第59話 エルフの少女 4 ―― 聖人の加護と狂人の血
レンドルは銀髪のエルフの少女と話し込んでいた。
「じゃあ、エルフたちは、聖樹の魔物を護るために庇った」
「森の聖樹ね。エルフに加護を与えられる存在」
「……魔物ではない?」
「聖獣って聞いたことあるでしょう。それと同じ存在だと言われているの」
「そうだったのか」
エルフの少女は続けた。
「魔物を庇ったというのは、サンガードの口実ね」
サンガードで教えられるユグの森のエルフとは全然違った。
「魔神から生み出された魔物を、エルフが庇ったなんて、変よ。だってお父さんたちは、ずっと魔物と戦ってきたのに」
彼女の眼は、少し遠くを見ているようだった。
確かにそうだ。魔物と戦い、この地をずっと開拓してきた。
「嘘をついていた……」
「そう、そういうこと。サンガードの人からは、信じられない、でしょ?」
エルフの少女は肩をすくめ、こちらを見た。
それは、試すような目に見えた。
「いや、そんなことはないよ。エルフたちは、この地を開拓してきた。長い間どれほどの魔物と戦い、多くの犠牲があったのか。魔物を庇う理由がない」
どう考えても筋が通らなかった。
レンドルの中では、そう結論づけられていた。
でも、信じてしまっていた。
「ふーん、結構柔らかい考えができるのね」
「なんで、そんな嘘をついたんだ……」
「世界樹よ」
「世界樹? エルフの森にあるっていう」
「そう。ユグの森――人族でいうエルフの森に、世界樹はある」
「そういえば、世界樹という宝をエルフが独占している。そう学んだ」
「他にもあるでしょ。そういうの」
「他? ……エルフとルベリアが共謀して、サンブラント皇帝を暗殺した」
「あとは、魔神を復活させようとしている。そう教えられなかった?」
「それは聞いたことないな」
「そっか。それはもう言ってないのね」
「どういうこと?」
「エルフを悪く思わせるために、色々と出鱈目なことを言ってたの」
風説の流布だった。魔神を復活させるために、この地を開拓していたとでも言っていたのか。
「エルフを敵にするため、か」
「あんまり突飛なのは、無くなったのね」
そういうと、彼女は口を押さえて、悪戯っぽく笑った。
「世界樹を手に入れたかった。サンガードの皇帝が、手に入れて、どうしたかったんだ……」
「世界樹の実を手に入れたかったみたいよ」
「その実って、万能薬になるっていうやつだよね」
スルズクワイトの冒険譚にも、世界樹を巡る物語がある。
呪いを受けた愛する人を助けるため、万能薬を求める果てしない旅。
舞台は北西の大陸――アステ・ガルズ。
「万能薬は葉のほうね。実は寿命を延ばすとか、若返るとかね言われてる」
港に出入りしていた時に、幼馴染の船員フォルロが騒いでいた。
世界樹の葉を積んだらしい船があると。
その船はアステ・ガルズで手に入れたのだろうか。
それにしても、すごい効能だ。
それが本当なら誰もが手に入れたいと思うだろう。
サンブラント皇帝が、世界樹の実を欲していたのは、初めて聞いた。
でも、なぜなのか。
人族とエルフ族が戦争をしなければならない理由があったのか。
「でもね、ユグの森にある世界樹は、何十年と実を作ってないの」
「どうして? 採りすぎたとか?」
「分からない。実がなっても片手で数えるくらいしかできない。でもね、その実を人族の代表に譲ったことがあるの。昔、一度だけ」
「人族の代表って、サンブラント皇帝……?」
「ううん。国を作ろうとしていた人族がいた」
「ルベリア王国? 違うな、作ろうとしていたんなら、今はないのか」
「サンルード王国。サンルード・ヴォルテニアが、作ろうとしていた国よ」
――聖人の名だ。
レンドルは、サンルードの聖跡で加護を得た。
そのお陰で魔力操作が使えるようになり、身体強化魔法が使える。
銀狼と戦う力を得たのだから、本当なら感謝しなければならないはずだ。
でも、名前を聞いた瞬間、なぜか不安のようなものが、心に引っかかった。
エルフの少女が、短く言った。
「狂人」
レンドルの心臓が、一瞬大きく鼓動した。
「わたしたちは、そう呼んでる」
レンドルには、狂人の血が流れている。
ブルードが、そう言っていた。
息が、止まりそうだった。




