第52話 死者と生者 2 ―― 夜を彷徨うもの
戦時付とはいえ、百人長になってしまった。
ノックス中隊長の後押しもあると、騎士団長は付け加えた。
「今回の遠征は被害が大きい。想定よりもな。全く人手が足りん。使えるものは使わねば、もたん。というわけだ」
単純に人手不足だった面も大きいようだ。
想像を絶する大量の弓矢だった。
騎士団長の言う通り、想定を上回る犠牲が出たのだろう。
「お前個人の功績を鑑みても、何かしら階級が上がらねば周りも納得しない。それほどだった。国に戻り次第、正式な階級を検討する」
紋章官が、羊皮紙を騎士団長に渡す。
騎士団長がそれに署名をすると、羊皮紙はレンドルに渡された。
「正式な辞令だ。階級は儂しか任命できん。よくやった」
レンドルは、あらためて敬礼をした。
そして、天幕にいる騎士たちも、レンドルに向けて敬礼を取った。
認められたのだと感じた。
騎士団長は、ため息をつきながら、作戦台に肘を乗せた。
椅子に座っていても、疲れ切っているように見えた。
それに、あの巨人族一人だけでも、数十人が犠牲になっていた。
一振りの棍棒で、四人、五人と階段から落とされていた。
それが何度も繰り返された。
「レンドル。今日は休め。ただ、自分の隊には顔を出せよ。正門あたりにいる」
グリフォート団長の声に張りがない。
団長にこそ休んでもらいたい。
そろそろ切り上げたほうがいい。
「分かりました、そうします」
そう言った矢先だった。
「団長、カルザス中隊長です」
天幕に中隊長が運ばれてきた。
レンドルの目の前には、荷台に乗せられた遺体がある。
ノックス中隊長の前任者らしい。
野戦で名誉の戦死を遂げた、その中隊長の亡骸だ。
天幕に、血と死臭が広まった。レンドルは思わず眉を寄せた。
騎士たちは微動だにしないが、ヘルムの下は、きっと同じだ。
騎士団長が、中隊長の顔を確認すると、さらに険しい顔になった。
長年戦場をともにした戦友だったと教えてくれた。
騎士団長は敬礼をすると、静かに惜別の言葉を捧げた。
「許せ、カルザス。儂も遠くない日に会いに行く」
遺体を出来るだけ綺麗な状態で国に帰還させる、と指示をしていた。
衛兵が荷台を天幕の外に運ぶ。
すでに傷みはじめているが、それでも防腐処理をするのだろう。
兵学院の講習でレンドルも実地訓練を行った。
こもった匂いを外に出すため、従者たちが小さな通気口を開けた。
「また起きたぞ!」
その通気口のせいか、ダロムの大声が、ここまで届いた。
すぐさま、中に居た騎士が、天幕の外に向かう。
レンドルも反射的にその後を追った。外に出ると、荷台に乗せられていた遺体が、自身の鎧を凄まじい力で引きちぎっていた。
むき出しになった上半身には、無数の傷跡があった。不気味なうめき声から、人ならざるものだと分かった。
そして、その勢いのあまり、自分の体も引きちぎっていた。それは、生きている人族に狙いを定めた。
生前とは異なる狂気的な力で、武装した騎士や捕虜に飛びかかった。
屍人が、生前の動きよりも素早く動けるなんて、おかしな話だ。
だが、目の前で実際に起きている。
その体からは、おぞましい魔力の波動を感じる。
身体強化魔法でもかかっているかのようだった。
待機していた、護衛騎士ザッサが、斧で屍人の胴体を真っ二つにした。
ダロムも、鮮やかに屍人の首を落とす。
重い鎧を着こんでいながら、機敏な身のこなし。
異常な事態でも動じない胆力は、さすがだ。
まさに、戦場に慣れているものの動きだった。
レンドルに、二人が護衛に付けられた理由が分かった。
不測の事態があっても、迷わない。
明らかに命を失った肉体が襲っていた。誰が見ても異常だった。
魂は、まだ体に残っていたのだろうか。
切断された骸は数秒動いた後、静かになった。
騎士団長が、自身の不健康な身体に鞭打って天幕から出てきた。
日に当たると、ひと際具合の悪そうな顔がよく見える。
「何の騒ぎだ」
団長が短く、護衛騎士の二人に問いかけた。
ザッサが口を開いた。
「団長。夜を彷徨うものだ」
ヘルム越しに聴こえた声は、何の感情もない無機質な回答だった。
その屍人は、先ほど天幕で、騎士団長が語りかけていた戦友だ。
原型はすでにない。
綺麗な状態で、皇国に帰ることは出来なくなった。
日は傾きかけている。
それでも夕日の赤みは、まだない。




