第64話 閃光のラクア 4 ―― 背中を狙う冷たい剣
レンドルは剣を構えたままで、ラクアに問いただした。
「向こうで騎士が叫んでる」
「そうみたいだな」
目の前の飄々とした男は、風で剣先が揺らめくかのような、捉えどころのない構えをとっていた。
いつ仕掛けてくるのか、まったくと言っていいほど読めなかった。
その体捌きも、柔らかいようで、その逆のようでもある。
捉えどころのないその実体が、レンドルに迷いを生ませていた。
「ラクア! すごい数だ!」
周りの騎士たちが大声で叫び始めた。
「何だ、こっちは手が離せない!」
「要塞の門が襲われてる。おい、こっちにも来るぞ!」
ラクアは下がり、レンドルと距離を取りながら、要塞の方に振り向いた。
その先を見ると、十人ほどの人影が見える。続々と要塞の正門に向かおうとしていた。
さらに、まばらに見える人影も増えて集まりつつある。あっというまに倍以上になるだろう。
要塞の門の修理はまだ終わっていないはずだ。あの屍人たちは、容易く通り抜けてしまうだろう。
それよりも、野戦の死体の浄化作業をしていた兵士たちは、どうなった。
門の近くで作業をしていたはずの、レンドルの部隊は要塞内に逃げ込めているのだろうか。
「なんだ!? こいつら早いぞ! 全員抜け!」
ラクアの檄が飛ぶ。ラクロアンの騎士や兵士が、一斉に剣を抜き始めた。
どうする。今、この男を斬りつけるべきか。だが、不意打ちは通じる相手とは思えない。
間違いなく命を狙われていた。今しかないはずなのに、レンドルは躊躇していた。
屍人の数は増え続ける一方だ。
この男を倒せたとしても、レンドル自身が無事であるか分からない。そして、無事であったとしても、あの数の屍人の中を突破して要塞の門まで行けるか疑問だった。それにラクロアンの騎士たちが、それを許さないだろう。
――サナロアたちが危ない。
レンドルの視界に入ってきたのは、先ほどの中隊長のような、おぞましい魔力をまとった屍人たちだった。
飛びかかってくる屍人を、ラクアは鋭い斬撃で切り伏せていく。
だが、次から次へと現れる。他の騎士たちも応戦し始めた。
『グァアアアアアア゛ァァァァァアアッ!』
そして、レンドルの元へも、屍人が貪る命を求めて向かってきていた。
おぞましい呻き声だった。濁った赤い眼が、血を欲しているように見えた。
何が起きているか分からない。夜を彷徨う者が、まだ明るさの残る西の空の下で、こんなにも活発に動き回るなど、考えられなかった。それに、動きが異常に速い。身体強化魔法がかかっているかのようだった。
目の前には、屍人が数体、凄まじい速さで近づいてきている。
ここで戦っても消耗するだけだ。とにかく要塞内に逃げ込む必要がある。
「おい! 全員門まで行くぞ!」
ラクアの判断が下され、ラクロアンの騎士や兵士たちが、戦いながら要塞の門に向かい始めた。
死者たちの脅威に、飲み込まれる前に、駆け抜けたほうがいいと判断したのだろう。
そして、こちらを向いた碧眼の男が叫ぶ。
「ジーク! お前たちもだ!」
そこにレンドルの名前はないが、含まれていることは明白だった。だからレンドルは、はっとして、ジークを見た。ぼんやりと遠い眼で宙を見ていることに、驚いた。
この状況で、動じていないわけじゃない。意識が、ここにはない様子だった。
思わず、彼女の近くに駆け寄った。
「ジーク!」
彼女をラクアがそう呼んでいた。だからレンドルもそう呼んだ。だが、彼女の反応は薄い。
レンドルは、ジークの肩を掴んで揺さぶった。
「いたッ」
彼女は反応したが、焦った分強く肩を握りすぎたかもしれない。
「何してるんだ、屍人が襲ってきてるんだ!」
「え、屍人!?」
そう言って顔を上げた彼女の銀瞳には、意識が戻ったかのように光が宿っていた。
レンドルを見た後、要塞の門の方に顔を向ける。レンドルも同じ方向を見ると、ラクロアンの騎士たちが、門に向かう途中、また襲われていた。
彼女の魔力が跳ね上がった。
全身に銀色の魔力が溢れ出る。
側にいたレンドルは、肌が感じる温度が一気に下がったのが分かった。
周辺の空気が、凍てつくかのようだ。
「氷よ」
短い一言の後に、彼女の頭上に魔力が昇っていくと、それが氷の槍となって形作られ、浮かび上がる。
氷がきしむような甲高い音を立てながら、十数本の氷の槍が次々と形成されていく。
通常の槍よりも長いものが、鋭く研ぎ澄まされていく。
ジークは、氷の魔法使いだった。その魔法で構築される氷槍は、レンドルの知っている速さではなかった。
「みんな離れてッ!」
太陽の光を眩しく反射させ一瞬きらめいたかと思うと、それらは屍人に向かって一斉に空気を切り裂いていった。
その声に、騎士たちが屍人を押し込み距離を取ると、氷は矢のように次々と解き放たれた。
――ドスッ!ドスッ!ドスッ!
打ち出された氷槍は、空気の壁を斬り裂く音を奏でながら、屍人を貫き地面に深く刺さった。
屍人のうめき声は止まらない。ただ、素早い動きは、氷槍に妨げられている。地面に氷の槍ごと縛り付けられた。
その氷の槍を屍人が壊そうと叩き始めたが、容易には壊せなさそうだった。
騎士たちが、屍人の脚や腕、首を斬り裂く。あの槍は、攻撃だけじゃなく、動きを止めるための物でもあった。
だから長く作られたのだ。
彼女を見ると、呼吸の乱れも何も見えなかった。
そして、両手を前に出し、小さく何かを呟き始める。これは詠唱なのか。拳ほどの大きさの氷の礫が、彼女の周りに無数に生まれていく。
感じる魔力は膨大だ。近くに居るから伝わってくる。しかし、連続して魔法を行使しているとなると、魔力疲労が起きるかもしれない。この状況では致命的だ。それとも、想像以上の魔力を彼女は扱えるのだろうか。
彼女は剣も携える。その姿からは想像できないほど、凄まじい練度の魔法使い――これが、エルフの魔法戦士の力なのか。
ジークは詠唱をしながら徐々に走り出した。
それと、同時にレンドルも魔力を足に集中する。そして、地面を蹴ると爆発的な速度で駆け出した。
背中を見せていたラクアに向かって、剣を水平に構え、突きを放つつもりでいた。
あの男に、首を斬られる寸前だった。ジークの声で助かった。
――戦場にいる。
勢いとともに、自らを鼓舞するために叫んでも良かったかもしれない。
だが、それが敵の気づきを招く。地面を擦るように駆け抜けた。
氷の槍のように、レンドルは心を鋭く研ぎ澄ませ、冷たくラクアに迫った。




