第54話 死者と生者 4 ―― 生者の唇に塗られた口紅
「レンドル。お前の隊のところに行くか」
ダロムの言葉を聞いて、一度サナロアたちのところに行こうと考えた。
「そうする。正面の門に行こう」
三人は正門の方に向かって歩き出した。
死体が起きたばかりだと言うのに、二人の護衛騎士は何事もなかったかのようにしている。
ヘルムの下の表情を見なくても、おそらくそうだろう。
「あんなに早く屍人になるなんてな」
ダロムの言うとおりだ。
屍人になるには、一週間は必要で、青き月が満月のときに、夜に目覚める。
その前に燃やす。そして聖水をかける。ずっと、そう教えられてきた。
それが、数日しか経っておらず、しかもまだ日の明るい時間にも拘わらず、屍人となった。
子供でも知っていることだ。城壁のない村や町ならなおさらだ。
だから満月の夜は出歩かない。巡回警備するにしても、最低でも五名で固まる。野営するなら見張りは二人必要だ。
さらに外れたところを行くなら、野盗と出くわす。待ち伏せされる。
賢い野盗は、剥ぎ取りするだけで殺さない。本気で退治されないようにする。
父と、依頼を受けた冒険者たちとで、何度か野盗の討伐に行った。
野盗を捕まえると『あの時は命を奪わなかったんだ、助けてくれ』というのが決まり文句だ。
残念なことに、ギルドで受ける依頼書には、『野盗の討伐後、遺体は焼却し、聖水を使用する』と書かれている。
屍人は生まれない。賢さも一緒に灰になる。
依頼を終えて帰還するときは、戦利品の装備と空瓶に、身体に残る煙の匂いだけだ。
「まあ、例外はあるんだろう」
他に説明しようがなかった。ダロムの言う通りだ。
「生きのいい死体だったのさ」
口の軽さにベックを思い出す。彼は治療の後どうなったのだろう。
サナロアたちに会ったら、そのまま城壁通路に向かい、風にあたろうかと考えた。
遠くを見ながら休んでも良い。ただ、ラクロアンの旗が気になった。
目の前の監視塔付近は、ラクロアンの騎士と兵士が見える。
「ダロム。そういえば、なんでラクロアンが要塞内に居るんだ」
「援軍だ。俺も詳しくは知らないが、手を組んだってことだろ」
黄金騎士を倒すまで、ラクロアン軍はいなかった。
意識を失った後、援軍が到着したのだろう。
レンドルは、近衛兵に任命された騎士が、閃光のラクアと模擬戦傷を負い、亡くなった話を思い出した。
加護を持ったものが命を狙われた話だ。
だから、レンドルには手練れの騎士が、護衛として付いている。
それならば、わざわざラクロアン軍の近くに行く必要などない。
城壁の外に出て、風に当たってこようかと考えを変えた。
正門あたりなら、レンドルの部隊がいるから、安心できるはずだ。
レンドルが正門に目を向けると、遺体を荷台で運ぶ兵士たちが見えた。
燃やさず、連れて帰る遺体に防腐処置をするために運んでいるのだろう。
遺体が着ている鎧は上等なものが多い。
「うわ!!」
声の方を見ると、ちぎれた身体の兵士が捕虜を襲っていた。噛みついた腕から血が流れていた。
すぐさま兵士たちに制圧されて、動かなくなった。
「随分と活きの良い死体が多いな……」
ダロムの声に、僅かな動揺があるように感じた。
立て続けに起きている。しかも、その死体は動きが早い。
兵学院で戦後の処理について学ぶ。
死体の処理についても、しっかりと叩き込まれる。
なにせ、実際に死体を使った実習もあるのだ。忘れるはずがない。
しかし、学んだはずの常識が、今目の前で音を立てて崩れ去っていた。
周囲がどよめいて、しばらく続いていた。
レンドルは周囲を見回した。遺体はまだ集められている最中だ。
城壁の外に運び出し、燃やす。要塞内では燃やさない。煙がこもる。
死体から外された装備が山積みされていた。
満月を待てない気の早い屍人が、生命の灯を求めて、襲ってきただけなのか。
ふと、レンドルの視界に蒼い髪が入る。その側を歩く灰兎族の傭兵もいた。
「サナロア! タタ!」
「レンドル!? もう大丈夫なのか」
二人がこちらに向かって足早に近づいてきた。
「心配をかけたな。治癒士に治してもらった。もう大丈夫だ」
彼女は優しく微笑んだ。
「サナロア、頭の怪我は?」
「同じだ、治癒士に診てもらった。傷も残らない」
サナロアが、護衛騎士に目をやる。
「彼らは団長から俺の護衛を任された――」
レンドルが言い終わる前に、サナロアがすぐにダロム達に敬礼をした。
彼女の素早い動作に、それ以上言葉が続かなかった。
「レンドル。自分の部隊に合流出来たなら、俺たちは戻る。元気な死体はまだありそうだしな」
ダロムの言葉だった。また起き上がるかもしれない死体のことを指していた。
元気に襲ってくるとしても、この二人がいれば何も問題ないだろう。
立て続けに、死体が起きた。
異変を感じるどころか、まさしく異変だった。
「分かった。ダロム、ザッサ、ありがとう」
二人は頷き、来た道を戻っていった。
「サナロア、敬礼していたけど」
レンドルは、サナロアに正直に聞いた。
同じ騎士同士、上下階級も分からないのに、なぜ敬礼をしたのか不思議だった。
「レンドルを救護室に運んだあと、騎士団長たちが来てな。あの二人を残していってくれたんだ」
そうだったのか。だから敬礼をした。
サナロアはレンドル隊の副官だから、すぐさま敬礼をしたのだった。
彼女はきちんとしていた。
レンドルは騎士になって数日。騎士院で習うべきことを、何一つ身につけていない。
彼女から学ぶことは、これからも多そうだった。
「レンドルは、あ、いや隊長は休んでいてくれ。その顔じゃ、まだ回復してなさそうだ」
驚いてしまった。サナロアが隊長と言い直したことに。
サナロアの方は別段普通だ。表情も何も変わらない。
「……そうかな。目覚めてからも色々あって、気疲れしているかもしれない」
大丈夫だと言いたかった。ただ、サナロアの前では正直でいたいとも思った。
だから、余計に動揺していた。つい口走ってしまった。
「あのさ。レンドルでいい。『隊長』なんて、いまさらだ」
「……そうは言っても、救護室で団長から正式な部隊にすると、そのまま副官になったんだ。周りに示しも付けないと」
レンドルは寂しさを感じた。自分でも分かっていた。思わず彼女にそんな目を向けたことを。
「俺は、いまさら『副官』だなんて呼べない。サナロア――」
サナロアは困った顔をした。ほんの少し目を細める。
「……」
「レンドルと呼んでほしい」
「は、は、恥ずかしくなるから止めろ。分かったから、そんな眼で見るなッ」
「ねえ、仕事する気あるの? 死体さあ、重いんだよ」
灰兎族のタタが、耳を揺らしながら、不満を口にした。
今は死体を運んでいない。
「タタ! お前はッ!」
タタが笑う。サナロアはからかわれても、本気で怒っていない。
怪我をして、意識が朦朧としているサナロアを、彼に任せた。黄金騎士と戦うためだった。
お陰で戦えた。この遠征の最初から最後までずっと一緒だ。
彼が居なければ、自分がここに立っていることなど、考えられなかった。
「タタ。俺の剣を持ってくれてたよな。ありがとう」
「僕も腕に怪我してたし、突撃なんてごめんだよ。英雄の剣を持ってたら、だれも文句なんて言わないからね」
そういって、タタは肩をすくめた。
灰兎族の男の腕は、黄金騎士が投げた槍で負傷していたが、傷跡はなかった。
肩を動かした仕草からも痛みはなさそうだ。腕も綺麗に持ち上がっていた。
治癒士に治してもらったんだろう。
腕のいい彼女たちのどちらかに。感謝しかない。
「サナロアの言う通り顔色がよくない。風に当たってきなよ。隊長殿」
タタも口が軽い。レンドルの周りには、軽口のやつしか集まらない。
そう思って、少し口元が緩んだ。
要塞の正面入り口は、工作兵たちが門の修理をしている。
そこからまた、風が吹き込んだ。
三人の髪が揺れる。
サナロアと眼が合った。彼女は視線を下げて蒼い髪を上げた。
微笑んだその唇には、紅が塗り直されていた。
今、生きている実感が湧いた。




