表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第2章 銀髪の少女と閃光
62/83

第58話 エルフの少女 3 ―― 星巡りの詩

「……あなたのお母さんも、銀狼に殺されたの?」


「あなたもって、君も?」


「そう。わたしのお母さんも」


 それきり、レンドルは何も付け足さなかった。

 言葉を重ねる必要がないことを、分かっていた。


 沈黙の代わりに、時折吹く風が、コルタナ要塞の壁に当たり、不規則な旋律が流れる。


「そういえば、どうして、君はここに?」


 沈黙に耐え切れず、レンドルは口を開いた。


「わたし? なんでだっけ」


「なんでって……」


 少女は、少し首を傾けた。


「あれ、わたし、あなたと会ったこと、あったかも」


 ――なんだこの子、記憶が。


「……覚えてないの?」


「覚えてないっていうか、思い出そうとすると、何を思い出そうとしているのか、分からなくなるっていうか……」


 彼女はそう言うと不安げな顔になった。

 誰だってそうなる。どうして記憶が曖昧になるのか、彼女は知っているのだろうか。

 と、尋ねようとしたときだった。


「なんか、前に頭を強く打って、怪我をしたらしいの。そのせいなんだと思う」


 過去に大怪我をしたということなのか。

 確かに頭を負傷すると、記憶が飛んだりすることはある。

 レンドルも訓練中に投げ落とされて、その時間のことが分からなくなったことがあった。


「なら、無理に思い出さなくてもいいよ。今日初めて会ったでいい」


「いいの? ありがとう」


「お礼を言われるのも、ちょっと違うけど……誰かと一緒に来た?」


「えっと……ラクロアン?」


「送ろうか。心配してるかもしれない」


「ううん。戻りたくないんだ。なんでか分からないけど」


 おかしい。


 記憶が曖昧なうえに、一緒に来たラクロアン軍に戻りたくないなんて。

 まさか暴力を受けているとか。でもそんな風にも見えない。


 彼女の顔は美しく、身体に何かされているような素振りもない。

 もちろん、その服の下がどうなっているかなんて、考えても仕方がないことだが、何かにおびえている様子もなかった。


 もう、十分体も休むことが出来た。サナロアたちのところに戻っても良かった。

 だけど、気になってしまった。この子を一人だけにするなんて、放っておけないと思った。


 彼女は、ぼんやりとした目で遠くを見ている。

 まるで、自分がここにいないようだった。


「ならさ、さっきの詩を教えてくれないか」


「あ。うん。いいけど。心配してくれた?」


「ちょっとね。だめかな」


「……ううん」


 少女は、少しだけ声の調子を変えた。


「青き月から星が()り、命が巡る」


「青き月へと星は(のぼ)り、世界を巡る」


 子どもに語り聞かせるような、柔らかい声だった。

 レンドルは目をつむり、その歌を聞いていた。心地よかった。


「命が世界に流れると、魂が青き月に還るの。そして、いろいろな世界に、また降りていく。……わかる?」


 目を開けた。


「えーと。死んだら青き月に行って、また戻ってくる、ってことか」


「うーん。夜空にある星には、何があると思う?」


「あの、沢山ある星に? 考えたこともないな」


「なら、こう考えてみて。夜空の星々には、あなたや私のような、色んな種族の人たちが暮らしている世界があると」


 レンドルは頷いた。あの星に暮らす人々がいる。もし、本当にそうなのだとしたら、レンドルたちのいるような世界が、数えられないほど空に広がっていることになる。空ってなんなんだろう。なんで青き月や太陽は空にあり、落ちてこないのだろう。


「その空にある星は、私たちからは見えないよね。行くこともできない」


 その通りだ。誰も行くことなんてできない。レンドルは続けて頷いた。


「じゃあ、空にある星から、私たちの星は見えるかな」


「俺たちが見ている星は、光ってるな。なら光ってる星に住む人たちからも、俺たちのいる星は光ってるはずだ」


「そう、光ってるだけ。どうやって行こうか」


 どうやって行くって、無理だ。いや違う。


「そうか。死んだら、魂が青き月に行って、そこから他の星に行けるってことか」


「そうそう。死んだら魂が青き月に上る。それは記憶や願いや意思と一緒に上るものだと、そう伝えられている」


 少女は、月のある方角――まだ陽が居座る空の、その先を指した。


「それが、魂と一緒にある《人の星》ね。それが青き月に還る。そして、別の星に下りて、また命を貰って生まれる」


 命が無くなっても別の星で生まれ変わる。彼女の話はそういうことだった。


「えっと、人が暮らしている《星》と、空の星だけど、なんで同じ言い方をするんだ」


「あの空に浮かぶ星は、無くなることがある」


「そうなのか!?」


 レンドルは思わず空を見上げた。何も浮かんでいない、ただ青い夕暮れの色だけがある。


「だから、人々が生きている《世界の星》にも寿命がある。その大きな星も、青き月に還る」


「あの大きい星が、青き月に戻ったら、いずれは星は無くなるんじゃないか」


「ううん、世界の星も増えてるの。だから、人の星はずっと世界の星を巡ることができる。そういう考え方」


 簡単には飲み込めなかった。それでも、何かが胸の奥に、ゆっくりと染み込んでいくのが分かった。


「……すごいな。エルフは、あの星をそんな風に見ていたのか」


「色々な星で、同じように生まれて死ぬ。そして、また青き月に還る。その繰り返し、それが《星巡り》」


 彼女の教えてくれる世界の話は、どの冒険譚よりも壮大だった。

 終わりのない旅、命と魂が巡る世界の物語だった。


「そういう考え方が、詩にあって、歌われているの」


「すごいな……」


「そして、どこかの星でね、出会うの。大切な人や愛した人と」


「……星なんて無数にある、けど――」


 レンドルの言葉を紡ぐように、彼女が続きを語った。


「うん。きっと魂が惹かれ合う。だから会える」


 そう言うと、両手の開いた指同士が彼女の顔の前で交差した。

 その手は祈るような形になる。優しい眼でそれを見つめている。

 多分、星と星が出会ったことを表しているんだと思った。


 初めて感じた感覚だった。心を動かされた気がした。


「素敵だと思わない?」


 彼女の微笑むその姿に、レンドルは思わず目を奪われてしまった。

 どうしてだろう。そういう顔をする人を見ると、ついレンドルの目は離れなくなってしまう。

 サナロアも、ジュカも、彼女も、母も、みんないい表情をする。


「美しい……し、素敵だと、思う」


「うん、わたしもそう思う。美しいよねッ」


 レンドルは少し情けなくなった。

 知っているつもりでいた。剣の振り方も、戦い方も。強敵と戦い、生き残った。

 けれど、彼女の話す、世界そのものは、そのどれとも違う場所にあった。


「そんなこと、どこで学べばいいんだ」


「わたしはユグの森で知ったの。沢山の本があるから、いろいろな歴史を知ることができる。他の国や大陸のこともね」


「歴史は、苦手なんだ。終わったことを学んでも、自分のことに思えなくて」


 少女が指をさす。そこにはレンドルの長剣があった。


「あなたのその剣だって、誰かが積み上げてその形になった。その形で作られた技もあるわ。剣を学ぶということは、剣の歴史を学ぶということよ」


 即答だった。その迷いのなさに、胸の奥が少しだけ詰まった。


「どうしてその形になったのか。その素材で作られるようになったのは、なぜか。学べば、それが技につながるかもしれない」


「確かにそうだ……」


「必要だと思ったものだけでも、自分のものにすればいい。でも、知ることさえしなければ、何も得ることもないわ」


 レンドルが振り続けた、あの剣こそが、歴史そのものだった。

 そんな風に考えたこともなければ、どうして剣があるのかも、分かっていない。


「全部、私のお父さんの言葉なんだけどね」


 そう言うと、少し照れたような表情に変わる。

 彼女の長い耳が、少しだけ下がったように見えた。


 沈黙が、二人の間に落ちた。重くはない。ただ、軽くもない。


「よし。教えてあげようか」


 唐突な切り替えだった。


「え?」


「まずはね、サンガードとエルフの話にしよう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ