第61話 閃光のラクア 1 ―― 挑まれた剣
目の前に十数名の騎士と、数名の兵士がこちらに向かって歩いている。
遠目だが、なびいた外套にラクロアンの意匠を見た。
その瞬間に、レンドルは違和感を覚えた。
おかしい。
どうして彼女はエルフの森に帰らないのだろう。
横目で彼女を見ると、その表情からは仲間が迎えに来たようには、とても見えない。
ラクロアン軍の元に送ろうと話したら、行きたくないと断られた。
それに、彼女の父ネオネスもだ。死んだと思っていたら生きていた。
なら、どうしてサンガード皇国にいて、エルフの森に帰らないのか。
つまり二人とも、帰れない理由があるのかもしれない。それが何なのか分からないが、不穏な感じが拭えない。レンドルは立てかけてあった剣を、すぐに腰に戻した。
男が近づいてくる。
レンドルが剣を腰に戻した瞬間に眼光が鋭くなった。背は高く、歩みはゆったりとしている。芯の通った体躯。鍛えられているのが、歩き方ですぐ分かる。父と同じような雰囲気があった。
銀髪の少女は、レンドルの背後に隠れるように一歩下がった。彼女の身体が微かに震え、表情は強張り、銀瞳が焦点の合わないまま揺れた。
あの男に怯えている。何かされたのか。何かをされようとしているのか。あんなに強気だった彼女が、なぜここまで怯えているのかと、怪訝に思った。
その一歩一歩に無駄がない。鎧は実戦用だ。装飾は少なく傷跡の残る金属の鈍い光だけが目に入る。
男からぼんやりと魔力を感じる。魔力はとても静かで落ち着いていた。
腰の剣からも圧のようなものを感じる。恐らく刻印された魔法剣の使い手だと考えた。
数歩先で立ち止まった男の顔を見ると、印象的な碧眼だった。
その男と視線が合った瞬間、空気が一段引き締まった。この場の主導権を握る人間だと、レンドルは直感した。
後ろに控えている騎士たちを束ねているのは、間違いなくこの男だ。
「君はサンガードの騎士か、若いな。ジークと何を話していたのか知らんが――たぶらかすなよ」
そう言って、男は口元だけで笑った。見透かしてくるような眼。少し癖のある茶髪。端正な顔立ち。優しそうな雰囲気なのに、首筋がひりつく。刃を当てられてもいない首筋から、血が流れるような錯覚に陥った。
「違うわ!」
ジークが慌てたように首を振るが、男は何も言わず、ひょいと顎でジークを示した。
「泣いてる」
ジークが首を横に振る。
「泣いてない!」
思わず、レンドルは両手を上げた。
「泣かせてませんよ」
「ラクア、戻るから。またね、レンドル」
「ん、君はレンドルというのか。それにその赤髪――」
男の雰囲気が一段変わったのが分かった。全身の毛が逆立つような警戒感があった。レンドルは左足を少し下げて、やや半身に構える。両手を下げて鞘の近くに左手を添えた。目の前の男が、それに気が付かないはずがない。一瞬目がレンドルの手を追った。
彼女はジークと呼ばれていた。その声は、引き攣っているように聞こえた。そして、ラクアと呼ばれた男は、間違いない。
「あなたが――閃光のラクア」
「まあ、世間ではそう呼ばれているな」
そう言って、どこか楽しそうに口元を緩める。一歩レンドルに近づく。
「ラクロアン軍が、なんでここにいるんだ」
「援軍さ」
ここに来る前にロッサルから、援軍で現れたと聞いた。ルベリア軍と要塞の門あたりで戦ったのだろう。
「到着するのが遅れたが、何とか間に合ったわけだ」
目の前の男が、さらに一歩前に進む。レンドルはそれに合わせて自然と一歩下がった。
これ以上間合いを詰めさせたくない。碧眼の男の表情が少し硬くなった。
「そうか。赤髪のレンドルは、お前だな」
ラクアは、頷きながら思い出したように言った。
「――黄金騎士を討ったんだってな。大したものだ」
「え、そうなの!? 本当なのレンドル」
ジークが大きな目を見開く。何も話していなかったから、驚かれるのは当然だった。
その彼女を見ながら、目の前の男からは警戒を緩めることが出来ない。
「黄金騎士は、コルタナ要塞から離れてるって話だったのにな。嵌められたか」
ラクアは、やれやれと言いたげに息を吐いた。
「……本当なの、レンドル」
少し覗き込むような動作で、銀髪が肩から落ちた。
「……本当だ。紙一重だった」
本当にそうだった。父の幻影が黄金騎士を下がらせた。それが分かったから、勝つことが出来た。そう言っても過言じゃなかった。
レンドルの言葉を聞いた彼女は、悲しげな眼をしているように見えた。なぜそんな眼を向けているのか、分からない。
「たす――」
風の音に消されるような小さな声。耳の良いレンドルだからこそ聞こえた。彼女が、何かを言いかけたその瞬間に、ラクアの言葉がかぶさった。
「よーし。やるかあ」
ジークは両手を胸に運び力強く握り始めた。何かを言いかけたが、その機会は失われた。
何を言おうとしたのか。
ラクアは腰の剣に手を置いた。
「剣を抜け、レンドル」
「は?」
「一騎打ちだ」
冷たい風が通る。レンドルの右手がざわついた。




