第60話 エルフの少女 5 ―― 賢者ネオネス
「どうしたの?」
「え、いや。サンルード王国って、初めて聞いたから……」
「もっと詳しく知りたければ、ユグ=シルヴァンに行くといいわ。自分で見て、調べるのが大事。そこには、お父さんが、たくさんの本を集めていたの。世界のことや、この大陸の歴史も、書き残していた」
「君のお父さんが?」
「そう、賢者ネオネス。私が勝手にそう言ってるだけだけどね」
王都のベギラダの神殿で聞いた名だ。神官補佐をしていたエルフの――魔法戦士。
「――もう死んじゃったけど」
彼女は少し詰まるような声で、少し悲し気な顔をした。
しかし、レンドルはおそらく彼女の父親らしき男を知っていた。
「え……? 生きてたよ」
「どこで? ……嘘でしょ、本当なの?」
「王都の神殿で、神官の補佐をしてた」
「神殿ってベギラダの神殿でしょ。別人よ。わたしサンガードに行ったのよ。そんな近くに……いるわけない」
「でも、ネオネスって名乗っていた。俺より背が高かった。それにあの手は、想像できないくらい剣を積み重ねていた」
「……顔は見たの?」
「フードを被っていたけど、見たよ。エルフの耳が見えた。静かで優しい感じがした。話し方が、とても落ち着いてた」
「やだ、もしかして……」
「きみと同じ銀瞳だった。美しい銀髪だった」
「お父さん!」
彼女の声が、わずかに震えた。
「わたし怪我をして、ラクロアンに連れていかれて――」
少女の大きな目が潤んだ。長いエルフの耳が少し下がった。
母さんも感情が高ぶるとそうだった。
「それで――」
彼女とさっきまで笑って話していた。
今は、少女は震える両手で口を押さえている。
大きな瞳からは、大粒の涙が頬を伝っている。
けど、覆った両手の下は、少し微笑んでいるんだと思った。
もしかしたら、また変態って言われるかもしれない。
なぜだろう。どうしても、彼女の眼から目を離すことが出来なかった。
「国に戻ったら、君のことを伝えてみようか。いや――来るといい、案内するよ」
「いいの!? お願い――」
涙声。本当に大事に思っている人に会える。その喜びが声にも溢れ出ようとしていた。
「もちろんだ。君は、あ、その、ずっと話していたけど……名前を聞いてなかった」
「そうね! いっぱい話してたのにね、変なの」
少しだけ苦笑いに見えたその唇には、薄く口紅が塗られていた。
気が付かなかった。ずっと話していたのに、どうしてだろう。
怒った顔、警戒した顔、真剣な顔、泣き顔しか見ていなかったかもしれない。
喜ぶ姿を見て、レンドルの中にあった警戒心のようなものが、薄れた。
だから、父親が生きていると知った彼女の素顔に、レンドル自身がようやく気づけたのかもしれない。
彼女の白く細い指が、流れた涙を優しくすくっていた。
「俺はレンドル、サンガードの騎士だ。君の名前は――」
「おーい! ジーク」
彼女は声の方を向く。レンドルもその方向を見ると、騎士風の男が、こちらへ歩いてくる。
「何をしている。戻るぞ」
夕日の光が、その男の鎧を照らし、鈍く反射する。
まばらに兵や装備のいい騎士たちが、その男の後に続いていた。
眩しくても分かった。ラクロアンの紋章だった。
レンドルとジーク、二人の間に冷たい風が通り抜けた。
彼女に目を戻すと、レンドルには少しこわばった表情をしているように見えた。
銀髪が風に乱れて流れた。それが胸騒ぎのように感じた。
レンドルは、立てかけ直してあった剣に手を伸ばした。




