第56話 エルフの少女 1 ―― 忘れられぬ歌
要塞の正門は、まだ修理中だった。
破られた門扉の代わりに丸太が組まれ、兵士たちが慌しく出入りしている。槌を打つ音と、職人たちの怒鳴り声が混ざって響いていた。
正門を抜けて城壁の外に出ると、風が頬を撫でた。
少し離れた場所にある、古い朽ちた壁の残骸へと向かった。
積まれた石材に背を預け、ゆっくりと腰を下ろした。
剣も、そのまま立てかけた。
正門を通る兵士たちも見える。
レンドル部隊だ。手を挙げると、反応があった。
死体を焼いている煙が、いたるところで見えた。
灰色と黒い煙が空に昇っていく。空を汚しているようで、すぐに目を逸らした。
あの中には、レンドルが斬ったものも大勢いるはずだった。
死者を弔い、祈るべきだろうか。
そんな考えをしていても、ただ、風が気持ち良かった。
足音が聞こえたのは、そのときだった。
誰かが向かってくる。
剣に目をやる。
移動するか、と思って腰を上げかけた、その瞬間だった。
――歌だ。
戦場には不釣り合いな、澄んだ旋律。子守歌のようでもあり、祈りのようでもある。
それは、夢の中でも何度も聞いた歌だ。
しばらく、眼をつむり聞き入っていた。
強い風が吹き、立てかけていた剣が音を立てて倒れた。同時に、歌が止まった。
足音が近づいてくる。
剣に手を伸ばした、その時だった。
「……なに?」
音のした先を見に来た、銀髪の少女と目が合った。
鋭い銀瞳を向けて、こちらを睨んでいた。
紺色のケープに白い軽装服。装飾の施された細剣が見える。
なにより、見慣れた特徴的な耳が、彼女がエルフの戦士だと物語っていた。
「何見てんの」
「えッ、違う」
「ずっと見てた。いやらしい」
「見てないよ、ちょっとだよ」
「ほら、認めた」
「いや、ずっとじゃないよ。誰かと思って」
「ずっとよ。何か用?」
「用って、きみがこっちに来たんだ」
「それで、足音もなかったのね。ここで何をしてるの」
「何って、風に当たって休んでるんだ」
エルフの少女が周りを見ると、眉を寄せてさっきよりも怪訝な眼をこちらに向けた。
「それは変よ。みんな動いてる。騒ぎを知らないの? 死体が動いたって。あなた騎士? 働かないの?」
言葉が出てこない。どう言えばいいのか、分からなかった。
矢継ぎ早に質問を投げかけられる。
「――え、黙るの?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。具合が悪いから、休んでたんだよ」
レンドルは座り直し、剣を脇に抱えた。
「怪し過ぎる……。あなた、それ。サンガードの紋章ね」
鎧に刻まれた紋章を見たのか。
それにしても、何だか腹立たしかった。
勝手にこちらに来ておいて、厳しい言葉を浴びせて来る。
「尋問みたいだな。先に俺がいたんだ」
レンドルは、立ち上がると、彼女が鞘に手をかける。
脇にあった剣を、レンドルは立てかけた。
「俺は剣をそこに置いたから、鞘から手を離してほしい」
彼女は何者だ。サンガードと呼んでいた。つまり彼女は皇国所属じゃない。
防具は殆どが革装備で、ロングブーツにショートパンツ姿だ。
よく見ると、ルベリア王国やラクロアンには見えない。マントも無地だ。紋章がどこにもない。
「やだっ、また見てる!」
「そりゃ見るよ。今にも剣を抜きそうなんだ」
思わずため息をついた。
「俺がここからどけばいいのか、きみが、離れるのか」
休んでいたら、突然絡まれた。心が休まる暇がない。
「選んでくれ」
「選んでくれじゃないわ、変態」
どうしたらいいんだろう。ここから離れるほうがよさそうだ。
でも、思い出した。あの銀瞳、あの目つき――王都の港で見た顔だ。
どうして、こんなところに。




