第53話 死者と生者 3 ―― 死者の口から漏れた暗闇
襲い掛かってきたのは、夜を彷徨う者だとザッサは言った。
彼の声を初めて聞いたが、太く重厚で腹に響くような声だった。
奴隷商人の討伐隊に参戦していた加護持ちの騎士だ。
彼からは厚みのある魔力を感じる。
そういえば、岩斬騎士のザッサと父は呼んでいた。
あの両刃の斧で、岩でも斬ったのだろうか。
「なんてことだ。友よ……これでは国に還ることなど」
グリフォート騎士団長は、一瞬だけ頭を下げたが、すぐに指示が飛んだ。
目の前にある中隊長の亡骸を見つめる騎士団長からは、悲壮感が漂っていた。
屍人になったら、燃やして浄化するしかない。
過去に、首を落とし動かなくなった屍人が、また歩き出したこともあるからだ。
「死体の浄化を急がせろ。聖水は要塞内に備蓄されているものを、惜しみなく出せ」
伝令を受けた連絡兵が足早に散っていく。
「これで何件目だ。屍人になるのが早すぎる。何が起きている……」
その表情からは、理解できない事態に対する苛立ちも見て取れた。
しかも、何件か起きていたというのだ。偶然とか、そういうものじゃない。
気の早い屍人が、満月と夜を待たずして、起き上がる。
そんなこと、聞いたこともない。
騎士団長は感情を押し殺すように深く息を吐き出した。
「参陣した諸侯を集めろ」
団長はそう言って本部に足を向ける。
歩き出しは重く、何人かに肩を借りながら戻っていった。
何名かの騎士が本部から離れていった。諸侯の元へ向かったのだろう。
レンドルは空を見上げた。うっすらと浮かぶ青き月は、半月で、夕方もまだだ。
「ダロム。さっき、またって言ってたよな」
レンドルは大声で叫んだ男に歩み寄った。
「ああ、レンドルが救護所で寝てたベッドがあっただろ」
レンドルは頷く。
「お前が来る前に、息を引き取った兵士がいたんだ。一分もしないうちに起き上がってな」
「生き返った?」
「いや。死んでた」
つまり、屍人だった。
「レンドルの部隊に、蒼い髪の副官がいるだろ」
「サナロアのことか」
背中にぞわりとしたものが走る。思わず拳を握りしめた。
「おう、そうだ。女を最後に抱こうとしたのか分からんが――」
まさか彼女を襲ったのか。無事だったのだろうか。
「飛びかかった瞬間には、突いて切り払ってたよ。いい腕だ。大した女だ」
さすが、サナロアだ。そんなので悲鳴を上げるはずがない。
巨人族を目の前にしても、全く動じなかった。
いや、口は半開きだったかもしれない。
「まあ、お前のためにベッドを空けてくれたんだ。感謝しろよ」
ダロムは笑い、ザッサもつられて笑った。
レンドルの周りには、口の軽い奴しかいない。
戦が終わった気がしなかった。
今は冗談を聞きたい気分じゃなかった。
「その副官が連絡兵と話していたからな。騎士団長の耳にも届いていたんだろう。まともな副官だ」
部隊に戻っても、やることはないかもしれない。
逆に、サナロアに何をすればいいか、助言を求めることになる気がした。
首と胴が分断された中隊長に、目をやる。
兵士たちが、荷台に胴体を乗せようとしていた。
要塞の外に運び出されるだろう。他の死体と同じように、焼かれて浄化される。
灰になるまで焼くには、時間も火力も足りない。だから聖水を使う。
もう、皇国に帰ることはなくなった。
落とされた頭だけが、無残に転がっていた。
周りの喧騒が、ふっと遠くなる。
その目は赤く濁っている。
暗い紫色の唇には、渇いた赤黒い血が付いている。
開いたままの口には、深い暗闇が見える。
落ちた頭の影は、開いた口から闇がこぼれ落ちたように地面へ伸びていた。
まるで死が、こちらへ這い寄ってくるように見えた。
閉じることのないその口は、何を伝えたかったのか。
誰も分からない。
死だけが落ちていた。




