の屍人が打ち抜かれて、崩れ落ちる。
今、要塞の門とレンドルたちの間には、二体の屍人が残っていた。
走り抜けた視界でそれを捕らえながら、ラクアの元に突き進んでいた。
後ろから、ジークの叫び声が飛んだ。
「レンドル、だめ――!」
彼女の声は、レンドルの攻撃を制止するためだったのか。それとも、ラクアの反撃を警告するためだったのか。どちらにせよ、今さら止まることなどできなかった。
その声にラクアは一瞬振り返り、碧い眼がレンドルに向けられる。
ジークの悲痛な叫び声に、レンドルはためらわずラクアの背中に剣を突きだそうとした。
その瞬間。ラクアは、背中を向けたままレンドルに跳んだ。剣が伸びきる前に背中側の鎧で体当たりをしつつ、レンドルの剣先を流した。
ラクアの背中と、レンドルの腕と胸が激しく当たる。鎧同士の金属音が鈍く鳴った。
その衝撃は思った以上で、レンドルはよろめいてしまった。
すぐに長剣から左手を離し、そのまま魔力を流し込んだ左腕で、体勢を立て直そうとした。
その勢いで、ラクアの左腕を思い切り掴んだ。碧眼の男の左手には、魔法の剣があったからだ。
とっさの判断だったが、そこに迷いはなかった。
――このまま振り回して地面に叩きつける。
レンドルは全力で引っ張ろうとしたが、その身体はまったく動かなかった。
左腕に違和感を覚えると、それがラクアの魔力が流れ込んでいると分かった。
ラクアの魔力が流れ込み、レンドルの身体強化が乱されていた。
「赤髪、どういうつもりだ」
こんな方法で、相手の身体強化を無効化するなんて発想自体がなかった。
いや違う。加護を得た後、証紋官のゴードンがレンドルの体に魔力を流した。
そして、その魔力を押し出すようにして、羊皮紙に自身の魔力紋を刻んだ。
レンドルの体に流された魔力を押し流すことで、魔力操作を覚えた。
最初に学んだことが、そのまま実戦で使われただけだった。
「守りが甘くなっていた」
レンドルは、ラクアの言葉を真似て口を開いた。
「そんなことを言ってられる状況じゃないだろう」
「俺の喉を突こうとした。あんたは俺を殺すつもりだったんだろ」
「さあな。で、続きをしたいのか?」
「終わったなんて、誰が決めた」
碧い眼に力がこもったように見えた。
「いいだろう」
ラクアの口角が上がった。
そういうと、ラクアは左手に持った剣を右手に素早く持ち替える。
魔力を乱された左腕に向かって斬りつけてきた。
そこに、爆発的に魔力を流し込み、ラクアの魔力を押し返すと、斬りつけられた左腕が剣を跳ね返した。
直後、レンドルは、ラクアの頭に向かって長剣の柄を渾身の力を込めて殴りつけた。
――ゴッ!
ラクアは素早くかがみ、避けようとするが、長剣の柄が額をかすめた。
まだレンドルの左手は、ラクアの左手を握りしめたままだ。
魔力の攻防が続く。
レンドルは長剣をラクアの右脚に向かって斬りつけた。
相手の剣と相打ちになった。
「いい加減、腕を離してもらおうか」
ラクアの額からは、血が流れ始めていた。今の攻撃で、額を掠めていたらしい。
魔力防御が間に合わなかったのだろう。腕と頭を同時に防御するのは難しかったようだ。
意識して複数箇所を守るのは難しい。それは稀代の英雄と評されるこの男でさえ同じなのだろう。
「断る!」
ラクアの魔力が重くのしかかって来る。魔力量が桁違いだ。押し合いに負ける。黄金騎士も相当だったが、ラクアも遜色がない。
そこに、一体の屍人が飛びかかってきた。ラクアが剣を振りその首を落としたが、その瞬間に、レンドルは掴んでいた相手の左腕を全力で引いた。
「うぉお゛おおおおおおおおおおぉ゛おお!」
ラクアの抵抗はあったが、左足を下げ体ごと移動しながら、小さく円を描くようにして、強引に振り回した。
二回転し、そのままラクアを地面に叩きつけようとしたが、ラクアの魔力が腕にまとわりつき、つい左手を離してしまった。
門とは逆方向にラクアを放り投げる形になった。
ラクアがどうなったかを見ることなく、レンドルはジークのもとへ駆け寄り、手を取った。
「行くぞ!」
驚いたジークは、大きく見開いた銀瞳をレンドルに向け、そして門の方向へと向けた。
「ぶおおおぉぉおおっぉお!」
そのすぐ目の前、一体の屍人が駆けて跳ねた。
レンドルはジークの手を離し、長剣で切り上げると、振り上げていた屍人の腕を落とした。
ジークは細剣をいつの間にか抜剣していた。その刃には青い閃光が走っている。
その細剣で屍人の胸を素早く斬りつけると、屍人の腕のないほうに飛び退いた。
レンドルは驚いた。
突き刺した場所から、氷の棘が作られると、屍人を浸食していった。
魔法が屍人の体内から発現した。
彼女の剣には刻印が見えなかった。おそらく、フェザインと同じ、魔力を流した魔法の剣だった。
だが、氷の魔法が発動した。
ジークが大きく息を吸い込み、細剣を振り上げると、屍人の体は瞬く間に凍り付き、砕けて崩れ落ちた。
屍人のおぞましい魔力さえも凍り付いたかのようだった。
周りのラクロアンの騎士たちは、まだ、屍人たちと戦っている。
偶然にもそれが、レンドルとジークの盾となるように並んでいた。
「門まで走るぞ!」
ジークが肩で息をしている。さすがに連続した魔法の使用で、消耗が激しいようだった。
レンドルはそれを分かっていても、構わず先導して走り出した。
あんな強力な魔法を立て続けに使ったのだ。そんな彼女でさえ、ラクアを前に怯えていた。
ジークが必死に追ってきていた。疲労の色は濃いが、それでも止まらない。
二人の後方からは、ラクアの咆哮が届いた。
レンドルは、あえてそれを聞かないようにした。
どうせ、呼び止められたところで、走ることをやめない。
聞こえなかった振りをしても、咎めるものなどいない。
今はただ、門に向かって全力で走るだけだった。
向かう先の空には、雲が流れている。
怪我の治療の後、本部に向かう時に雲が多かった。あの時、雨が降る気がした。
そして今、遠くで空が光った。




