第51話 死者と生者 1 ―― 支柱となるもの
レンドルは要塞内の皇国軍本部にいた。
目の前にはグリフォート騎士団長がいる。今回の遠征軍の総司令官だ。
そして、衛兵と団長直属の騎士が並ぶ。
「ゴホッ、疲れがでたな。歳には勝てんな……」
「大丈夫ですか、その……」
レンドルは思わずグリフォートに声を掛けた。
「気にするな。持病のようなものだ」
騎士団長は血を吐いていた。かなりの量だった。
疲れや、歳のせいじゃないのは一目瞭然だった。
どす黒い血が地面に落ちていた。
今は綺麗にされているが、血の匂いがまだ残っていた。
騎士団長の隣には、顔を隠しているが、男性の治癒魔法士が居る。
先ほどまで、グリフォートの治療をしていた。
救護所には見かけなかった治癒士だ。団長の専属で連れてきたのかもしれない。
グリフォートは、顔色があきらかに悪い。目が充血している。肌が浅黒い。
悪いところを挙げればきりがない。
あれだけの血を吐いたのだから、恐らく内臓をやられているのだろう。
中央の作戦台の横にいくつか椅子が並んでいる。
治癒魔法士が手を貸し、壮年の男はその椅子の一つに力なく腰を下ろした。
レンドルの心配をよそに、騎士団長はレンドルが黄金騎士を倒した後のことを、話し始めた。
黄金騎士を屠った後、サンガード皇国軍が、烈火の如く中枢を制圧した。
とてつもない勢いだったらしい。
黄金蛇鱗騎士団の抵抗も虚しく、圧倒的な攻撃だった。
要塞の正門には、退路を塞いでいたルベリア軍がいたが、武器を下ろした。
最初は黄金騎士が倒れたことを告げても抵抗があったが、遺体となった大男を見せてまわると、ルベリア兵たちは戦意を無くした。
戦は終わった。
捕虜となったルベリア騎士の話では、黄金騎士の両腕が落とされたときに、彼らは何が起きているのか分からなかった。
動こうにも身体は言うことを聞かなかった。目の前で皇国軍が、狂ったように雄叫びを上げて、突撃してきて何もできなかった。
あまりにも恐ろしかったと、そう答えたらしい。
黄金騎士の遺体にも、防腐処理が施されているらしい。
サンガード皇国にとっての敵でも、ルベリア王国の英雄を、ぞんざいな扱いをするわけにはいかない。
敵の団結力が強固になり、皇国からも反発の声が挙がる。
一番いいのは、金貨と遺体の交換だ。
黄金騎士の遺体が、文字通り黄金に代わるのだ。
そんなことは、誰も口にしないだろうが、そのために処置をしている。
「支柱となるものが倒れると、脆いものだ」
グリフォート騎士団長は、ため息交じりに漏らした。
黄金騎士のことを言っているのは分かった。それ以外にも何か含みのある言い方だ。
もしかすると、暗殺されたサンブラント皇帝の姿と、重なって見えているのかもしれない。
サンガード皇国も、皇帝陛下が支柱であり、象徴でもあった。
皇国軍はすでに戦後処理を始めていた。
工作兵が、破城槌で破壊した要塞門を急ぎ修復していた。
中枢の建物は死体が多く、まだ使い物にならないらしい。
要塞の内部だけでも、運び出さなければならない死体の数が多すぎる。
捕虜たちが死体を運び出している。
本部に来るまでも、そうだった。
要塞の外、野戦で倒れた遺体も焼き払う作業が進められていた。
夜を彷徨う者になる前に、処置をする必要があるからだ。
「大怪我だったそうだが、どうだ」
グリフォート騎士団長が、レンドルの顔に視線を向ける。
やはり団長は、不健康にしか見えない。
「治癒士のお陰で、もう大丈夫です」
騎士団長は、息を吐いて、数度頷いた。
「懲罰兵どころか、まさしく英雄だな。信じられんことだが、よくやってくれた」
「自分でも生きているのが、不思議なくらいです」
「……これで諸侯も納得がいく」
ランパルザを斬った一件で、諸侯を納得させられる、ということだろうか。
独り言のように漏れた言葉だった。
「帰ったら祝勝会だ。勲章、爵位もあるかもしれん。が、お前は望まんのだろう?」
レンドルは小さく頷いた。
このままでいい。
領地はないだろうが、爵位を与えられると、いずれは独立貴族として、自分の旗に紋章を掲げることになる。
余計なしがらみになるくらいなら、いっそのこと断ったほうがいい。
「皇妃とは、会いたくないので……」
「……お前、呼び方は一応『様』を付けておけ」
国を挙げての祝賀は、これまでにも見てきた。
戦に勝つと催される。そうやって国民を落ち着かせている。
そして、商人たちの安心にもつながるからだ。
皇帝が暗殺されたあと、王都を出入りする商人達の数が著しく減ったと、聞いたことがあった。
それに騎士爵の息子で、色々あったが正式に騎士になったのだ。
豊かな暮らしをしている訳ではないが、これまでも婚姻の話がなかったわけじゃない。
戦功を挙げ、正式な騎士となった今なら、なおさら声がかかるだろう。
騎士院の知り合いも、頭角を現し将来を有望視された途端、政略結婚を言い渡された。将来を誓った相手がいるのに、と漏らし、焦点の定まらない死んだような目で地面を見ていた。
ルベリアの英雄を倒した男となれば、レンドルにそんな声が、かからないはずがない。
「お前の妹に会わせろと、要求することもできるはずだ」
グリフォートの言葉に、レンドルは頷くしかなかった。
会うだけじゃなく、解放してほしいところだが、その話は通らないだろう。
「戦後処理だが、お前の小隊はそのままだ。ノックス中隊長の指示のもと、副官のサナロアがまとめている」
黄金騎士との戦いの後、皇国軍が進み出したときに、魔力疲労で意識を失ってしまった。
だから、サナロアたちがその後どうなったのか知らなかった。
「お前の隊は、傭兵団も雇い入れたからな。寄せ集めとはいえ、百を超えている」
傭兵団は《酒樽と蒼い狐》のことだ。数十人はいたように思う。
巨人族を倒した後でさえ、見える範囲でも相当の数の皇国兵士たちがいた。
人数を把握する間もなく、サナロアとタタ、生き残った兵士長たちで大まかな分隊を作り、城壁通路を制圧した。
そのあとも、小隊長不在の浮いた兵士が、いつの間にか合流して増えていた。
結果的には戦果を挙げたが、隊を運用出来ていたとは思えない。
「はい。あの傭兵団にいた治癒士ジュカに、左腕を治してもらいました」
「うむ。その治癒士は、そのまま救護室にいてもらう」
彼女の治癒の腕は確かなものだ。まだまだ怪我人は多い。
「急遽とはいえ、小隊を率いた。城壁通路での活躍をみれば、隊の働きとしては十分だ」
思えば、巨人族の男を倒した直後に、ノックス中隊長から任命されたのだった。
サナロアとタタが居なかったらどうなっていたことか。
「正式に役職を小隊長とする。副官はサナロアだ。そのままレンドル隊とする」
レンドルは姿勢を正して敬礼した。
そういえば、黄金騎士の投げた槍のせいで、彼女は頭と腰に怪我をしていた。
――戦後処理の指揮を執っているなら、治療は受けられているといいが。
早く隊に戻ったほうがいい。サナロア一人に任せてしまっている。
「そして、レンドルの階級を、この戦の間は百人長とする」
「え、あ?……百人長ですか」




