第62話 閃光のラクア 2 ―― 抜かれた剣
要塞を照らす太陽は、コルタナ山脈に隠れようとしていた。
山から降りてくる風が強く吹くと、ジークの髪が靡いた。
今、目の前にいる碧眼の男は、独立国家共同体ラクロアンの代表ラクア。
数年前に小国をまとめ上げた盟主だ。
どこに行っても話題に事欠かない人物で、先鋭的な考え方や実行力の高さから、すでに名君と呼ばれている。
諸外国から、この大陸へ開拓者たちが渡ってきた。
各国はこの地に開拓領を築いたが、やがて多くは本国から独立を果たし、独自の道を歩んだ。国が生まれては滅び、争いは絶えることがなかった。
そんな中、それらの独立勢力をまとめ上げたのが、ラクア・クアヴレカ・カーミオンだ。
その手腕は凄まじく、大陸を統べる王の器だと評されていた。
本人はそんなつもりはないらしく、今も最前線に立ち続けているという。
もっとも、どこまでが本当かは分からない。
サンブラント皇帝陛下が暗殺された後、商人たちの多くは、ルベリア王国や、このラクロアンに流れて行った。
そういえば、東にある獣人族とも手を取り、街道の整備を始めたと耳にしたこともあった。
サンガードの港近くの広場、露天商から見慣れない装飾品について尋ねたときに教えてもらった。
そんな誰しもが認める稀代の英雄が、唐突にレンドルを一騎打ちに誘ってきた。
なぜ、そんな話になるのか、出会ったばかりのレンドルには理解できなかった。
「だ、だめ!」
ジークの悲痛な声を、ラクアは全く気にしない様子で、息を吐いた。
ラクアは軽く首を回すと、関節の鳴る音がレンドルの耳に届いた。
「お前は黄金騎士を倒した。どれほど強い加護を得たのか、見たいじゃないか」
そう言って、ラクアは一瞬、間を置いた。
レンドルが黄金騎士を倒したことを知っている。加護を得たことも知っている。その上で、剣を交えようとしている。
つまり、この男は負けることなど頭にない。よっぽど自信があるのだ。
それもそのはずだった。数多くの武勇は、黄金騎士にも勝るとも劣らない。
銀狼撃退の話はもちろん、数々の戦いで、強者を屠ってきた。
港で聞く英雄譚も、彼の物語は多い。
ラクアは、レンドルを指さした。
「強い加護を手に入れたんだろ。でなければ、黄金騎士に勝てるはずがない」
その時だった。ラクアから青い光の粒が一瞬見えたが、すぐに消えた。
気のせいじゃない。確かにあった。
――なんだ、今のは。
「レンドル。剣を抜け」
断ろう、受けることはない。だが次の瞬間その結論だけが、すっと霧散した。なぜか、ぼんやりと理由だけが消える。言葉が組み立てられない。
レンドルは一気に魔力を跳ね上げた。全身が銀色を纏った。先ほどあった、はっきりしない感覚が無くなった。
――危険だ。
この男が何かをした。分からないが、そう思うほかなかった。
「へえ。いい身体強化だ。俺の騎士たちと遜色がない。加護を得て間もないのに馴染んでる。誰かに教わったのか?」
ブルード教官のような加護を持つ騎士たちが、大勢いたとロッサルたちが言っていた。つまり、その加護持ちたちが、この場に居る。ラクアの周りには、十数名の騎士がいる。この騎士が全員そうなのだろうか。要塞内の監視塔にもラクロアンの旗があった。あれが本体なのだとしたら、あの中にも加護持ちがいるなら、相当の数がいる。どれほどの加護持ちが揃っているというのだ。
「駄目だからね!」
ジークが声を上げた。
グリフォート騎士団長との会話が脳裏をよぎった。加護を得たサンガードの騎士が、皇妃の任命により近衛騎士になった。その後すぐに、ラクアと模擬戦をして怪我を負った。治癒魔法を使うエルフがいたのに、死んだ。
――この少女が、そのエルフなのか。
心臓の鼓動が早まり、胸が揺れる。まさか、こいつらが殺したのか。
少女とは偶然出会ったはずだ。この少女と話し込んだ。まさか、ラクアが来るまで時間を稼いでいたのか。レンドルだと知って、殺す気になったのか。ダーウィの警告を無視して、隙を作ってしまった。馬鹿みたいに話し込んでいた。
しかし、少女は戦いを止めようとしている。治癒魔法使いじゃないかもしれない。
どっちだ、演技か本気か。目の前の男からは眼を離すことができない。存在感はあるが、でもそれが理由じゃない。
ぞくりとする背中、硬くなる右腕。漂う死の予感。ウィンダス侯爵は言っていた。ラクアが銀狼を撃退した、強大な加護を持つ男だと。ラクアの双眸は碧眼だった。まるで、銀狼の眼のように、凍り付くような冷たさをしていた。
これは、恐れだ。その双眸は体の後ろまで見透かしているようだ。
レンドルは目線を一瞬だけジークに向けた。
――彼女は違う。
ラクアに何かされている。だから様子がおかしかった。
こんな少女一人で、どうにかしようとするなんて考えられない。
目の前の男は、強者なのだ。
ラクアは、ゆったりと腰の剣を抜いた。それをくるりと宙へ放った。
「断るなんて――」
落ちてきた剣を、男は右手で受け止めた。
剣の刃に刻印された、古代の文字が僅かに光った。
ランパルザが持っていたものと同じ、魔力防御を切る魔法の剣なのだろうか。
「つまらない真似は、無しだ」
殺気。
「抜け」
危険を感じたからだったのかは分からない。
気づいたときには、レンドルは剣を抜いていた。
ラクアが構える。その剣先が狙っているのは、レンドルの胸だ。
今はまだ、間合いが遠い。だが、すぐに詰めてくるだろう。
父さんの突きを向けられた黄金騎士は、きっとこんな気持ちでいたに違いない。
レンドルは下がりそうな足を、なんとか止めて、剣を構えた。




